第28話 次年度繰越
──7:25
白檀の匂いがした。
自室の、ベッドの脇にある置物の匂い。全身に圧し掛かる布団の温もり。時計の音。エアコンの音も聞こえる。
頭に乗った機材《HUD》を降ろして、辺りを見回した。
「……私の部屋、だ」
じっと手を見る。見慣れた自分の手だ。
思わずシャツをめくって胸を確認した。傷なんかあるわけない。
記憶も体の感覚もぐしゃぐしゃだ。
ずいぶんリアルな夢だったな。
「アンリ心配して……」
思わず脳内の何某さんに問いかける。返事はない。
「違う……。違う違う違う!」
急に汗が噴き出してきて、辺りを見回した。ベッドに置いてある時計を見る。この夢想補助装置の要件で就寝時間は記録している。ベッドに入ったのはちょうど1時。たぶん15分ほどで入眠した。
「……1時51分。向こうに半年以上いたぞ、どんだけ時間差が……そうだ!」
慌ててHUDを掴んでしまい、勢いで飛んで行きそうになるのを必死で抑えた。HUD内の小さなモニターに動きがある。
──6:14
「どういう意味だ? えーっと、確か開始は7分40秒くらいだったよな……ざっと2ヶ月?」
数字はカウントダウンしている。待機時間なのか、限界時間なのかで意味が全然違ってくるぞ。向こうのストラの治癒時間か? リスポーン時間?
「それともコンティニューの選択待ちか……」
星が凍るまで12年。時間遅延にブレがないなら、ここだとたった10時間程。長めの睡眠時間ぐらいだ。思ったより私に影響出ないようになってるようだ。というか、どうやってコレに細工したんだ。もしかして、そもそもがそういう機能だったのか? 謎が多すぎ……待て待て、今はそれどころじゃない。
SNSを起動して、暫く休む旨の告知をトップにピン止め。次いで、連絡用メールフォームの自動返信にも同じ設定をした。これで、最悪3日くらいは寝たきりでも大丈夫だろう。……90年も何する気だよ(笑)
仕事は丁度すっぽり空いていた。返事待ちの案件もない。恋人などもいないのでこういう時ラクだな(ぐぎぎ)。親、兄弟は……まぁ、せいぜい数週間に1回の頻度だし問題ないだろう。
とにかく、未払い金を受取らず引き下がれるか! そっちが強制決算したならこっちは繰越にしてやる! あー、先に言っとくけど、地球の時間で工数計算とかいう落ちはいらないからね。
トイレを済まして、機材《HUD》を装着。残り時間は1分08秒。そして、ふとこのまま関わって良いのかと考えた。
──0:59
少なくとも私は現地の人間に排除された。これは純然たる事実だ。
──0:22
……その。楽しそうかなって
銀髪の少女が照れ臭そうに笑った。
ふいに笑みがこぼれた。
「置いていくと拗ねるんだよな」
──0:16
ベッドに潜り込んでそのまま目を閉じた。すっかり目が冴えてたので心配だったが、それは杞憂だった。




