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第25話 決算 ①


 ス──、……………………ハ────────。



 『銀閃』の中で、ゆっくり息を吐く。自分の腹の中で呼吸してるような感覚にもだいぶ慣れた。


 すぐ前に隊のみんながいる。先遣一番隊、左翼。先頭にリテム『辻風』、二列目には『剛鉄』アンリと『勇護』ブクララ、中央の私『銀閃』は有線通信2番回線の敷設も担当する。左手後方の殿は『流星』ティミュ。想甲が仲間の呼吸を微かな金属音で伝える。


 周辺は朝靄が残り香のように漂っている。はっきりとは見えないが、200メートル右に中央の五人隊、さらに200メートル向こうに右翼の五人隊がいるはずだ。


 ス──、……ハ──。


 粘り気のある空気が、靄を引き剝がすように重く流れ出した。区画の中心部だというのに建築物は基礎部分しか残っておらず、地下設備が陥没した大きな裂け目がそこかしこに見られた。しかし、何らかの忌諱効果なのか固められた人工的な大地は植物の進入をほとんど許していない。今しがた破壊されたかのような景色は、ここの旧都市の特徴のようだ。


『発令! 先遣一番隊進発せよ! 作戦「勇者」を開始』


 先発する先遣一番隊中央。ついで、右翼と私たち左翼が少し遅れてスタートする。朽ちた人工物の成れ果てた巨大な起伏を、11キロ先の一番隊の目標地点に向けただひたすらに走る。


 本作戦での想甲兵の走行速度は、時速でいう70キロほどに厳に揃えられている。出発は計画通り目標から27キロ。突入ルートは事前に幾つかに絞られており、中央隊が状況を見て決定する運びだ。


──経過時間 01:40    残 25.227キロ 


 何某が私に分かりやすいよう、表示は調整してくれている。


 クオンが防衛に動き出すのは予測では24キロ。あと50秒ほどで警戒区域に入る。計画上は、私たち一番隊は7分、二番隊は22分、本隊は30分以内に目的地「発力塔」に到着する必要がある。もちろん何もなければだが、そんなはずはない。


『本部発。中央隊が接敵、負傷者2名。左迂回、経路2の2へ。右翼左翼共に目標を測距。終』


「一番隊左翼了解。移動測距します。終」


 本部に返事をすると同時に味方にも通達。今回の通信は私の担当だ。前回の手順で『銀閃』から部隊内通話を開始。機体の親指を顎に当てる。誰かがこうしてる間は、部隊内で自由に会話できる。ただ、片手がふさがるのでちょっと微妙ではある。


「通達。中央隊不明クオンと接触。経路2の2へ変更。速度このままで測距します」


『ティミュ了解。速度維持しながら経路2の2へ移行』


『リテム了解~。経路2の2へ移行します。遅れないでね~』


『ブクララ、追従する』


『アンリ、追従しまーす』


「通話閉」


 前方に舞い上がる大きな土煙から、何かがぬぅと姿を現す。なんというか、超巨大な蛇の頭部に数百本の虫の足が生えた物体だ。ただし、蛇の頭部は地球のハンマーヘッドみたいに両目(目とは限らない)が左右に大きく飛び出ていた。


 ここまででかいと、だいたい制御核(モスト)偽装みたいなせこい真似はしない。核は頭部2、胴に1。推定質量はかなり大きいが、恐らくここはクオンの警戒区域ギリギリ前なので防衛線への影響は無いはずだ。判断は本部がするけど、どうだろう。


 ドドンッドンッ……ドドンッ


 鈍い地響きのような音が七回。それきり舞い上がった土煙から起き上がる物体は無かった。すぐ空気を割く音がするがとても静かだった。弾体形状を工夫したようだ。


「発。一番隊左翼、構成物質の反応消失。制御核(モスト)機能停止を確認」


『了。本部発。進行速度に問題無し。経路2の2のまま防衛最終区域に入る。先遣全隊警戒を厳に。終』


「一番隊左翼了解」


「通達、進路このまま。10秒ほどで防衛最終区域に入ります」


『『『『了解』』』』



──経過時間 02:32    残 23.549キロ



 これは……。平和な日本出身の危機管理の鈍い私でもわかる。というか、解るようにしてくれたのか。一斉に何かがこっちを向いた。目標の向こう側からすら視線を感じる。


『本部発。徘徊型(テレート)ミグルボ・ストバルが移動を開始。到着まで34分。影響なしと判断。現状維持。……続き、休眠型(リケル)22、全機起動。現状維持。砲兵隊境界へ移動中。終』


「一番隊左翼了解」


 ミグルボ・ストバルはネームドクオン。直訳すると「泳ぐ地面」。どんな姿なのか興味は尽きないけど、影響ないなら幸いだ。問題は休眠型(リケル)22。これ確か……あ、何某さんありがとう。目前に「22」の概要が表示された。15キロ地点に潜伏する、今回のルートで重要な大型クオンだ。これが人型なんだが、冗談とかじゃなくて三つ足の人型ピクトグラムみたいな形してる。


「通達。休眠型22番、七二級(40メートル)7機、全機起動」


『起きてくれたか。これからが本番だな』


『ストラ、測距は?』


「2ケール(約11キロ)の交代地点からの予定です」


『警戒! 左手奥、12。地面が近いかな~。43番の可能性大』


「確認。力場観測……後追い(ヒーグ)43。接敵まで1分17秒」


『このまま22ルケル(1.2キロ)前進して迎撃。中央隊とは距離を取るわよ。ストラ、本部へ』


「発。一番隊左翼。後追い43、12体接近。中央隊と離れます。速度維持のまま22ルケル前進して迎撃予定。終」


『了。本部発。右翼隊も休眠型(リケル)17に遭遇。測距は中央だけでも可能だ。無理するな。1分後に先遣2番隊が進発する。終』



──経過時間 03:28    残 22.367キロ 



『リテム通達~、接敵まで4ルケル(220メートル)』


『通常通話に変更。みんな、足は止めず向かってくる奴から順に仕留めなさい。とにかく囲まれないように。ストラは後ろに下がって、線を保護』


『どの道、執拗に追ってくる。取りこぼしても追うな!』


 ブクララの声に頷きながら、地面を刻みながら直進してくる後追い43を視認した。大きさは軽自動車サイズのトゲ付き無限軌道(クローラー)という機械寄りの外見だ。高速攻撃で相手の足を止めたら、相手の体を掴んで本体を固定し、電動ヤスリみたいに削り潰す。殺意はなかなか高い。


『浮かせて!』


 ティミュの声に合わせて、ブクララとアンリが盾でかち上げる。いかに最奥のクオンでも浮かされては何もできない。体を伸ばして抵抗を試みるが、『銀閃』のウォーハンマー、『辻風』、『流星』の短槍が制御核を確実に弾き飛ばす。その間にも、目標に向かって移動は続くが、通信線的には最悪の相手だ。線の上を横切られたら一発で断線する。


『左後方、4。ストラ気を付けて!』


 語尾が伸びないリテムの声が響いた。ちょっ、フラグ回収早すぎだろ。


『出迎えます!』


『アンリも行きます!』


 左へ直角に進路を変えて迎え撃つ。1体目は『剛鉄』が盾で後ろへ飛ばす。直近のもう1体は『銀閃』のインパクトハンマーで地面ごと浮かせた後、横に転がして核をブチ抜く。その間、アンリが残り2体を通信線を切らないよう牽制。最初に後ろに飛ばされ、戻ってきたクオンをなけなしの盾で浮かす。


『前半分!』


『はいっ!』


 盾は全損したが、『剛鉄』が一撃でクオンの半分を吹き飛ばす。残りのクオンが攻撃直後のアンリに向かうが、彼女はそんなに甘くない。1体の横っ面を叩くように私に向かって弾く、もう一体は盾で柔らかく受け止めると、殴りやすい位置に浮かせて上から叩き潰した。『銀閃』の割り当て分はインパクトパンチで処理済みだ。これで必殺技の残数1。今回は躊躇せずに使うね何某さん。


『アンリすごい!』


『慣れた』


 照れくさそうに笑うアンリと隊へ合流。後追い43は全て片付いていた。


 『勇護』の胴体に大きめの傷ができている。盾が二枚持って行かれたとブクララが悔しがるが、クレバーな彼の機体の損傷など初めて見た。さすがに最奥だけあってシンプルに強い。急ぎ設定ルートへ戻る。


「発。一番隊左翼、後追い43、殲滅。損害軽微。経路2の2へ戻ります。終」


『了。本部発。右翼隊の休眠型17も殲滅。死亡者1名。進行に変更無し。一番隊左翼はそのまま予定測距地点まで進め。無事でよかった。終』



──経過時間 05:12    残 16.09キロ 



 11キロ地点。前方4キロ先の40メートルの白い人型ピクトグラム7体は微動だにしない。このルートにクオンがほとんどいないのは、あれがいるからだ。測距は完了している。もし電磁加速砲が効かなければ、大幅なルート変更を余儀なくされる。


 パァっと巨大人型の喉元が光り輝いた。


 衝撃吸収の機能なのか、直前に着弾場所が大きく膨らむが全く意味がなかった。すぐ隣の巨人は腹部が、さらに隣は頭部が、右肩が、数秒ごとにどこかしらに光の柱を1本、または数本伸ばし、そして黒く変色して崩れ落ちる。最後2体になって、頭部をドーナツ状に変形させ空が焦げるような強烈な光線を発射する。が、攻撃した場所とは違う場所からまたも狙撃され、あえなく全滅した。


『人間の襲撃はなさそうね』


『安心はしない方がいいとは思うが……すでに機会は逃したな』


 ベテラン二人は帰るまでが仕事ってのが身に染みているので、浮かれる様子もない。ただ、最大の懸案がなんとかなったのは事実だ。予定通りならこのルート上に大物はいない。残ったクオンは本隊で何とかなるはずだ。あとは襲撃者の動向だが、今のところ姿は見えない。


『本部発。休眠型22の全個体殲滅を確認。これより勇者隊が進発する。先遣一番隊全隊は帰投し、本陣の警戒にあたれ。終』



──経過時間 06:39    残 15.09キロ 



 先遣一番隊全隊がUターン。すでに敷設した通信線と重ならないルートで帰投する。すぐに先遣二番隊とすれ違った。



──経過時間 06:52    残 14.21キロ



 先遣二番隊が一番隊の到達点を超えたので、止まっていた残り距離が更新を始めたが、すぐにデータの取得が止まった。本部通信手が回線を二番隊に切り替えたようだ。その二分後には勇者隊とすれ違う。


 勇者隊はパラテリア様の青と白の二〇級専用機体『斬空』を中心に、レールガン装備の二八級『焦雷』が四機、斥候や護衛の一六級二十数機が随伴。というか、『斬空』が持ってるの小型のレールガンだよ。いつの間に作ったんだろう。


 左手には帰投中の中央隊、さらに向こうに右翼隊が見え、遠方には蠢くクオンもはっきり見える。あれらの目標は発力塔に近いものが最優先だが、恐らく勇者隊が接敵することは無い。その前に発力塔に到達する。


 塔内に入ってしまえば、施設は非常に頑丈だ。閉鎖してしまえば一定以上のサイズのクオンは暫くは入れないし、その閉鎖の権限を持つのが王族なのだ。内部を住処にするクオンもいるが、『斬空』『焦雷』のレールガンで処理できないものはたぶんいない。



──経過時間 15:16



 作戦開始から15分。もう少しで私たち先遣一番隊は、出発した本陣に帰着する。


 時間的にあと7分で二番隊が予定地点に到達するだろう。ルート中央を大型二連装砲撃想甲兵『雷光』が二二級八機の護衛と共に移動している。恐らく勇者隊本隊の支援の為、数キロ先に展開するのだろう。


 帰投した本陣には、『遠雷』の異様があった。間近で見るのは初めてだ。形は単純に砲身30メートルの大砲だが、すこし生物的でもあり巨人が砲身を抱えている様子が薄っすらと見て取れる。後方には『焦雷』が二機、動けない『遠雷』をサポートする。


 他の想甲兵は通信手用が3機、警備用に一六級が数機、もちろん本部や医療スタッフなど、生身の人間は数名いる。これに帰投した先遣一番隊の12機が加わった。『焦雷』が一機足りないけど、たぶんパラテリア様のレールガンだな。


 私は通信線の担当なので、みんなと離れて通信線敷設機の待機場所へ向かう。先遣一番隊の通信線三本が11キロ地点まで、現在敷設中の二番隊の通信線三本が22キロ辺りまで、勇者本隊が目的地まで三本。最終的に九回線が敷設される。


 待機中の『銀閃』のすぐ後ろの三機の想甲兵は、本部と突入部隊との連絡を担当する本部通信用だ。その機体の直後には大きなテントが設置されており、中では作戦実務の担当者達が指示を出している。


 少し離れた『銀閃』のマイクが音を拾ってしまう程度には大忙しのようだ。しきりに敵座標が通告される。ルートの変更は聞こえてこないので、重大な支障はないのだろうが、相変わらず『遠雷』が断続的に射撃しているし、姿は見えないが『雷光』の射撃音も聞こえてくる。



──経過時間 24:29



 ん? ガーリア氏が血相変えて走ってくる。


『どうかされましたか!』


「ゆ、勇者隊の回線が切断しました!」


 本番でトラブルとか、なんかフラグ立てたっけ。


『切断って、全部ですか? 三回線全部?』


「ぜ、全部です。断線は勇者隊のみ」


『二番隊に再設置をお願いするのは』


「彼らは一〇名以上負傷者を抱えて帰投中です。とても頼める状況じゃない」


『確認します。私の2番回線を放棄してよろしいですか』


「かまいません」


 本陣中央に移動すると、確かに本来あるべき勇者隊の三回線がない。通信不良ではなく物理的(想理的?)な断線のようだ。さっき、うちの隊が当たったみたいな質の悪いクオンみたいなのがいたか?


 通信手に聞いても、有線に影響があるようなクオンはいなかったというし、襲撃者が通信線を切断する可能性は低い。なにせ通信線は細すぎて目視ではもちろん、想甲兵であっても発見は困難だろう。


 ただまぁ、通信線の仕組みを知ってるなら話は別だ。今の所、原因が不明で、再度敷設してもまた切れる可能性は高い。それだけは確かだ。


 予定通りなら、あと数分で勇者隊は発力塔に到着する。塔内なら大型火砲の援護射撃は必要ない。ただし、万が一にも塔に入れずクオンが殺到するような事態になっていた場合、目も当てられない。最低限その辺りは確認したいが、どうしたもんか。


 中の何某が機体の仕様を変えたいというので、いったん『銀閃』を解除したその時、周辺の想甲兵が一斉に警戒態勢を取った。『焦雷』も向きを変えるが、すぐに警戒は解かれた。が、見慣れない想甲兵がすごい土煙を上げて向かってくる。え? 大丈夫なん。これ。


「レボンド男爵!」


 ガーリア氏が叫ぶ。師匠。ナイスタイミング! 白磁に蒼色の装飾という、えらくエレガントな機体だ。なんか最近どっかで見たような。


『ガーリア卿!。パラテリア様に連絡を!』


「今しがた勇者隊との回線が切断されました」


 師匠が構成を解除して、飛び降りる。


「まずいな……」


「どういった状況なのでしょうか、男爵」


「あいつらの目的は勇者隊そのものの殲滅だ」


「それほどの部隊なら、見逃すはずがありませんが……まさか」


「そうだ、残念ながら本隊に潜り込まれた。こっちの摘発で銃器を押収してるから、確実に銃で武装してる。発力塔の再起動直後を狙うつもりだ」


 あー! 想甲兵も業地用だ! 構成が維持できないのはクオンと一緒。ほぼ丸腰の生身相手なら通常兵器で十分だろう。人数もいらない。


「ガーリア卿。勇者隊の状況は?」


「予定では……あと2分ほどで塔に到達します」


「周辺のクオンは?」


「ここからの観測では塔の西側に集まりつつあります。想定経路の突入は南西の搬入口でしたから、何か不測の事態があったかもしれません。各自の判断で援護の射撃は続けていますが、詳しい状況は……」


「しょうがねぇ、行くか」


 師匠が想甲兵を構成する。私も想甲兵を構成する。


『ストラ、お前何を』


「アンリー! パラテリア様助けに行くよーっ!」


『ぅえ!? ストラの声が聞こえる? 通信域?』


「ストラだよ。どうする?」


『行くっ!』


『ちょっと待て、どういうつもりだ。ストラ』


『師匠。貸しを不良債権にしたくありません』


『アンリはなんだ、アンリは』


『置いていくと拗ねますよ。機嫌取るの大変なんです』


『……』


 師匠が機体の中で何とも言えない顔してると判ってしまうのは、たぶん何某のせいだけではないと思った。



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