親方、崩落を三手で止める
ドルクとルッカの再会から一夜明けた。
二人は夜通し話してたらしい。鍛造炉の火を囲んで、互いの三十年を語り合っていた。俺たちは大広間の隅で寝たが、小さな声がずっと聞こえてた。邪魔はしねえ。家族の時間だ。
朝。ドルクが俺の前に来た。
「棟方。——昨夜、ルッカから聞いた。お前がやってきた仕事を。王都の城壁、星型要塞、ダム、運河、帝国の床暖房、世界樹の補強。——全部聞いた」
「ルッカが大げさに言ったんじゃねえか?」
「大げさかどうかは、この目で見て判断する。——天井を直してくれるんだろう」
「ああ、直す。だがその前に、この都市の坑道を安全にする必要がある。大広間だけ直しても、坑道が崩れたら出入りできなくなる」
「実はな、坑道は——入り口周辺が特にひどい。奥は儂が応急修繕してあるが、入り口から大広間までの二百メートルが崩れかけてる」
「昨日通った時に見た。あの区間、天井の岩がいつ落ちてもおかしくねえ」
「三十年、毎日あの下を通っていた。いつ潰されるかと思いながらな」
「……三十年、よく持ちこたえたな」
「都市を守ると決めたからな。——潰されるわけにはいかなかった」
頑固な男だ。ルッカの伯父だけある。頑固さは血筋か。
* * *
入り口から大広間までの坑道に入った。
昨日は先を急いだから細かく見なかったが、改めて確認すると——ひでえ。
天井に亀裂が何本も走ってる。壁が膨らんでる場所がある。床に岩の破片が散乱してる。最近落ちたやつだ。
「ルッカ。この天井の岩、触ってみろ」
ルッカが天井に手を伸ばした。指で押した。
「……ぐらぐらしてます。押したら落ちそうです」
「だろうな。岩盤の亀裂に沿って、ブロック状に分離してる。接着力がなくなって、重力だけでかろうじてくっついてる状態だ。振動が一発来たら全部落ちる」
「どうやって直すんだ」
ドルクが訊いた。
「三手で止める。——掘って、塗って、打つ。この三つをセットでやる」
図を地面に描いた。
「一手目。掘削。危ない岩を先に落とす。落ちそうな天井の石をわざと叩き落として、安定した岩盤を露出させる。ぐらぐらしてる石を残す方が危ねえ。自分から落としてやった方がコントロールできる」
「危ない石をわざと……!?」
「そうだ。二手目。吹付け。露出した岩盤にコンクリートを薄く塗り付ける。岩盤の表面を覆って、これ以上の風化を防ぐ。皮膚に絆創膏を貼るようなもんだ」
「三手目。ボルト打ち。コンクリートが固まったら、岩盤に鉄の棒を打ち込む。ロックボルトっつうやつだ。岩盤の奥の安定した層まで鉄の棒を刺して、表面の不安定な層を奥の安定した層に縫い付ける。——ボタンが取れかけた服を、針と糸で縫い直すようなもんだ」
「掘って、塗って、打つ……」
「この三手をワンセットにして、入り口から大広間まで二百メートル、少しずつ進む。一度に全部やろうとするな。三メートルずつ進む。三メートル掘って塗って打って、安全を確認してから次の三メートル。——急がば回れだ」
ドルクが腕を組んだ。
「理屈は分かる。だが——ロックボルトとやらは、どうやって岩盤に打ち込む」
「ルッカ。見せてやれ」
ルッカがロックボルトを出した。長さ一メートルの鉄の棒。先端が尖ってて、後端にプレートが付いてる。
「わたしが鍛造しました。先端を岩盤に打ち込んで、後端のプレートでコンクリートの表面を押さえます。岩盤と表面が鉄の棒で繋がって、一体になります」
ドルクがロックボルトを手に取った。重さを確かめ、指で弾いた。
「……いい鉄だ」
鉄を弾いて品質を確かめるのはルッカと同じ癖だ。やっぱり血だな。
「いい鉄だ。——ガルンの血だ。だが、ここはガルンより上かもしれん」
ルッカの目がぱっと光った。伯父に「父より上かもしれない」と言われた。こいつにとって、これ以上の褒め言葉はねえだろう。
* * *
作業開始。
入り口から三メートルの区間。
一手目。掘削。
天井のぐらぐらしてる石を鶴嘴で叩き落とす。ドルクがやった。こいつの腕力は化け物だ。ルッカの細腕とは違う、三十年鉄を打ち続けた丸太みたいな腕。天井の石が一撃でバラバラ落ちてくる。
「全員後ろに下がれ! 石が来るぞ!」
ガラガラガラッ!!
岩の破片が降ってきた。粉塵が舞う。シルフが吹き飛ばす。
天井に、灰色の安定した岩盤が露出した。亀裂がねえ。硬い。ここが本来の天井だ。
「よし。この面は安定してる。——二手目」
コンクリートを練った。地下の石灰岩と、ドルクが備蓄してた火山灰——この辺りの山に火山があるらしい。砂と水を混ぜて、コンクリートを作る。
「これを天井に塗る。——上向きに塗るから、垂れないように硬めに練る。水を少なめにして、粘り気を出す」
コテで天井にコンクリートを塗り付けた。上向きの左官仕事。腕が疲れる。だがこれは俺の専門だ。コテの角度と力加減で、垂れねえように均一に塗る。
「親方……上向きに塗ってるのに、全然垂れてこない……」
リルが見上げて呟いた。
「コテの角度だ。押し付けるように塗れば岩盤に食いつく。撫でるように塗ると垂れる。——二十五年やってりゃ手が覚える」
「二十五年のコテ……」
ドルクが俺の手元を見てる。職人の目だ。技術を見極める目。
「……上手いな。鉄を打つのとは違う技術だが、手の使い方に迷いがねえ」
「あんたの金槌と同じだ。迷ったら手元が狂う。迷わなきゃ真っ直ぐ打てる」
「ふん。——そういうことか」
三手目。ロックボルト。
コンクリートが半乾きのうちに、ロックボルトを打ち込む。先端を岩盤に当てて、金槌で叩く。
「ルッカ、ここに一本。三十センチ間隔で並べる。——ドルク、あんたも打ってくれ。金槌の扱いは俺よりあんたの方が上だ」
「当たり前だ。金槌は五十年振ってる」
ドルクがロックボルトを打ち込んだ。
カァンッ!!
一撃。一発で岩盤に三十センチ突き刺さった。
「……一発かよ」
俺なら五、六発かかる。こいつの打撃力はおかしい。
「鍛冶師の一撃だ。——次はどこだ」
「三十センチ右」
カァンッ!!
また一発。ルッカが目を丸くしてる。
「伯父さん……一撃で……!?」
「お前も打ってみろ」
ルッカがロックボルトを打った。三発で入った。ドルクほどじゃねえが、俺よりずっと速い。
「三発か。まだまだだな」
「……伯父さんが化け物なんです」
「ガルンなら二発で入れた」
「お父さん二発……!?」
ドワーフの打撃力が世代を超えて化け物だった。人間の土方が敵う領域じゃねえ。
エルノが坑道の寸法を記録してる。イレーネが施工手順をノートに書き取ってる。
「棟方殿! このNATM工法、帝国の鉱山でも使えますよね!?」
「使える。岩盤があるところならどこでも使える」
「仕様書に追加します!!」
……こいつはどこにいても仕様書を書いてるな。
最初の三メートルが完成した。天井にコンクリートの薄い膜。そこからロックボルトの後端プレートが等間隔に並んでる。
天井を叩いた。
ゴンッ。
硬い音。安定した音。さっきまでのグラグラした音と全然違う。
「この音が正解だ。掘って、塗って、打つ。三手で岩盤が安定する。——さっきまでの天井は叩いたらパラパラ落ちてきたが、今はビクともしねえ」
ドルクが天井を叩いた。
ゴンッ。
「……硬い。昨日まで石が降ってきてた天井が、硬い」
「ロックボルトが表面の岩を奥の安定層に縫い付けてるからだ。表面だけ見たらコンクリートの膜一枚だが、中身は岩盤の奥まで鉄で繋がってる。——岩を敵にするな。岩自身の強さを使え」
「岩自身の強さを……」
ドルクが天井に手を当てた。三十年、石が降るかもしれない天井の下を歩き続けた男が、初めて安全な天井に手を当ててる。
「……もう、落ちてこないのか」
「落ちてこねえよ。俺が塗って、ルッカが打って、あんたが叩いた天井だ。三人でやった仕事が崩れるわけがねえ」
ドルクの手が震えてた。
三十年、一人で守り続けた都市の天井が——やっと安全になった。
「残り百九十七メートルだ。同じことを繰り返す。——行くぞ」
「ああ。行こう。——三十年待った。もう少しくらい待てる」
「待たせねえよ。三メートルずつ進めば、六十七セット。一日五セットで二週間だ。——手伝え」
「当たり前だ。儂の都市だ。儂が一番働く」
カーラが坑道の入り口で見張りをしてる。
「親方ーー! お昼は何時ーー!」
「昼は坑道の中で食う! 出てくる暇はねえ!」
「えーー! 暗いところでご飯嫌なんだけどーー!」
「文句言うな! サラマンダーに灯り頼め!」
リルがくすくす笑ってる。精霊たちもこの地下の仕事を面白がってるらしい。ノームなんか地中に潜って、先の岩盤の様子を嬉々として調べてる。地下はノームの庭みたいなもんだからな。
三メートルずつ。掘って、塗って、打つ。
地味な仕事だ。派手さはねえ。だが、この三手が坑道を安全にする。一歩ずつ、確実に。
さて——あと百九十七メートル。仕事だ。




