第29話 自分の送料
「ぐはっ!」
うぇぇ、気持ち悪い。咳が……止まらん。
「がはっ!……ごほっ、ごほっ!……ごっ」
涙目で辺りを見回す。SF映画で見たようなカプセルタイプのベッド。フタは大きく開いている。周りには同型のベッドが数十台設置してある。とりあえず精神接続? には成功したようだ。
「病院?」
帰宅直前、レールガンの彼は病院に運ぶと言っていた。それにしては清潔感がない。どちらかというと倉庫のような佇まいだ。数百年経っての再利用だからそんなもんなのか。と、思いながらベッドから降りようとして驚いた。足が……。
「足が鶏ガラみたいになってるんだけど」
腕もだ、え? なんで? うわアバラが浮いてるよ。ガリガリじゃん! 全体的に治療の後遺症か? さすがに胸の傷の後は一切ない……けど、こんな体見せたらアンリがどんな顔するか。
「……ん? 誰この人?」
ベッドの跳ね上げられたカバーに反射した自分を見た。栗色の髪は、すこし癖のあるヘルメットみたいなショートボブになっていた。太めの眉、翠の瞳、少し不健康だけど白い肌。構成要素はストラだがなんか全然違う。というか、背が高くて頬が痩けてるけど普通に美人だ。えー……ある。男だ。
「何某さん。初めましてって、どういう……」
やられた。この体ストラじゃない。
記憶が流れ込んでくる。8年くらい前に共和国側に派遣された人だ。人というか生体メッセンジャーだ。今話してる何某さんは、以前のこの人のようだ。
そんで追加の仕事だ。治療中のストラの大事なパーツが修復できないのでこの体を持って行ってくれと。
一瞬、生きた人間を部品取りに使うのかという道義的な懸念が過った。何某さんは制御下にある乗り物にすぎないっていうけど、そう簡単には割り切れないぞ。
とりあえず、仕事増やすなとはいわないから、いったん見積もり取ろ。見積もり。お願いだから。
この体の何某さんは、私の記憶からストラの何某さんを復元して色々と把握したようだ。ついでに私もこの体の経緯を把握した。
この国のお偉いさんに例の情報の受け渡しする事に成功するも、直後に拘束、解剖されそうになったらしく止むを得ず逃亡。身分を詐称し難病患者としてここに潜伏していたそうだ。
拷問まがいの尋問も受けたようで、この体があと6ヶ月も持たないと言われれば道義がどうとも言ってられない。どっちも死んだらそれこそ元も子もない。
「ふー……、こういうの結構きついんだよ。俺は家に帰るんだ! よしっ!」
音が響くほど両手で頬を叩いた。
辺りのカプセルには所々人が入っている。ここが治療施設なのは解った。けど、なんでこんな……汚いとは言わないけど、もう少しなんとかならないものか。
カプセルがあった治療室? から廊下に出た。昼過ぎくらいだろうか、日は高いけど薄い処置用のガウン1枚なので少し寒い。開かない窓の続く廊下を緑の全くない殺風景な景色を見ながらよたよたと歩く。
ここの看護師は2種類いた。やたらスカートの短い若くて綺麗な看護師と、そうじゃない年季の入ったベテラン看護師。まぁ、どっちもよたつく私に声をかける事は無い。
ガラスに映った痩せこけた自分。ガラスは薄汚れていて、その向こうの空も曇っている。たまたまかもしれんけど、なんか世界が陰気だな。
さて、退院だけど調子が良くなったと主治医らしきお兄さんに申告したらあっさり通った。その際の医者のセリフが興味深かった。
「国に迷惑をかけた分、しっかり返さなくてはいけないよ」
嫌味かと思ったら本気で言っているようだ。ここの事情を知らないので問診の対応はこの体の何某さんに任せてたが、お国の為に的な話が頻出した。ここ確か大統領制だったよね。選挙してるよね。どうなってるんだ。というか、この何某さんとても空気を読んだ対人応答してる。相手の表情には何の疑いも浮かんでなかった。
言語は王国と同じようだが、微妙にイントネーションが違っていて言い回しも独特だ。あと、表意文字系が若干少なめ。
退院後、病院内で国民証の復帰と新住居の手続きが済んだ。
「ミレル。ミレル・ウェルアー。三等市民」
それが彼の名前だった。これからしばらく私の名前にもなる。
表に出てみると病院は町中にあった。夕方でまぁまぁの人出。建物は王国の画一的な箱モノではなく、昔からあるものを修理して使っているようだ。そこそこ綺麗な車道と思しき広い道は人しか歩いていない。表通りから見える裏通りの、さらにその奥にはたくさんの人が道に寝転がっていた。
王国の生活はけっこう快適だったけど、アンリが引き取ってくれなかったらどうなってたか判らない。運が良かっただけだと思っているから、こんな状況でも思う所はない。むしろ、仕事だとだいたいこんな感じだ。
割当の住居は比較的近所の集合住宅。道すがら商店を見て回り、青空市で当座の食料を調達した。何某に聞きながらでないと、見当もつかないような食材が多かった。肉類はなく、タンパク質は魚一択。王国では見なかった生の魚だ。葉物は多かったが、臭いを嗅いだ時点でやめたものが多い。完全に雑草の臭いだもん。
病院設備の未来感と清潔感の無さ、独裁みたいな国民の扱いと手続きの合理性、全体的な低所得感。なんか頭の中が纏まらないまま、あてがわれた拠点に到着した。
「最低限の家具は……ある」
といっても、小さな机、卓上ライト、いす、ベッド、クローゼット、以上。1部屋で広さは一〇畳程度はあるがトイレ無くて共同トイレ。洗面所はあっても風呂はないので公衆浴場通いとなる。かろうじてキッチンはある。IHっぽいコンロが1口。シンクちっちゃいな。たぶん生水は絶対飲めない。ポット買ってこないと。
それから部屋の天井に、何かのセンサーがあると何某さんが報告。動体センサーだそうだ。隠しカメラ、隠しマイクの類は見当たらなかった。病人だったから見守り付きの部屋にいれられたのか?
シミだらけのシーツを処分し、無愛想な管理人からもらったリネン類を敷きなおした。部屋を整頓しながら、ノミ、ダニ、シラミ、ネズミがいないこの世界に心底感謝した。
乾パンみたいなものに食い物かどうか疑わしいナッツクリーム状の何かを塗って食べる。何とも言えないえぐみが口いっぱいに広がった。栄養価はすこぶる高いそうなので我慢して食う。とりあえず、何某という優秀な情報ソースがある。あれこれ聞いて頭を整理したい。
「タナメース共和国、アラード区、モンテナジ」
この体の何某は、生身の裸眼に情報が表示できた。目の前に地図が表示されてるのはとても便利だ。要するに想甲兵の鎧装みたいな機能が生体に埋め込まれている。カテゴリー的には戦闘体というらしい。
残念ながら、ここの送信動力が体の仕様と合わないので機能はかなり制限される。それでも情報サポート機器としては非常に有難い。超高性能スマートグラスといったところだ。
ここが共和国のどこかというと、バスニア大博士国との国境の町だという事が分かった。大博士国は王国と共和国の間にある国なので、1ブロック先が王国だ。後の事を考えて、300キロ奥の首都から追っ手を避けながら四年かけて移動してきたらしい。
もう、それ主人公だよ。ご苦労様。ちなみに、入院したのは二年前だそうだ。この国は働けなくなるとゴミ以下の扱いになるので潜伏しやすかったそうだ。
退院した時にハロワみたいな就職斡旋所を紹介された。もらった手引きには2ヶ月以内に就労しなさいと就労準備金も貰っている。対応がとても優しいが罠だな。さっさと働いて意欲を見せた方がいい。
とりあえず働きながら、まずは体調を整えよう。ガリガリだし体力が全然ない。あと、この三等市民って国境超えられるのか? しばらく保留にしよう。
翌日。朝一でハロワへ向かう。おー、みんな朝から並んでるね。開業から15分過ぎて開くころには、長蛇の列になっていた。ここの初回利用の私は、職員から面接を受ける。呼び出されて行くと、金髪縦ロールの悪役令嬢みたいな女性がいた。彼女は私の履歴を手元の端末で確認し、うんざりした顔で私を見た。
「退院翌日にここに来るなんて立派な勤労意欲ですけど、そんな瘦せこけた体ではまともな働き口などなくってよ。まったく。少し調べてきますからお待ちなさい」
なんか、すごい優しい職員さんのおかげで座り仕事の事務職にありついた。職場は場末の金属加工の工場。長いこと求人出しててやっと来たらしく、仕事が溜まっていた。まさかこんな所まで来て経理やらされるとは。仕事自体は四則演算ができれば問題ない。溜まってた仕事も三日ほどで片付いた。
さて、ここの人、基本的に善人だけど、かなりおおざっぱだ。そして、私から見ると常識はぶっ壊れてた。何がとは言わない。びっくりするほど働かない。隙あらばサボる。
私も溜まった仕事を掃いた以降は、周りとペースを合わせた。あちこち自らを出向させてきた身としては、経験上こういう状況で頑張ってはいけない。
あと、驚くほど風呂に入らない。私は二日に1回、銭湯行ってるけど変人扱いされた。むしろ毎日行きたいんだが? 混浴だからじゃないよ。お風呂好きなんだよ。混浴だからじゃないよ。
その後、体調の方はみるみる回復し、6日後には普通の体格に……というか、困ったことにスレンダーな女性らしい体つきの美人さんになった。男だけど。
一応、確認のために『健康そうだけど寿命が短いって本当か』と現在の私の中の何某に聞いたら、尋問時の不良ナノマシン投与が原因で神経系が損傷したらしく、時期が来れば多臓器不全で機能停止するだろう。と、伝えてきた。何とも言えない気分になった。
さて、今回の斡旋された事務仕事は職業訓練的なものだったので、就労期間はたったの9日。この星の1週間だ。簡単な仕事は、そういうのしかできない人向けに空けておくのが慣例なんだそうだ。工場長に「金くすねない奴も、仕事残さない奴も初めてだ」と礼を言われた。
しばらく働いて解ったが、この国、働けない奴は無視されるが、働かない奴は徹底的に監視される。さぼるヤツは昨日の晩飯まで記録されていて、ハロワで職員から罵倒される日々が訪れる。この国にとって労働そのものが税金なのだと考えれば執拗な追跡も理解できる。働かないのは脱税だからね。どんな世界も脱税には厳しい。さっさと働いといて良かったよ。
次の仕事の為に悪役令嬢(良質個体)に、小銭握らせて(ここでは普通)、流通関係に転職した。当面ここで越境のチャンスを伺うことにした。あと、転職先が微妙に遠かったこともあって、覗き見のない部屋へ引っ越しした。
そして、ひと落ち着きした翌々日の早朝のことだ。
この体の何某さんが、体を乗っ取って町外れの森まで歩いて行く。周囲を確認すると目印も特にない木の根っ子を掘り出した。埋まっていたのはリュック。中にみっちり現金が入っていた。
ちなみに、共和国に現金はない。基本的な支払いは王国と同じチャージ式カードでの決済だ。この現金は大博士国発行の紙幣だ。これが闇で出回っていて、記録に残したくない支払いに使用されている。経験上、こういった国はまともな方法で出国できない。おそらく確実に必要になる。
自宅に戻って数えたら日本円で300万くらいあった。何も考えないで手にぶら下げて来たのでちょっと肝が冷えた。たぶん放浪してた4年間の貯金だろう。
「これが生きた証ってのも寂しいけど。大事に使わせてもらいます」




