第31話 見えない広告
「バスニアへようこそ!」
「文化史Ⅱはこちらです! まだ空いてまーす!」
「コレフィン理学が学べる数学科! 数学科! 就職に有利! 数学科へ!」
「東院芸術学部はこちらでーす。20以上の学科を選べまーす」
「本校第五工学科をよろしくお願いします! 未来設計に興味あるならこちらー!」
私は正規の学徒証を手に入れる予定なので、入国してすぐ学徒案内所へいった。すぐ入試があるわけでもなく、ここで当面の宿なんかも手配してくれる。そんな場所のはずなんだけど……。
「農業学部、有機耕作研究会いかがですか! 大地での農業こそ人類の英知!」
「農業学部、生産工学科です! 工場での安定生産こそ人類の英知!」
どう見ても浅草の土産物屋だ。何十件も軒を連ねた平屋の建物。これが全部、何らかの学部、学科の受付なのか。ちょうど新入学向けの願書出願シーズンの最終週に当たったらしくて、中々の混雑っぷりだ。学部、学科は500以上あると聞いて、若干眩暈がした。
もちろん定員に達した学科は呼び込みはしていないが、グッズは売っている。グッズってなんだよ。アルミプレートっぽいの売ってるぞ。「〇〇大 文学部」書いてあるプレート欲しいか?
しかし、どういったらいいか、この賑やかさは学生特有のノリだ。都市部の賑わいとはまた違った趣がある。そういえば、王国の教育システムってどうなってんだ? アンリも学校行ってる様子は無いし……、でもみんな常識も道徳も割とちゃんとしてる。寺小屋みたいなシステムがあるだろうか?
まぁ、それはいいとして。どうする。この選択肢の多さは想定外だぞ。ちょっとは調べとくべきだった。恐らくどの学部学科でも入試は突破できる。成績はともかく、どこかに合格できれば辞退しても学徒証(国籍)は手に入る。共和国との縁切りには必須だ。
え? 電波?
何某さんから通告。自律行動体が広告電波を垂れ流しながら移動しているから、やめさせたほうが良いと推奨された。
場所が場所だし、研究用の個体とかだろうか。距離は近いというから一時間ほど辺りを捜してみたが、それらしい物体は見当たらない。応答可能とは言われたが、最低限の状況は確認はしておきたいので断った。
何某の探知能力ならすぐ見つかると思ったら、ストラの何某+鎧装とは経験値の差があるようだ。そのうち圏外になったようで、広告は受信されなくなった。
「ま、いっか」
ただまぁ、これが良くなかった。学徒案内に宿の紹介を求めたら、今日の分はもう空はないと断られた。こうなると、各学部、学科が押さえてる宿しかない。そこを紹介してもらうなら、そこで願書取るしかない。時刻は夕方。あれだけ賑やかだった呼び込みは鳴りを潜め、あちこちで店仕舞。
傍からだとスレンダーな美人が黄昏てる様に見えるけど、めちゃくちゃ焦っていた。ちなみに、胸はもうない。タナメース出国時の国民証だと男性なので、元に戻しておいた。クール系のロールも辞めた。初対面の相手だと楽しいが、それ以降は整合性の為にいらぬ神経を使う。さすがにしんどい。かなりほっとしている。
「あのー」
ぼさぼさ頭な紺色髪の女学生が声をかけてきた。前髪長すぎ。目隠れさんだ。お話してみると、宿余ってるのでよかったら願書だけでも書いてくれないかと誘われた。
学部は「想理学」。物理すら苦手なのに。というか定員到達ってノボリが。
「でも、これ」
「これは……なんというか、毎回見栄張って早々に締め切るんですよ。宿が空いちゃうと、仮押さえ金がねぇ。もったいないですし」
そういう事ならと、願書を書いた。もう何かの縁だと思って入試代金も支払った。ざっと日本円換算18万円。目隠れの女学生さんとても驚いてた。けっこう難関らしく心配されたけど、実は志望学部なんですとごまかした。
都合の良いことに入試日はかなり早い。1ヶ月後なんてざらだったのに、ここは3日後に試験だ。紹介された宿の方は狭小な間取りなものの、低価格帯にしては部屋にトイレがあって良宿だ。よく言えばビジネスホテル風で、悪く言えば独房だ。
翌日、広告発信源が気になって付近を散策していた。出願通りは昨日と同じ賑わいだ。時々ハンバーガー状の何かを食べ歩きしてる学生を見かけて、屋台などどこに? と、不思議に思っていたら学部の受付と同じ並びにごく自然にテイクアウト屋台が紛れ込んでいた。
というか各学部の副業だった。農学部でサンドイッチ買ってきたけど安くてとても美味しい。農学部にすべきだったか?
結局、3日後の入試当日になっても発信源は見当たらなかった。自律行動体ってレールガンの彼と同じ先史のロステクだし、クオンまがいの戦闘兵器だ。それなりの有力者が保有してるんでは……などと、ちょっとやらしい事を考えながら次に受信したら自動応答していいよと何某さんに許可した。
入試当日。想理学部第2棟の試験会場で、明らかに場違いな自分がいた。主な年代が20代後半~30代で、編入か、再受験。新入で受けてるのたぶん私だけだ。
そして、問題を受け取るとみんなすぐ退出する。会場で受けてる人も横に資料積み上げて問題解いてる。試験時間は丸2日。持込、退出自由だった。
ちなみに、何某さんのおかげで5時間ほどで終了させた。時間がかかったのは、私の筆記が追い付かなかったせいだ。小論文込みだったのでなかなかの分量だった。なお、基礎問題は1ミリも解らなかった。次元定理とか言われてもねぇ。
昼過ぎに試験を終え会場の外で休憩してたら、中学生くらいの女の子に、物陰から観察されていた。
ジ──。(ジト目)
頭ちっちゃくてお目めぱっちり。黒髪ロングの清楚系なのに、なんでチャイナミニなんだ。やはり人類種は同じ地点に向かうのか? 性癖の収斂進化なのか?
受験生にしても学生にしても幼すぎる。あ、わかった。可愛そうに……呼び込みで無理やり着せられたんだな。誰かのお子さんか、妹さんかな?
目が合うと大げさに居住まいを正し、演出過剰な緊張感を漂わせながら近づいてきた。えらく面白い子だな。
「あの」
「はい。どうしたの?」
しゃがんで目線を合わせてみた。あれ? この子なんか変だ。
「私のご主人様になってください!」
「なんですと」
なんのイベントだよ。びっくりして一瞬周りの音が消えたぞ。
え? 何某さん、採用どうするって何? 電波の主……、じゃあこの子が自律行動体!? ロボットなの!? まさか広告内容って……、雇用主募集。なるほど。
少女型のロボットは、いつの間にか私の手を握っている。表情の動きに少し違和感はあったが、手の感触は人のそれと全く同じだ。これ全部想理なんだ。すごいな。なんて考えてたら、何某さんから訂正が入った。
自律行動体は実体!?
衝撃的な事実だ。レールガンの彼が、再起動で何事もなかったのはそのせいだったのか……。この子の場合、人間的な外皮のみが想理で構成されていて、中身は実体の機械なんだそうだ。
「イルソス! どうしたの急に走り出したりして!」
「あ、デニオール様。イルソスはご主人様を見つけました」
保護者さんかな? 髪色が金と黒で凄い派手だ。前に垂らしてる三つ編みなんか虎柄だよ。私と同じショ-トボブだけど長めでふんわりしてる。身長は160くらいかな。私より一回り低い。というか、ここ特有の聖職者みたいな格好だけど、下はいてないから、えげつないスリットから生足出てるみたいになってる。
んー、タダモノではないオーラは感じるけど女学生さんか。とりあえず、しゃがんだままでは失礼かなと思って立ち上がった。
デニオールと呼ばれた彼女は、スタスタと近づいて来て、ほぼ真ん前に立った。少し釣り目気味の大きな紫色の瞳で見つめてくる。そして、思いっきりオッパイ当たってる。
「やっぱり女じゃない。男がいいとか言ってなかった?」
「いいえ、デニオール様。その方、男性です」
「はい。殿方です」
すっと一歩下がって、柔らかいが遠ざかった。耳まで真っ赤だった。
「ご、ごめん。目が悪くて」
「あ、いいえ。あの、こちらこそ」
ロボ少女はがっちり私の手を握って離す気配がない。
とりあえず、ベンチのある場所に移動した。雇用希望のロボ子さんは私の隣にニッコニコで座っている。
「あなたがご主人様を見つけたのは喜ばしいけど、護衛がいないと困るのよ」
「イルソスのご主人様はこの方です」
ため息をつく虎柄髪の生足の人。今は黒縁のメガネかけてる。ちょっと属性が過積載気味だ。
「あの、ミレルと申します。ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「その子はぐれの自律行動体なのよ。仮の主人だったから、護衛で連れてたの。もともと先史の警護用だから便利だったんだけどね。知ってる? 自律行動体。まれにこうやって主人が見つかるのよね」
「デニオール様。正式かつ本物のご主人様です。想理の割当もいただきましたので、今のイルソスは153期ぶりの完全体です。これは内緒です」
ロボ少女がコソコソ話す。
「……」
「……あの、じゃあ、私はこれで」
デニオール女史に腕をガシッと掴まれた。
「ミレル……さん。あなた、旧世界の市民権を持ってるのかしら?」
ああ、目が、目が怖い。女の子がしていい目つきじゃない。ちょっと何某さん何してるの。電波止めるため? 今じゃなくても良かったよね。タイミングとかあるよね? 口止めした? あの子、普通にバラしたぞ。
「で、この国向けの使者なの? 名前からしてあちら?」
親指が共和国側を指差す。私は真顔になった。恐らく、国の中枢か、それに近い人間でないと知り得ない情報かと思う。このお嬢さん、もしかしなくてもとても偉い人なのでは。まさか、ほんとに大物がかかったのか。
「できれば、完全に目耳のない場所で」
「いいわ。明後日、ここに」
小さい紙切れに何やら書き付けて渡された。書かれたのは宿の名前と部屋番号。ロボっ子はぐずったけど、私が危険だからと話したら素直に引き下がり、デニオール女史と一緒に立ち去った。私が確認しただけでも7人ほど周辺にいたし、何某さんは13人いたと教えてくれた。
私は少し後に移動したけど、記者っぽい数人に囲まれて、何を話してたかしつこく聞かれた。「小さい女の子と少しお話ししました」と話したら興味を失くしたのか退散した。
◇
大博士国。某所。宿の一室。黒いドレスに身を包んだデニオール教授。本日は教授会だったそうだ。
さすがに彼女について調べた。そして、調べる必要ないくらいの有名人だった。多数の学派の教授であり、業地研究の権威でもある最年少教授だ。今回、同席してないロボっ子イルソスは、全力で周辺の人払いしている。
「なるほどね。解剖されかけたから逃げてきたと」
「どちらかというと、分解といった方が適切でした」
何某の記憶が見れたので、この8年間の出来事はある程度把握している。この体の生体部分を溶かして主要装置を得ようとしていたので、実際のところ分解だ。
「デニオール様。大博士国にはどの程度伝わっているのですか?」
「タナメースからは何も。トロラからは星象衛星維持のための遠征するから兵を寄こせ。とは言われたわね」
「王国は……、もう少し協力的かと思っていました」
「全球凍結まで六期……というのは伝えづらいでしょうね。まして、40期先とか言ってた相手だし」
お茶に口をつける教授。すこし眉をひそめてカップを戻した。
「他にも色々知ってるわよ。復活した無線技術、想甲兵の連結通信、電磁加速砲の有線弾体……それを伝えたラーラの使者は現在行方知れず、などなど」
奇麗な指を1本2本と立てて数える。
「昨日イルソスの構成残量調べたの。あと数期で外装が維持できなくなるような状態だったのに完全復活してたわ。あの子で私を釣ったんでしょう? いいわよ、付き合ってあげる。私に何をしろと?」
「そういうつもりがなかったとは言いませんけど……」
とりあえず、広告電波の件は話しておいた。どうりで……と彼女は頭を抱えていた。業地は仕事場だ。やはり有意にクオンとの遭遇が多かったようだ。
「あと、イルソスも。私が彼女の主人になることはありません」
「それは無理だと思うわ。人のいう事全く聞かないわよ。あの子」
「無理な尋問で体が壊れました。もってあと5カ月なんです」
「……」
「それでと言っては何ですが、そういうつもりな部分です。行方不明になった王国の個体も危険な状態で、この体の無事な部分が必要なんです」
デニオール教授が大きく息を吐いて、若干ばつが悪そうにしている私を見ながら、椅子から立ち上がった。
「私が言っていいのかどうかわからないけど、この時代の人間として謝罪するわ。ごめんなさい」
頭を上げてくださいと何度も言ったが、教授は1分くらい頭を下げていた。こんなどこの誰とも解らない人物に、こんなにちゃんと頭を下げる人がいた。その時、意外と人が信じられなくなっていた自分に気が付いた。
どうせ表面的な謝罪だと冷めていた。自分が頑張るのは、限られた少数の人の為だと言い聞かせていた。少し救われた気分だった。




