第30話 事業主借
ハロワに斡旋された交易系の会社「メラキア通商」の面接を通過して5日。新しい体に到着して18日目。
ここでは、女性の受付として働いている。そして隣で引継ぎしてるのは、今の同僚のアルチェ。赤みがかった金髪の二〇代前半で、化粧が濃い目な童顔のソバカス美人。彼女も同じく受付だ。
初日から友達認定して仕事押し付けてくる、割と図々しいタイプの子だ。ただ、解ってやってるのでちゃんとフォローはしてくる。愛嬌でごまかせるギリギリを狙ってくるのは、彼女なりの処世術だろう。
「ミレル。これお願いね」
「うん、解った」
「あのね、受付なんだからもうちょっと愛想よく。美人なんだから」
「うん、がんばる。アルチェ」
彼女は呆れた感じで立ち去った。ついに目覚めたか? と言うわけではなく、警察が若い男性の浮浪者を追い回してると小耳に挟んだので、ここでは女性で通す事にした。
なんか、どっかの無口キャラみたいになってるけど、ここの女性言葉は言い回しが独特でマネできないのでこんな事になった。何某の翻訳は私の言葉に素直なので、会話を乗っ取らない限りこれには対応できない。ストラの時も話すと男の子だねって言われたことがあったので、王国にもそういうのがあるんだろう。
なお、外見は完全に女性だ。何某さんに方針を相談したら、数時間でBカップにされた。セガレは死守した。危なかった。
とりあえず、トラブってても戦闘体だ。体術も普通に熟せるので荒事対応もできるクール系お姉さんというキャラ作りで就業している。今日は倉庫の荷物くすねてた従業員を3人叩き出した。ご褒美に社長にちょっといい所でご飯奢ってもらった。
ここの社長は昔は喧嘩強かっただろうなー、という感じの大柄で骨太な初老のおっさん。あんまり喋らないタイプの人なんで、二人して無言で食事してたら周りの客が引いていた。
この職場、大博士国との貿易がメインの流通会社なんだけど、夜のお店みたいな雰囲気なのが不思議だ。扱ってるんだろうね合法品以外。
とりあえず、面接の時に私の尻触って投げ飛ばした前任の用心棒に感謝を。あなたのお陰で面接に通りました。ついこないだまでロボット乗って化物殴ってたんだけど、こういうロールも楽しいものだ。まぁ、死にかけてるけど。なんでこう、毎回死にそうなんだ?
20日目。今日は受付で刃物振り回してた奴を叩き出した。助けたアルチェからご飯奢ってもらった。腹ペコキャラじゃないんだけどな。痩せてるからかな?
最近は、仕事帰りに違法出国ブローカーを捜すのが日課だ。こちら側、共和国から大博士国への移動に関しては、取締りが緩いのは確認している。時間があまりなさそうなので、正規ルートはあきらめた。情報を仕入れては大まかな移動ルートを再検討する。そんな日々がしばらく続いた。
「うーん、バスニア大博士国から王国に入るのが最難関だな……」
食える機械油みたいなクリーム塗って乾パンを食べる。人間性を捨てた味だ。アンリ。ちゃんとご飯食べてるかな? いっつも同じものばかり食べてたから心配だよ。早いとこ……。
「ふー、焦るな。慎重に行こう。もう体のストックは無い」
さて、共和国から王国への移動は、大博士国を経由するルートしか存在しない。現在、大博士国からの移動は厳しく制限されている。そりゃ、あんな露骨な妨害されちゃしょうがない。大博士国は完全なとばっちりだ。こちらではまったく話題になってないけど。
とりあえず、大博士国へのブローカーは割とすぐに見つかった。なんてことは無い、日本でいう進学塾がブローカーだった。厳密にいうと違法出国ブローカーが、大博士国向けの塾やってると言った方が正しい。
料金も日本円換算で70万くらいとリーズナブルだ。2~3業者調べたけどだいたいそんなもんだった。もちろん、出国許可証は偽造じゃなくて本物だ。金を積めば、正規の手続きを経ずに違法に早く入手できる。そんな感じだ。
あとは、大博士国入国後の身分証だな。大博士国の身分証は「学徒証」。学園都市は聞いたことあるけど学園国家なのか。学ぶ気があれば、だれでも国民=学徒になれるが、とうぜん入試があるし、入試代金も必要だ。あとは旅費、滞在費、金が足りるかちょっと心配になってきた。
27日目。
「よぉ、ねぇちゃん。あんたが補充か?」
「ミレル。よろしく」
「ははは、確かに愛想は無いな。責任者のオッズだ。よろしく」
現在、朝っぱらから勤務先の倉庫で、怖いおっさんどもに囲まれている。なんというか、緊急で大博士国向け隊商の護衛に回された。
オッズ氏は、水商売のお姉さんにモテそうな日焼けしたイケオジだ。彼と軽く挨拶を済ますと、ほいっと陵地用の鎧装(王国では近衛用)を渡された。
で、渡されたのはいいが、ここの鎧装って登録なしで使えるのか? 想甲兵って扱いが地球の拳銃に近いと考えてるけど、この国では許可証とかいらないのかな。そもそも、社長には座ってるだけでいいと聞かされたんだが。まぁ、いいか。
もちろん護衛は私だけじゃない。他に男性が三名。ガタイは良かったけどそんな擦れた感じの者はおらず、軍人というより警備員といった風情だった。
隊全体の人数は20名ほど。雰囲気的にいつものメンツ感がある。年齢は10代後半の見習いから、上は50くらいのベテランまで、年齢の幅は広い。
面白かったのは、いやらしい視線ってのは男の私でも気付くんだなという事実。女性を見る時は本当に気を付けようと思った次第だ。なお、隊長オッズ氏が「ボスの関係者だ」と周囲に釘を刺してから変な視線は無くなった。
何某さんがさっと鎧装のスペックをチェックして内容を表示。諸元一覧を見るに中の下の十四級量産機。なんの飾り気もない実用本位の機体だ。
得物は……剣とメイスか。剣は普通の直剣だ。クオン相手だと上級者向けの装備だけど対人だと常用なのか? 盾はサイズ感的にバリスティックシールドぐらいで取り回しは良さそうだ。そして、認証系が外されてるのを確認。ほんとに登録いらないんだな。
「出発するぞ! 想甲持ちは全員3号車に乗れ! ミレル! あんたもだ」
隊長の号令に従って私が車両に乗ると、大げさに場所を空ける他の護衛3人。ボスが怖いのか、オッズが怖いのか。こちらは今のロールに従って、愛想笑いはせず、背筋を伸ばして、持ち込んだ本を開き、クール系女子を装う。これも意外と楽しいぞ。なるほど、ネカマが多い理由がなんとなく解った。戻ったらアンリの前でやってみよう。すごい大笑いしそう。
程なく、ごついトレーラー3台に、追加装甲マシマシのイカツイ装甲車5台という、世紀末な見た目の隊商が移動を開始した。
出発後はわりと呑気に道中の景色を楽しんでいたが、半日もしないうちに輸送車の警報がけたたましく鳴り響いた。私と護衛の乗る車両がスピードを上げると、護衛たちは即座に車の屋根へ移動。そこから構成しながら次々と飛び降りていく。
え、何それ。カッコいい。
同僚の出撃に感動していると、脇道からもっさりした大きな塊が飛び出してきた。偽装なのか木の枝を括り付けた想甲兵だ。クオン相手だと全く意味をなさない偽装だけど、人間相手ならそこそこ有効のようだ。少なくとも範囲の狭い想甲反応センサーが検出するまでは見つかっていない。
程なく迎え撃つ護衛想甲兵とのロボットプロレスが始まった。ちなみに、運転手からさっさと行けよって顔されたので、しょうがなく、先例に従って飛び降りながら構成し、そしてヒーロー着地。
姿を見せた強盗は3機。実は少し先にもう2機、何某が探知している。強盗どもの想甲兵の級は二種類。プロレスやってるのは十四級、潜んでるのは恐らく二機とも十六級。少し遅れて1号指揮車のスピーカーが、敵の存在をがなり立てる。音割れしまくってて、何言ってるのかさっぱりわからん。
なんというか……業地深部のクオンと比べると全然怖くない。動きも鈍いし、急に角が生えて攻撃してくるとかもないし、腕が10本あるとかもない。とりあえず、安全第一。敵も味方も「いのちだいじに」だ。
足の遅い輸送車と速度を合わせて進むと隠れてた強盗想甲兵が姿を現した。おお、釘バットみたいな武器持ってる。あとは何某さんに丸投げだ。俺の人生の選択肢に殺すってのはないからね。頼むよ?
輸送車に向かってくる強盗は、もう完全に余裕シャクシャクな感じだ。私など眼中にない。何せ想甲兵の体格的に二回りくらいの差がある。
強盗想甲兵の釘バットが、薙ぎ払うように振り降ろされる。何某さんギリギリでそれを躱して、一瞬で距離を詰めると軽く敵の胴体にパンチ。たじろぐ相手の後ろに、すっと回り込んで引き倒し、バウンドして浮き上がった胴体をメイスで三回ぶん殴った。
わずか数秒だった。仰向けの強盗機体は微動だにしない。しかし、思いっきり殴ったな。死ぬと想甲は即座に解除されるから、死んではいないと思うけど……、中の人アンコ出てないか?
心配してる内にもう1機が逃げ出したようだが、素早く回り込んだ何某に足を払われて派手に転ばされた。挙句に、やっぱりメイスで3回殴られて沈黙した。
プロレス中の3機の強盗は、こっちに気を取られた奴が味方に倒され、残りは私が後ろからメイスでぶん殴った。猟兵だと救援にも仁義があるが、こっちは関係ないだろうという事で、問答無用で横殴りした。
三号装甲車が降りた護衛を拾って、さっさと撤収する。事後処理は「放置」のようだ。ここの警察って、賄賂の要求がえぐいから納得の後始末だ。恐らく、積荷も見られたくないだろうなというのは想像がつく。
「……あんた、すごいな」
相変わらず、車内では微妙に物理的距離を取られていたが、ちょっと意味合いが違っていた。声をかけてきたのは、強盗が気を取られた隙を逃さなかった、護衛のリーダー格の人だ。
「経歴は……ないしょ」
「そ、そうか……」
ちょっと自分でもどこ向かってるのか分らない応対しながら、皆と握手した。残りの道中は、私の戦闘介護経由でアドバイスなんかしながら過ごした。なお、ブクララからの生存最優先アドバイスが一番受けが良かった。生きててなんぼだし、それもそうか。
2時間後には、大がかりな大博士国との国境検問所に到着。すると、輸送車に付いていくのは1号指揮車のみとなった。入国は大博士国から動力割当をもらっている車両のみと思われる。
私の乗った3号車も含めた4台の装甲車は、共和国側の国境線の町「ポンパス」で輸送車の荷下ろしを待つことになる。共和国の想甲兵と車両は大博士国では動かないので、お役目御免はしょうがないと言ったところか。
「姉さん。ちょっとよろしいですか」
「……まだ、仕事中」
「ま、ま、そう言わずに」
姉御扱いに昇格した私は、たぶん普段なら絶対入らないような、比較的オシャレな店に案内され、隊商のみんなにめちゃくちゃ奢られた。なんか、食わしときゃいいみたいなコンセンサスが取られてないか? 食うけど。
後でわかったけど、鎧装渡したのは勘違いだったそうだ。無免許がばれると、相当まずいらしく社長にすら伝わらなかった。最終的には私の交戦記録は抹消され、日給3倍という形に変換された。もちろん差額は「現金」でお願いした。オッズ氏からは免許取ってくれと懇願されたけど、丁寧に断った。
31日目。留学生向けの出国申請が通った。現金を発掘直後に勤務先近辺の進学塾に入塾し、『特別コース』を選択。時間優先で約100万円相当。週給で金はそこそこ貰ってるが、現状持ち出し方が遥かに多い。先日の臨時収入は本当に助かった。
その後、数回模擬試験を受けるとあら不思議。通常数年かかる出国申請が、数日で手に入る。ちなみに、一般の受験生も財力に応じた課金をして期間を短縮する。単純に正規ルートが遅すぎるからだ。
なお、勤務先の社長には留学したい旨は話してある。ずいぶん金と学力の心配された。社長的には強いと賢いは両立するが、強いと学力は相反する。と、いうことらしい。試験向きの知識なんかとくに。
金銭に関しては、大博士国はシンプルに守銭奴ということだ。長年取引してる人が断言するのだから、間違いはないだろう。ただ、なんというか、たぶん、遠回しに退職を慰留されてるのではないかと思う。
33日目に出国許可証を入手。何某さん確認済。本物だ。その翌日、社長に報告した。
「すぐか」
「はい。明日には出ます」
「届けは遅い方がいいか」
「できれば」
社長は何も言わずに金庫の現金鷲掴みした豪快なボーナスくれた。離職の手続きは会社の方で行われる。なぜか3~4日遅れて国に報告される予定だ。
「もっと早く言えっ!」
一応、挨拶回りしてたらアルチェから泣きながら怒られた。
「いつ出るの?」
「明日」
「明日ぁ!? 信じられない! どうしてそんなに水臭いの!」
「……ごめん」
「家は? 片付いたの?」
「おととい引き払った」
荷物は大きめの旅行バック1個分しかないので、早めに引き払って現在は宿住まいだ。そんな話をしたら、アルチェのアパートに引っ張り込まれて、一晩飲み明かすハメになった。あれ? ほんとに友達だと思ってたのか。なんか、ほんとごめん。
タナメース共和国。王国が貴族制に移行する際、異を唱えた人たちが興した民主制の国。自己中で、雑で、国も人も、平気で他人のプライバシーを侵害してくるけど、素朴でバイタリティーに溢れ、身内には驚くほど優しい。そんな感じの人が多かった。まぁ、端から見る分には嫌いじゃない。




