第23話 追加案件
私もティミュも訳も分からず固まっていたら、後ろから資料が差し出された。他の参加者よりだいぶ厚い。これまでの上会の資料がまとめられてるようだ。
「……これは」
ティミュが思わず声を出す。
最終目標、ここから100キロ先の発力塔。その20キロ周辺のクオンの縄張りが、ほぼ完全に網羅されていた。発力塔の向こう側なんてどうやって調べたんだろう。回遊型なんて、周期が2期と書いてある個体がある。日付見た限り、調査の開始は18年前だ。
さっきの偉丈夫で美丈夫なイケメンさんが会議場奥の大きめのホワイトボードの前に立った。ボードにはここから発力塔までの大判の周辺地図。すでに、いくらか書き込みしてある。
「それでは、作戦実務担当を拝命いたしました、ガーリア・ルスク・オベリアより最新の作戦概要を説明させていただきます」
説明される内容は、ここの人間でない私から見ても無茶な内容だった。兵役で習った陵地奪還作戦の骨子は、王族を安全に発力塔へ運ぶ事だ。王族の持つ権限とは発力塔の再起動だ。彼らが塔を再起動することで転送動力が正常化し、人類側が制御可能になる。
したがって、最低でも幅20キロほどの安全区域を確保しつつ、200キロほど先の目標まで道、凱旋路を作る。それも、不測の事態が起きないよう何年もかけて、徹底的にクオンの間引きが行われるのが普通だ。今回の作戦は簡単にいうと、
王族を目標にぶん投げる。
という事になる。もちろん、物理的に投擲するわけではない。発力塔までの最終30キロあたりから、王族を含めた少数精鋭のみで一気に目標まで駆け抜ける。
襲ってくるクオンは援護の後続に丸投げだ。発力塔さえ再起動すれば、その区域のクオンは想理が維持できなくなって数秒で全滅する。上手くいけば、通常数期の時間と延べ数万の人員が必要な周辺制圧が不用なので、なんと1時間ほどで完了する。そもそも、それぐらいで完了しないと失敗という、電撃でないと成り立たない作戦だった。
今回ぶん投げられる王族は、パラテリア様という事になる。彼女は薄く微笑みを浮かべながら、担当者の話を聞いている。
「現在、突入の障害になるであろう大型個体や特殊個体に関しては、順調に討伐が進んでおります。長年の未到達の為、クオンの勢力圏が長期安定しておりましたので、他クオンの縄張りへの急激な影響は少なく、周辺の個体が流れ込むような事態にはなっておりません。予断は許さないものの、一ヶ月後には防衛最終区域に達するかと考えられます」
参加者の一人が小さく挙手する。痩型で眼光鋭い壮年のおじさまだ。
「ネステール殿、どうぞ」
「君らの言う防衛最終区域というのは、本当に存在するのかね。発力塔の近辺になるとクオンが団結して防衛するというのは知っているものは多い。だが、はっきりとした区域があるなど、にわかには信じられんのだが」
数人の参加者が、同意を示す。置いてけぼりは私たちだけではないようだ。
「確かに、説明が不足しておりました。簡単に申しますと、発力塔周辺のクオンの想理質量で、ほぼ正確な予測が可能です」
「発力塔周辺?」
「はい。周辺1.4ケール範囲のクオンが構成可能な想理質量の総量です。多ければ防衛区域は狭く、少なければ広がります」
「……なるほど。質問を変えよう。なぜ、我々はそれを知らないのだ」
ガーリア氏がパラテリア様に視線を送る。彼女は少し含みをもった返答をした。
「王のご裁可をいただいたから知ることができた。それでご納得いただけませんか? ネステール殿」
「貴方がそうおっしゃるのであれば。こちらに思う所はございません」
ネステール氏が周囲を伺う。疑問は暗黙の了解となった。
旧領アケルド発力塔のクオン防衛最終区域は目標から半径24キロ。本作戦では誤差を鑑み、28キロ地点から開始となる。そして、目標近辺の敵を倒せば倒すほど、敵を集めてしまうというクソ仕様が判明した。
参加人数は全部で80名ほど。この規模なら、成否はどうあれ個人的な実験の範疇で済ませられる。そういう事なんだろうな。
で、現地採用で招集かかってるの私たちだけ……だよね。5人隊で言うなら他に経験豊富な手練れがいくらでもいる。うちは半分以上若手と新人なんだけど。
◇
会議がお開きの後にティミュと二人、パラテリア様とお話しする事となった。先ほどの作戦参謀も同席している。聞きたい事が山ほどあると赤髪の猟兵は張り切っていた。そして、なぜに私まで呼ばれたのか未だ不明ではある。
「判断力、工夫、充分な攻撃力、防御力、継戦能力があり、かつ我々の移動速度にあわせられる。以上がお呼びした理由です」
「私たちの配置は?」
「目標2ケールまでの先遣三隊の右翼となります。突入路選定と確保が主任務ですので、戦闘は極力避けていただきます。もし戦闘になった場合、先鋒を優先して、足止めと離脱に専念。無事到達後は速やかに後方に退避してください。次鋒の偵察隊が引き継ぎます」
「撤退の判断は?」
「全面的に貴方の隊へ。先遣三隊は全て同じ条件です。ダメだと感じたらすぐ逃げてください。でないと後方の本隊が逃げ遅れますので」
少し気まずそうに笑う金髪の偉丈夫。ふんふんと頷く我が隊のリーダー。
「報酬は……」
それまで会話を眺めていた金髪のご令嬢が急に参加してきた。
「結果に関わらず、隊へ1000万と、軍年金2位が各世帯全員に出ますよ。もちろん、これまでとは別です」
ティミュがかなり驚いていたが、令嬢の参加より話の内容に驚いている様子だ。そして、なぜか参謀さんまで驚いていた。しばらく硬直していたティミュが、正気を取り戻すように頭を振る。次は、しっかりした面持ちで参謀に答える。
「隊に持ち帰り検討させてください」
「もちろんどうぞ。ただ明日の午前中には回答をいただきたい」
「承知しました。それでは退席させていただきます。ストラ、行くわよ」
「ああ、その子にはすこし用事がありますので」
令嬢の声に、そりゃそうかって顔したティミュが私を見てくるので、ちょっとした嫌な予感を隅へ蹴飛ばし、そんな様子をおくびにも出さずに頷いた。
その後、彼女は若干お急ぎ気味に退出した。私はというと、後ろに忍び寄るパラテリア様を1度は防いだものの、あっさり掴まって後ろハグで拘束され、ソファーに連行された。なぜか頭を下げるガーリア作戦実務担当殿。私の頭の上にはオッパイと?マーク。
「ストラ殿、ありがとう。おかげで万全の状態で作戦に臨むことができる」
「あれは……、私が持ち込まなくても支障なかったと思っているのですが」
「とんでもない。最終的なメギアの討伐には隊の半分が参加予定だった。少なくとも数人、いや時期を考えれば十数人は欠けていたと思う」
「うふふ、ストラくんはもう少し自慢してもいいのよ?」
「していい自慢の選択が難しいので自重しています」
「そういえば隊長さんには話してないのね」
「同籍のアンリ以外には話してません。言ってもどうにもなりませんし」
私はちらっとガーリア氏を見た。彼は小さく首を縦に振る。あ、先の事を知ってる人なのね。
「オベリア卿。こういう子だから信用していいわよ」
「では、ストラ殿。タナメース共和国はご存じか?」
ん? 地理の試験か?
確か赤道に横たわる山脈の向こう側の国。地球で言えば南半球側の国だ。兵役の座学で習った範囲では、君主制に反対した人たちが作った国で、トップは大統領みたいな感じだった。
両国とも現状では目立った敵対関係には無い。王国からの視点では、貴族、つまり施設稼働の権限を持つ人間を誑かしたり、誘拐したりするろくでもない隣国という認識だ。
「はい。常識的な範囲でなら」
「かの国は、今回の作戦の阻止と、想理弾体射出機構の奪取を目論んでいます」
「この忙しい時に何してるんですか」
「あら、私と同じ感想だわ」
「……」
え、ちょ、やめて、ガーリア氏。パラテリア様が二人いるみたいな視線はやめて。
「コホン、招集した探題の猟兵は調査済みです。本隊に関しても問題ありません。おそらく監視しています」
「監視って……まさか、その辺に隠れてるんですか? こんな奥地に?」
「間違いなく。そして対人専門の部隊がいずれかに控えているようです」
国の方針もあって、業地の猟兵は軍も含めて対人訓練はほとんどやらないから、対人本職の相手はかなり厳しい。私とアンリは一応対人訓練も受けている。なら、今回の人選は師匠経由の推薦だろうか。猫の手よりはマシだろうけど、経験不足は否めない。あ、そうだ。
「師……、レボンド男爵をお呼びしたらどうでしょう?」
「彼には、本隊の潜伏先を探ってもらってるわ」
「申し訳ありません。差し出がましい申し出でした」
「僕が守ります、とか言ってくれてもいいのよ?」
「他の護衛の方の邪魔になると思います」
今この人「ちっ」って言ったぞ。分からん。この人の距離感が分からん。
「ガーリア様。先鋒への危険度は、どの程度あるのでしょうか」
「敵実行部隊から見ても、突入路は確定した方が攻めやすい。先鋒、次鋒の先遣二部隊に危険はないと見ています。特に先に後退する貴方の隊が標的になることはまずないでしょうが……」
「可能性が少しでもあれば起こりうる。ということですね」
「博識でいらっしゃる。うちの家訓をご存じでしたか」
いえ、知りません。さて、作戦参謀殿は敵の襲撃は実行される前提で話をしている。そういう話だと師匠の捜索は難航してるのか、虱潰しにしても残るという判断なのか。とにかく、師匠がんばれ。
「それで、本題なんですが」
あ、本題は別なん……え!? 襲撃の話が別件なの!?
「今回の攻勢では、ストラ殿から提供いただいた連結通信の試験も行われております。もちろん、問題なく機能しております。業地から5ケール地点に中継器を設置して、そこから中央には既存の有線通信網に接続しております。先ほどの王のご裁可も、この通信にて頂いております」
「あの……、音声通信はできない仕様ですが、どうなさったのですか?」
「特定の信号しか送受信できませんが、入り切りを利用した光信号形式で連絡をしています」
なるほど、モールス信号か。高速でオンオフできるならA/D・D/Aコンバーターあれば音声も行けるかもしれないね。ん?……何某さんから周波数が低すぎるとご意見をいただいた。無理らしい。
「ただ、どうしても現場では即応性に欠けます。先ほどの事情もありますので、できれば……なんらかの通信手段を提供いただけないかと」
期待したい気持ちは分かるけど、現状の通信は先史の貴重な遺物に加えて、私の中の何某が割と時間をかけて組み上げたシステムだ。さすがに今の状況では手段の持ち合わせは無い。
何某さんが発信を極端に警戒しているので、うちの隊ですらやり取りはスピーカーだ。一応、何某さんは思考モードに入った。この思考モードへの入り方は、脈がある時の入り方だ。そこそこ付き合いも長くなってきたので、最近ちょっとわかってきた。どうするんだろうか。電波はご法度だよね?
「手段の手持ちはございませんが、少し考えさせてください」
「おお、それは有難い!」
「大変な無礼ではありますけど、出来ないかもしれません事と、出来たとしても、恐らく安全性は低いです。長くは使えないことをご了承ください」
「私の家名において了承します」
頭の上から声がした。
「あと、パラテリア様。ダメだったらちゃんと逃げてくださいね」
「ストラくんたら、こんな時だけそんな顔するのね。もちろんそのつもりよ」
山の谷間から上目遣いで確認してみたけど、これ逃げる気全然ないな。苦い顔してオベリア氏を見たら、大きな溜息をついていた。
ティミュから1時間遅れて拠点のテントに帰り着くと、想甲兵ウォッチに出かけていたアンリとリテムももどっているようだ。テントの割当はティミュ、リテム組と私、アンリ組。ブクララは体が大きい事もあって単独だ。彼のテントは二回りくらい大きいので、みんなで相談する時にも使っている。テントの外から声をかけて、中に入る。
「戻りました」
「ストラ、おかえり!」
アンリが自分の隣を開けてポンポンとクッションを叩く。ティミュは考え事、ブクララは難しい顔して腕組み、リテムはせっせと手帳に何か描き込んでいた。
「追加の情報があります。それを聞いてから決めてください」
アンリの隣に座ると、対人部隊による襲撃の可能性、隊への危険性、事情がどうあれ個人的に作戦には参加する事などを話した。アンリはすぐ参加の意思を表明した。リテムは、手帳の描き込みしながら「私も参加~。時給高すぎ~」と言った。
「俺は……、もう少し考えさせてくれ」
「んー、報酬的には魅力だけど。私ももう少し考えるわ」
ベテラン二人は保留した。即答するようなタイプではないので順当な反応かと思う。
割とポンポンと人が死ぬ危険な職場ではあるが、きちんとした下調べや、自己管理、相手と装備との兼ね合い、引き際なんかで死亡率は十分に下げられる。不測の事態や手に余る事態は極力避けるのが長生きの秘訣だ。
翌朝、全員参加の返事を作戦実務担当ガーリア氏に伝えた。ティミュは「この報酬には贖えない」と力説し、ブクララは昼頃まで年金が出るから、年金が出るからと念仏みたいに唱えていた。実際の所、新人と若手が心配ってのは判った。そういうタイプでもあるしね、この二人。あ、ティミュの肩は揉んでおいた。




