第27話 決算 ③
──経過時間 83:42 目標 ──キロ
「直径約8ルケル、深さ3.6ルケル。推定構成質量はロブ166億、密度は水に近いのですが、重力係数が低く、構成粒子が大きいので非常に表面張力が強くなっています」
現在、令嬢と部隊長が技官の調査報告を聞いている。私も参加しているが、私が敷設した有線通信先の作戦責任者ガーリア氏など本陣参謀の中継のついでだ。
主要メンバーの作戦会議の傍ら、部隊の1/3が警戒にあたり、それ以外は想甲を解いて休養している。傍目だときらきら光る綺麗な川縁だ。目には優しい。
「弱く自発光もしており、水のような何かで、水ではありません。それと、無動力ですので想理特性上、力場検出に反応しません。制御核の検知は不可能です」
しかし、直径400、深さ200、3300万トンか。水溜りにしては怪獣みたいな数字が出てる。このクオンは自分の体ではなく、環境そのものを構成するタイプのようだ。ちょっとだけ、水自体が襲ってくるかとドキドキしていた。
『液体の構成主を探すしかないでしょうか……』
「斥候隊が全力で探索していますが、それらしい物は見つかっておりません」
「探知できないのだったな。誘いには乗ってこないのかね」
「はい。人間を狙うタイプではないようです」
ため池の主は、16階の制御室から真上に開けた大穴に現物のタンクを組み立て、想理の液体を流し込んで引き籠っている。
このタンク、見た目は無茶苦茶な継ぎ接ぎで、よくこんなんで水圧支えてるよなって構造だ。施設の記録を見る限り、この発力塔の主となったクオンの要望に応えようと、狂った施設保守用知性が、狂ったなりにがんばった結果のようだ。
「いっそ、外のクオンの外壁破壊を待ってみたらどうだ」
「この水量ですと、よほど大きな穴でもない限り、我らが持ちますまい」
外のクオンは外壁を破壊して、二層目に食いついている。だいたいの個体は狂乱じみた行動を取るので、一心不乱に直線的に勇者隊を狙って律儀に壁を削る。目端の利いた個体は開いたルートから回り込んでくるが、数は多くない。隊としては二層目が後四〇分。三層目は三〇分程度しか持たない考えている。
要するに、今から1時間ほどで200メートルの水底に引きこもってる何者かを討伐せねばならない。
潜水案なんかも出てはいるが、この深さでは生身でも想甲兵でも耐えられない。想甲兵の気密性は有毒ガス対策なので、耐水圧換算だと3気圧程度だ。胸殻が潰れるとかじゃなく、単純に水が漏れて中の人が溺れる。ご令嬢の『斬空』がもう少し持つかもしれないけど、さすがに20気圧には耐えられないと思う。
ただ、朗報もある。けっこうな数のクオンを処理したのに、クオンの防衛最終区域が全く広がっていない事だ。本来なら区域内のクオンが減れば、今よりさらに広範囲のクオンを引き寄せる。本陣も援護の砲兵も、それに合わせて後退する予定だった。
この予想外のおかげで『遠雷』の砲撃が発力塔に取り付く大型クオンを、今も削り続けている。たぶん、目の前の水たまりのせいなんだろうなというのは想像に難くない。
とりあえず、このクオンに関しては、この想理水中に存在すること、構成量からみて最小でも17メートル以上の大きさがあること。分類上は罠型なので、何があっても動かない可能性があるということ。以上3点は確定という事だ。ついでに主格級『ラエルグリア』と命名された。
「ストラ」
「どうしたのアンリ?」
考えも出尽くしたようなので、暫し解散となった。頭は多い方が良いだろうという事で各隊に持ち帰ってアイデアを募ることとなった。
「水の中にいるんだよね」
「間違いなく」
「サカナなのかな?」
「どうなんだろう。そうかもしれないし、なんか全然違うかもしれない」
「網でだーって、すくえたらいいのにね」
「おー、それは楽そう」
「ストラ。ガーリア卿から連絡だ」
「はい師匠……なんだろ?」
──経過時間 98:14 目標 ──キロ
『それじゃ、行きます!』
『銀閃』から、もう1本通信線を生成する。通常と違い線の先には重りが付けてある。それを想理水タンクに投げ込んだ。細いので水圧関係なく着底する。
他の3機の有線敷設機も、新たに通信線を構成。その辺の物理的な重りを括り付け、それぞれが重ならないよう間隔を空けて投擲。重りが底に着いたら、通信線の枝が開くのを待って投げ込んだ位置の対岸まで水際を移動する。これで、想理の水中に幅80メートル、長さ500メートルの探知網が4本。八角形の中心を通る対角線みたいに設置された。
今やってるのは、有線通信網のおまけ機能、異物検知機能を使うという本陣作戦部発案の試みだ。当初は、想理水自体を検出してしまって役に立たないかと心配されたが大丈夫だった。巨大なタンク内の探知としては心もとないが、何もしないよりましだろう。その間に他の対策を捻りだして欲しい。
コヒュンッ! コヒュンッ! ココヒュンッ!
幾つかの敵の進入ルートで『焦雷』の射撃が続く。ここ数分で回り込んでくるクオンが倍増した。ついさっきまで5分2~3体だったのが、毎分侵入してくる。一部の何もできない隊員がイラついているのが見て取れる。
──経過時間 126:34 目標 ──キロ
明らかに、壁の削れる音が大きくなった。思ったより2層目がもたないようだ。ご令嬢の機体が目立たないように、親指を立てて振っている。私信の要請だ。
『様子はどう?』
「階下の方たちなら無事ですよ。生身の人間にはあまり興味がないようです」
『困ったわね、追い立ててもらえると有難かったのだけど』
「最終的にはそうなるかと」
『物怖じしないとは聞いてるけど、怖くはないの?』
「大人を信じてるんです……というのはどうでしょう。パラテリア様」
『あら、確かに可愛げはないわね』
通話切断の合図で通信を切った。と、同時にご令嬢の全体通達が始まった。
『パラテリアより通達。全隊水辺に分散して待機せよ! 焦雷、アッジ、ミケルダ、2機は水辺に移動。等距離を取って展開したら、最大弾頭を最低速で水桶に打ち込め!』
意図が掴めず、ちいさな動揺が部隊に走る。
『クオンは想理に反応する! 砲弾の高密度想理を餌にラエルグリアを釣り上げろ! 命がけで来た子らに大人の仕事を見せてやれ!』
澱みかけた戦意が、可能性を示され復活していく。令嬢の『斬空』と『焦雷』2機が展開と同時に、弾体を低速射出。低速と言っても元がマッハ15とかの世界なので最低速でも派手な水柱が上がる。弾体の大きさは230ミリ径は同じで、長さが最大長1メートル越え。通常50センチほどなので実用性はほぼない。本来はスペックとして存在するだけの弾だ。
師匠とアンリが私の隣で待機する。そういや、師匠の機体名聞いてないな。
何度か射出と引き上げを繰り返す『斬空』と2機の『焦雷』。電磁加速砲は有線弾頭だから可能な芸当だけど、想甲兵で釣りをしているように見える。妙に手慣れた感じで、なぜかパラテリア様も堂に入った手さばきだった。そして5回目、ついに反応があった。
『検知! 二番線、大きい! 100パナ超えます!』
『検知! 三番線、こちらも確認。同じく100パナ超え!』
『銀閃』からは、かろうじて目視で確認できた。水底から何かが上がってくる。というか、タンクの部品が浮上してくる。え? ヤドカリ?
『おー、こりゃ俺の出る幕ねーな』
『お家が出てきた』
どういったらいいのか。頭が三角で後ろ脚の生えたオタマジャクシが、でかいガラクタを背負ってた。浮上場所は私と反対側の水面やや中央。50メートルの越えの巨体とはいえ、その9倍サイズのタンク内では小さく見える。おまけに、まだほとんどが水中で、斥候が制御核探査に手間取ってる。
『撃てっ!』
令嬢の命令でレールガンが一斉射撃されるが、制御核探査ができていないので、ほとんど背中のガラクタを空しく貫通する。こいつ思ったよりずっと薄い。そうこうしてる内にゆっくりと、また沈み始めた。隊から悲痛な叫びが上がる。
逃がすかっ! 何某さん! レーダー電波最大出力!!!
漫画みたいにビクンッと痙攣するオタマジャクシ。すると突然、狂ったように私に向かってきた。これは想定外だ。ごめん何某さん。最大出力舐めてたわ。
突っ込んでくるオタマジャクシを全力で避ける3人。明らかに私に向けて軌道修正するオタマ。
棍の伸びとインパクトハンマーの慣性力で何とか躱すが、右半身が激しく損傷。『銀閃』は右腕と胸殻の1/3を持って行かれた。幸い衝撃は何某さんが何とかしてくれた。他の人間から見たら神回避したように見えただろうが、アンリと師匠、援護に来てくれた勇者隊の機体が数機、身を挺して防御してくれたおかげだ。それでも、もう一撃来たら避けるのは厳しかっただろう。それぐらいには、この巨体は俊敏だった。
『ラエルグリアの構成物質の反応消失。制御核機能停止を確認』
『水域の消失も確認』
測距してくれた斥候の人も、『斬空』と『焦雷』も、一瞬のチャンスを逃さないでくれた。雄たけびや喜びの声がする。手を振り上げる機体もいる。
『がんばったな、ストラ』
『はい師匠。みんなも無事で良かったです』
『……』
アンリ。喋らないと怖いよ。怪我してないからね。
『銀閃』は四鐘になってフルスペックで使用している。この程度の損傷なら再構成で完全復活できる。
──経過時間 142:51 目標 ──キロ
タンクの雑な構造のおかげで、さして苦労なく16階まで降下。降りた人員は10名のみ。残りは上でクオンの進入に対処している。
最奥のクオン達は、すでに三層まで到達。加えてレーダー波最大出力の余波もあって、数秒単位でクオンが侵入してくる。階下の襲撃者は鎧装を捨てて同じ階まで移動してきたが、入り口が暴れるクオンで埋まっているような状態だ。1区画向こうで様子を伺っている。
鎧装を捨ててるあたり、微妙にこちらの情報が漏れている。鎧装で探知してるのは確かだが、それだけを当てにするような間抜けではない(何某が)。問題は内通者だ。一名なのか数名なのか。
現在、制御装置前にいるのは、ご令嬢、信派の貴族四名、私、アンリ、師匠、技術士官ベラム氏、部隊長統括兼戦術長オルソン氏。貴族さんが一名足りないが、残念ながら人質になってる方と思われる。また、全員が解りやすい専用機で、中身も確認済だ。なんとも疑いようのない一〇名といえる。
いま、生身のベラム氏が操作卓の前で、忙しく準備している。かなり複雑に見えるけどカンペ無しで一切の淀みなく操作している。とりあえず、故障や不具合はなさそうだ。少し離れた場所の大きな円柱状の装置を、ご令嬢と貴族の機体が取り囲む。ベラム氏が操作する音だけが響く室内に、外壁の削れる鈍い振動が伝わってきた。
──管理者が未設定です。主管理者を設定してください。
「パラテリア様。準備できました。いつでもお始めください」
制御室にガイド音声が響き渡る。ベラム氏の声と同時に、円柱周辺で待機していた5機の想甲兵が想甲を解除した。貴族の人を初めて見た。みんな若いな。十代後半か、二〇代前半か。師匠とオルソン氏はご令嬢たちを、私とアンリはベラム氏をガードする。
予定では、塔の再起動後、すぐに管理者の装甲兵に対して送力割当を行う予定だ。ただし、どうしても数分はかかるという話なので、油断はできない。
円柱から生える五つの、認証機器。臆することなく手を乗せる金髪の令嬢。貴族の諸兄達も習って手を乗せる。
──管理者を設定。認証中……主管理者が設定されました。
──次席管理者を設定。主管理者により次席管理者が認定されました。
──本施設の再起動が要求されました。施設内の想理構造物に注意してください。
──本件は設定により、即時実行されます。
──施設内の想理構造物に注意してください。
──施設内の想理構造物に注意してください。
──再起動。 実行。
『銀閃』が解除された。『剛鉄』も。足をくじかないように着地。オルソン氏、師匠の機体も解除され、これで全員が生身の状態になった。壁から響いていた音が止まった。上から響いていた激しい戦闘音もパタリと止んだ。上から歓声が聞こえる。
「警告! 不審者二名捕捉!」
小さな体から予想外の大きな声が出た。再起動と同時に制御室のセンサーを掌握した何某が、上階の戦闘のどさくさに紛れて降下した二名を捕捉。百数十メートルある部屋の隅から、何らかの噴射体が2発発射された。
まずいぞこれ、軌道変えてる! え? ちょちょちょ! 体が勝手に動くぅ!
ドンッ ドンッ
誘導弾は何もない空中で壁に当たったように跳ねると、目のくらむような大爆発を起こした。明らかに見えない何かに防がれた。なんてことだ、バリアとか急に異能バトルに。
違う? 市民割当質量? あ、基礎割当帯域か。塔が再起動して大昔の標準仕様に戻ったのか! え? そんなもたないって? せっかくカッコよかったのに!
アンリ達はみんな隠れたようだ。上から味方が援護を降ろしてくれてる。襲撃者の一人はアサルトライフル状の何かを撃ちながら近づいてくる、その後ろでロケランを装填してるもう1名。私からも距離を詰める。見た目美少女が無表情に弾丸弾きながら距離詰めてくるのって、気分的にどうなんだろうね。知らんけど。
前に展開してるΛ型の想理の透明板は、感覚的にすでに10枚くらい消費してる。手のひらは相手に向かってかざしてるけど、盾として握ってるわけではないので手首に影響は無い。とはいえ、あの威力のロケラン撃ち込まれたら確実に死ねる。
部屋の奥の暗がりから小さな爆発と悲鳴。動揺するアサルト兵と私。さらに距離を詰める何某(私)。再開する射撃、板はもうない。投げたから。透明の板を頭で受けた襲撃者は、派手に一回転して転倒した。
手慣れた感じでアサルト兵の武装を解除する何某(私)。何が起こったのだろう。ロケランの装填ミスか、不良品だったのか。とにかく運が良かった。奥の奴は降りてきた味方が拘束した。死んではいないようだ。私が無力化したのを引き取りに来た味方が、上で隠れてた連中も拘束したと教えてくれた。
これ、ドン引きされてないか。明らかにさっきのは行動は異質だったぞ。始末を終えて恐る恐る後ろ振り向いたら、思いっきりご令嬢に抱きしめられた。
「ぱ、パラテリア様、痛っいです」
アンリが無言で令嬢から引き剥がした。師匠も無言で頭をゴシゴシ撫でた。
映画で聞き慣れた乾いた破裂音。
音がする方向には、取り押さえられる貴族の若者。手には小銃。私は周りを確認する。アンリ、師匠、パラテリア様、無事だ。緊張で足に力が入らない。
あれ、冷や汗が……。なんで俺の胸が真っ赤なんだ。ああ、そうか。アンリごめんね、そんな顔させるつもりなかったんだけど。
ふわっと体が浮いた。みんなが身構えている。
何が起……ってロイデ氏!? レールガンのクオン、何やってるのこんな所で。というか、再起動の影響は!?
飛びつこうとするアンリを師匠が押さえてる。ロイデ氏の声が頭の中に聞こえる。
『申し訳ない。太古の武器に反応できませんでした。貴方の支援知性から要請です。再起動で利用可能になった医療施設に運びます。しばらく我慢してください』
アンリの声が遠くなる。心配かけたくない。なんとか状況を伝えたい。
「……ら!、ストラっ!!」
繋げてくれたのか。
アンリ。心配しないで。しばらく治療するから。待っててね。
アンリの表情が変わった。声は届いたようだ。もう、周りの音が聞こえない。
ああ、そうだ。ロイデ氏、さっきはありがとう。
『市民を守るのは私の義務であり、権利です』
できれば臨死まがいの体験はご遠慮願いたかったよ。何某さん。
──7:38
──7:37
──7:36
白檀の匂いがした。
自室の、ベッドの脇にある置物の匂い。
全身に圧し掛かる布団の温もり。
時計の音。エアコンの音も聞こえた。
そして、視界を覆うディスプレイには、カウントダウンが表示されていた。




