第24話 報連相
10日後。
侵攻はさらに進み、業地内132キロ。
あと数キロで鏃の冠が、ベクシャル52から新設予定のガエハ55へ移動する。ベクシャル左右の制圧警戒地バエッタ53、キギベラ54の設置と凱旋道の延伸が間に合ってない事もあって、若干補給が滞りがちだ。それでもみなの戦意は高い。熱病に侵されたそれではなく、冷静沈着に粛々と計画は進んでいく。
そして本日夕方、ついに目標の旧領アケルド発力塔が微かに見えるようになった。少し高台とはいえ、まだ70キロくらいあるのに見えるとか、やっぱりでかいんだな発力塔。
ここら辺は旧領では保護区で、樹礁と呼ばれる石灰成分で固めた樹皮を持つ、高さ3メートルほどの植物が群生している。完全に陸のサンゴ礁と言っていい。砕けた樹礁が堆積した地表は真っ白で、とても風光明媚だ。王国でも貴重な原生植物らしく、無駄に破壊するなとお達しが来ている。
「どう? 聞こえるアンリ」
『……える、ストラ? すごい! ほんとに聞こえる!』
アンリとの距離は凡そ1キロ。この距離だと想甲兵の発声機では会話は無理なので、けっこう画期的機能ではある。音質はまぁまぁ。想理では磁性体も電磁石も造れないので昔の黒電話とかの圧電効果のスピーカーだ。まぁ、それはいい。
幾つか試して最終的に何某さんが採用した通信形式は、ホスト式+短距離無線+有線となった。大量のBluetoothを繋いだ感じだろうか。
この受信範囲に通信機能を持った想甲兵が一部でも入ると、音声と機体データの送受信が可能だ。探知センサーも兼ねているので不審物の感知もできる。他にも複数ライン設置可能。ただし、想理では有効な受信部品が構成できなかったので、想甲兵では複数ラインの同時受信はできない。
あと、設置後の移設は不可。そして、アンテナを敷設する想甲兵が通信を仲介する重要な装置となるので、敷設したら安全な場所で待機するのが鉄則となる。
「地面の通信域は見える?」
『大丈夫。でも、中に入るとちょっと煩いかな』
受信域は想甲兵から遠目でも識別しやすいように、青く光って見えるように調整してある。通信域内のアンリの視界には、地面が発光したように見えているはずだ。確かに煩いかも。
「んじゃ、入ったら表示消すね。通話表示は?」
『下に見えてる青い線? 話してるとピカピカするんだね』
「それはどう? 邪魔じゃない?」
『うん。これは平気』
『銀閃』から伸びたタコ糸ほどの太さの糸が通信線。この糸から1分弱で髪の毛サイズの枝が伸びて、最終的に幅50メートル、高さ10メートルほどの通信域を構成する。通信線の想理設計はレールガン用の信号線を主材に、今まで取り込んできたクオンの解析結果が反映された複合材だ。
さて、想甲兵を構成する本体、鎧装には「孔」と呼ばれるスロットがある。ここに構造を書き込んだ想甲兵用の制御核を組み込んで機能させる。ゲーム機のメモリーカセットみたいなものだと思って間違いない。今回は、持ち込まれた想甲兵改造ツール『制御核刻印機』を使って、この通信機能の組み込みを行う。
新機能の装着先は胴体操縦部の鎧装『装胴』で、名の通り胴体に装着し、構成すれば想甲兵の胴体部分となる。もともと操縦系以外にも生命維持や索敵機能なんかが装備されるので孔が多い部位だ。今回の作戦に参加するような高性能な想甲兵なら、まず間違いなく空きはある。
とりあえず、最終試作品として受信側敷設用を2機分と送信側端末用を数機分作成。担当者に渡したら数分でパラテリア様がすっ飛んできた。いや、ほんとにとても華麗ではあったけど、すごい勢いで走ってきて即座にテストに連れ出された。
『うん、良いわね。これなら十分使えるわ。設置はさっき見た通りかしら』
「はい。地表に置いて2分待つだけです」
『何人まで話せるの?』
「機能的には1回線20くらい、聞き分け的には5、6人です」
昨日のアンリとのテストと同様に、1キロほど離れての通話テストを行った。
ご令嬢の乗機は、一八級くらいか、白くて流れるようなラインが想甲に彫り込まれた優雅な機体だ。高級そうな機体だが、銘も付かない予備機と聞かされた。そんな令嬢の機体が、遠方で飛んだり跳ねたりしている。
『断線しても復元するのね。驚いたわ』
「一部でも残っていれば、主線が切れても数十秒で復元します。たとえ完全切断されても、敷設機体側に残った分の通信線は機能します。全損しません」
『……今すぐにでもカイナちゃんの所に押し込んでおきたいわね』
「私、意外と丈夫なんですよ? パラテリア様」
『知ってるわ。ストラくん』
その後、ガーリア作戦実務担当殿と他数名を交えた7名で実験通信隊が発足。通信域の出入り時の遅延、移動時の通話品質、断線時の冗長性なんかテストしていた。最終的な運用は彼らが考えてくれるだろう。
◇
翌々日。お昼前に前方32キロ地点に縄張りを持つ、アボ・ザニック協調群、別名「偽の軍隊」と呼ばれる要注意の群れが移動を開始した。
当然、要監視対象だ。昼夜を問わず見張りが付いているので、即座に応戦準備が通達された。ガーリア氏からは例の襲撃部隊の誘導だろう事はこっそり伝え聞いている。思ったより早めに手を打ってきたのか、それとも小手調べなのか。
「偽の軍隊」は、総数700ほどと小規模ながら、名の通り戦術の異なる複数グループを運用する戦略的行動を取るとされる。ただ、総数6000超えのアグスラテン協調群を追い出したからここに縄張りがあると言われると……ちょっと愚痴が出そうにはなる。
今回の作戦は、敵本隊を引き付け、少人数で後方の指揮個体を捜索。発見次第レールガンで狙撃。という単純なもの。成功しても敵中で孤立するのではと心配したが、敵の指揮個体周辺は警戒網に自信があるのか、護衛のクオンはいないという話だ。
通常なら発見したところで遠距離への有効な攻撃の手段がない。従って、こんな作戦誰も考えない。故に、敵も対策しないと説明された。現地の方がそう言うなら、そうなんだろう。信じるしかない。
というわけで、通信線敷設機の『銀閃』と斥候猟兵2機が敵陣の左から、同じ構成のもう1部隊が右から敵の布陣の裏へ回る。
「発。左1。敵右翼の通過を確認。目視で四足八級70、3列。盾四〇級27、二列。二足二二級大11、三列。陣形3の2、速度12.5。終」
『了。通信手。感度よし、作戦を続行せよ。終』
いきなり知らない人と組まされた訳だが、なんかすごい気の毒そうな顔された。元気いっぱい挨拶したんだけどね。
通信してたコールサイン『左1』は、クイセさん。ベテラン斥候の30台半ばくらいの四角いオジサン。もう一人『左2』も同じくベテラン斥候の大柄なご婦人リーエさん。ちなみに、夫婦だそうだ。パラテリア様とはずいぶん長い付き合いだそうで、この配置はかなり気を使ってくれたものと思われる。
二人の乗機は同じ型で量産機ながら、かなりカスタムしてるように見える。ちょっと猫背な感じの想甲兵で、頭の三度笠みたいなパーツが特徴の地味な機体だが、想甲素材が特殊なのか、これがまた驚くほど周囲に溶け込む。裸眼で見てたら意識しないと見失うほどだ。
侵攻中のクオン部隊は左右に展開。右翼前衛の5メートルクラスの四足クオンがざっと200、後ろに制圧用の22メートルクラス盾持ち約50と、殲滅用の12メートル人型30。左翼にも同数近く存在すると考えられる。想定される全軍の前面布陣は左右合わせて数キロに及ぶだろう。中央部後方にも幾らか控えてるようだ。
対してこちらの戦闘可能な想甲兵総数は153。電磁加速砲装備の特装想甲兵は『雷光』『遠雷』二機に、取り回し重視の中型単装砲装備の『焦雷』七機が急遽加わった。
迎え撃つアンリ達が心配なのだが、私の戦闘介護は全く心配していない。むしろ自分を心配しろと言わんばかりの全力介護だ。遠方の空気の流れさえ感じる解像度の高い探知が、目的とは違う異常を見つけた。『銀閃』の顎に親指を当てて部隊通話を始める。通信隊の要望に従って、若干通話の仕様を変更した。
『検知。一時方向6ルケル。人間の死体。識別無し』
無言で確認に向かうクイセ機。足捌きが上手くて遮蔽機能への負担が少ない。ぜひ習得してもらいたい(何某が)。
『発。左1。識別無しの鎧装遺体2。移動を続ける。終』
『了。通信手。作戦を続行せよ。しゅ……いや待て。作戦実務より伝令。敵本隊との接敵まで24分。終』
クオンの足が遅いのが救いだ。暫く進むとブーンと腹に響く音がする。クイセ機が親指を立てて振る。
『左3。この音は探知系クオンの探査音だ。ここからはさらに慎重に進む』
『普通に話せるの、ほんと有難いわ』
「了解、左1。お役に立ててうれしいです。左2」
今回の任務に必須の遮蔽機能は、クオンの探査音を吸収する。つまり、想甲兵が出す音も、声も吸収する。喋っても聞こえないので、通常はハンドサインだ。複雑な内容を伝えるのはなかなかに厳しい。特に私みたいな素人が混じってると殊更だ。
結局、探査音の主を見ることは無かった。資料だと巨大な頭部のみの蝙蝠って感じだったので、まぁ、見なくて幸いだったような気はする。とりあえず、開戦前に敵本陣付近に到着できたが協調群の指揮個体は基本的に見つけづらい。偽装、欺瞞は当たり前、想甲兵の視覚情報までごまかす奴もいる。頼りなのは経験と肉眼。
クイセ氏が胴体の想甲だけ解除し、双眼鏡みたいな探査装置で周辺を観察する。その間、奥さんが旦那の機体を支え、私と二人で警戒する。ブーンという探査音はいくらか高音になり、そこら中から聞こえてくる。生きた心地がしない。
本隊通信手から右翼側が到着したと連絡。回線が別なので直接通話はできないものの、本隊の通信手2名を通して右翼と連携。探知音から指揮個体のだいたいの位置を特定するも、背の高い草木で覆われたよく見る野原が広がるのみ。『銀閃』のセンサーにクオン制御核の力場は検知されていない。開戦まであと10分。
ベテランから見えないってどういう状態だろうか。その時、ふと映画で見た潜水艦の戦闘が思い当たった。何某に相談したら敵の探査音を利用して形状検知してくれた。周辺を探査する事数分。数百メートル先の地面に異様な何かが張り付いてる。だが、クオンの反応は無い。
「報告。指揮型と思われる物体を4ルケル先に検知。対象未構成の可能性あり」
『んっ!? 未構成か……、なるほど』
『こちらで見えますか?』
「敵の音響観測を逆用すれば可能です」
『戻ったら、やり方を教えてくれ』
「もちろん」
この指揮型クオン、自分を守る想理物質を構成せずに、弱点の制御核剥き出しで潜伏している。通常、想甲兵のセンサーは、クオンの想甲に反応する。そんな状態では、その辺に転がってる石と区別がつかない。
『至近の為、想甲を解除して確認します。私の大きさなら問題ありません。もしもの時は援護願います』
『……了解した』
『まかせなさい。気を付けてね』
私は、『銀閃』を解除して生身で探す。解除と言っても全部解除したら通信線まで分解してしまうので、解除は機体のみ。アンリが『剛鉄』で腕だけ出したり消したりするのと要領は同じだ。もちろん、綿毛程度の質量しかない通信線は、敵に検知される事はない。
途中、警戒線のように雑に配置された物理的な鉄線の囲いを発見。警戒対象が想甲兵サイズなのか、ガバガバで私には用をなさない。とにかく先に進む。
いた。
それは、囲いから200メートルほど草木を掻き分けた先にいた。巨大人間の脳と背骨と神経だけが地面に張り付いたような、けっこうエグめの形状。たぶん、異常を検知したら想甲兵みたいに構成するんだろうな。
腰のポシェットから人間が使う用の打印玉を取り出して、頭部の制御核付近にありったけ投げつける。空気に漂った色素がしっかりと付着したのを確認して隊に戻った。これで、想甲兵の索敵フィルターを通せば、遠方からでも夜の街灯のように光って見える。
『遠雷』と『雷光』の砲撃が指揮個体を直撃したのは、本隊接敵の1分前だった。結局、指揮型クオンの真の姿を見ることは無かった。
◇
三日後、予定より早く鏃・ガエハ55の設置が始まった。結果論ではあるがアボ・ザニック協調群のおかげで、ここガエハどころか次の拠点予定地までクオンの掃討がほぼ完了してしまった。逃げた個体もほとんどが進行予定の外に向かったので影響は無い。
ただ、少なくともあと二回は鏃が移動する事もあり、これを機会に周辺制圧と凱旋路設置の遅れを調整する運びとなった。私たちは来て二週間だけど、本隊の人たちは久しぶりの休養だろう。
ついでに現地雇用の猟兵たちは一部が交代、または追加補充されるようだ。いくら指揮官を失い、まとまりが崩壊した群体とは言え、相当数の奥地のクオンが相手だ。電磁加速砲の援護があっても死傷者は出る。あと、予定通り特技官さん達が撤収する。かなり真剣に後のことをお願いされた。
休暇は五日だったが、家庭持ち二人とリテムは家族の顔を見ておきたいと、いったん帰還する事になった。アンリも普通なら帰るところだが、今回うちの鎧馬は奮発して2ヶ月コースで預けてきたので当面心配はない。
私はというと、ちょっと野暮用で研修場所だったナルギル12まで一人で戻った。個人的な義理を果たすためだ。
つい先日知り合った知人は、これから起こる事態について特に驚いてはいなかった。気にしなくていいよと言って、かなり強化された何某さんの探知範囲からあっさりと消えた。




