第22話 出向
業地内117キロ。最寄りの前線基地、鏃・ベクシャル52から約11キロメートル進出。
低い山に囲まれた景色は、日本の景色を思い出す。都市や街の廃墟などは見当たらず、高さ5~6メートルの低木がちらほら生えた、広さは丸の内線内側程度のほぼ平らな草原地が続く。ここが暫くの出向先になる。
隊はここ最近の固定メンバー。ティミュ、ブクララ、リテム、アンリ、そして私。斥候のリテムと共に若干先行する。
本日の仕事は、ご令嬢貴下の本隊が撃ち漏らしたクオンの捜索だ。タイプ的に広範囲の探知センサーを持った設置罠型らしく、感知範囲に入るとすぐ逃げてしまうということだ。
時刻は朝方。頻繁に発生する霧が本日も発生していて肌寒い。条件が悪いので時間をずらそうとしたティミュを説得したのはリテムだ。銀髪姫カットお嬢が今の方が見つけやすいというので、彼女のアイデアに従いクオン本体ではなくセンサーを見つける事に集中した。
『警戒! 知覚網~。距離56、本体……不明~』
空中に水滴が浮かんでいた。
水の球が霧越しの陽光を反射して、お祭りの飾りつけみたいにキラキラしていた。クオンの探知センサーは、この蜘蛛の糸みたいな物体のようだ。朝霧が結露してなかったら、たぶん『銀閃』でも探知できない。蜘蛛を知ってる私が思いつくならまだわかるが、この世界にはいない。リテム嬢、よくもこんな見つけ方を思い付いたものだ。
『了解、リテム。ストラ、どう?』
「ストラ、想理の力場照合します。えー……捜索対象です」
『お、もうか。早いな』
『ストラ、これって地面の下?』
「うん、予定通り報告と監視だね。ティミュどうします? 連絡は?」
『んじゃ私、行ってきます~』
『そうね。お願いリテム』
なんというか、ほんとに連絡方法は何とかしたい。現状、電波を出すとクオンにハッキングされるし、寄ってくるしで無線が使えない。通信がスピーカーの聞こえる範囲なのよ。『銀閃』の集音は優秀だけど、どうしても聞こえる距離には限界がある。発光信号があるにはあるけど、相手が視認できる範囲じゃないと、普通に味方に成り済ますクオンがいるから使い勝手はよくない。
なんて事を考えながら20分後。『辻風』と他3機の想甲兵を感知した。
1機はかなり大きい。二〇メートルを超えるミイラみたいな干からびた不気味な人型。こりゃ、噂の特装想甲兵だ。初の想理構成弾体砲撃想甲兵『雷光』。腰の両側に、計二門の電磁加速砲を装備している。最初は両肩に付いていたらしく、改造を繰り返したせいか見た目はかなり歪だ。そして、随伴の僚機もゴテゴテした被り物したみたいな、大きな頭のなかなか変わった形状だった。この一四級想甲兵2機は同じ仕様のようだ。
『迅速な発見に感謝を。助かった』
『雷光』の巨体から謝辞の声が聞こえる。この見た目から丁寧な言葉が出てくるの、ちょっと面白い。
ティミュは特装機お付きの猟兵から以後の指示を受け、戻ってきたリテムも加えて陣形を整える。こちらは討伐より逃がした場合の索敵がメインだ。残りの2機の猟兵は観測手らしく、クオンの領域ギリギリに沿って二手に分かれる。
数分後、観測手からの発光信号と同時に、踏ん張った姿勢から踵を軸にふくらはぎ辺りが大きく展開。腰から激しく放電が始まる。足元の地面から勢いよく水蒸気が噴き出したと思ったら、一際激しく放電。
ヒュコンッ!
澄んだ乾いた音と同時に巨体が数メートル下がる。続けてもう1回。発射は計4発。
200メートル先に爆発的な土煙が立ち上る。直径20メートルくらいありそうな真っ赤な捩じったナマコみたいな物体が、もがくように這い出たと思ったら、それまで捕食したのであろう他のクオンの制御核を盛大にばらまきながら崩れ去った。
まさか、地中の目標に対してこの威力。そして驚くべき正確さ。私みたいに何某がついてるわけでもないのに、やはり熟練はすごい。
ただまぁ、後始末が大変だった。レールガンで飛ばした制御核が地中なのよ。けっきょく2時間かけて掘り出すことになった物体は、直径2メートル弱の青くて歪んだ球体だった。『銀閃』から見て大玉スイカくらい。今まで見た中では最大級だった。みんなも同じく最大だそうだ。
「制御核って、あんな砲撃食らっても歪む程度なんだね」
『そういえば、壊れたの見た事ない』
『ほら、手を動かして、細かいのも多いんだから』
「了解」
『はーい』
何某のおかげで取りこぼしはないと思うけど……さっきから、えらくがっちりナマコの制御核握ってるな。あきらかに私の意思じゃない。絶対吸ってんなこれ。
捜索より手間がかかった制御核の回収を終えて、仮設基地ベクシャルへ帰投する。ここに付けられた奪還地最先端を意味する『鏃』が付いたのはつい先日だ。ここ40年ほどの侵攻を、わずか一ヶ月で超えてしまった。
それというのも、金髪美人令嬢のパラテリア様が、配下の猟兵七一名、その他一五名を率いて乗り込んできたからだ。ご令嬢含め五鐘は四名、四鐘は六八名、兵装特技官四名、他兵站など事務方、給仕数名という猟兵の数だけなら大隊規模の部隊だ。
運び込まれた物資も膨大で、数百人の輸送隊と輸送車両、王都から来た巨大運搬車が随伴したそうだ。そして、想甲兵をその場で設計変更できるという貴重な機材まで持ち込んでいた。
何より目立つのは、パラテリア様貴下の五鐘二名が構成する特装想甲兵。大型二連装砲撃想甲兵『雷光』と超大型砲撃想甲兵『遠雷』。二体とも電磁加速砲装備だ。
『雷光』は先ほど見た通り。二〇メートルを超える大型想甲兵。級で言えば三〇級くらいだろうか。二番機『遠雷』は、完全に砲そのものという話だ。三〇メートル越えの砲身を持ち、構成すると移動はできないらしく固定砲台のような扱いらしい。
この『遠雷』の砲撃の威力は凄まじく、有効射程内なら、秒速15キロ超えの砲弾が二秒に一発発射される。よもや、攻略不能とまで言われた、小山のようなサイズのクオン『ケルトナの巨獣』が砲撃で最期を迎えるとは。
私たちの隊がここに到着したときには、すでに討伐された後だったのでとても残念だ。頭の無い象の腹にイソギンチャクという醜悪な姿は、今となってはネームド一覧の挿絵から偲ぶのみとなってしまった。
ただ、この砲撃想甲兵に欠点がないわけではない。構成時に取り込む電磁加速砲は実体だ。これが普通に損耗するので、無茶な扱いはできない。データを提供してくれたメギア(ロイデ氏)は砲弾だけでなく、取り込んだ電磁加速砲も上手い事使っていたようだ。それでも、バンバン撃って、バンバン使い潰しながら、ここ数週間でだいぶ効率的に長時間運用できるようになってはいるらしい。
そんな話をしてくれたお疲れ気味の専任特技官は、もうすぐ帰ってしまうという事だ。ちなみに、技巧院に親戚いないかと聞かれたので出向元の察しは付いた。
砲弾信号線の解析から、わずか二ヶ月で試験機を設計……な、わけないか。たぶん何年も前から準備していたと考えるのが普通だ。私がした事は予定を少し前倒しにした程度だろう。
とりあえず、さっき話を聞いた技官からもらったお菓子をもぐもぐしながら、あと少しぜひ頑張ってほしいと心から応援する。
「……ストラってえげつないわね」
「外見は利用してなんぼです。ティミュも全然行けますよ」
「え? ほんと?」
「やめないかストラ。本気にするぞ」
なぜかティミュ睨まれて、複雑な表情のブクララ。とにもかくにも、4日ほど前に来たばかりで情報収集は急務だ。休日を利用して集めた情報を拠点で報告していた。
拠点といっても、テントが3張りあるだけで、荷物も最低限だ。なにせ、食料、水、雑貨、アメニティはご令嬢殿がトン単位で用意してくれている。最前線でシャワーが浴びれるのは天国以外の何物でもない。パラテリア様万歳。
「すまない、何方か居られるか」
「はーい、どちらさまで」
ティミュがテントから出る。が、すぐに頭だけが戻ってきた。
「ストラ、一緒に上会に出るから用意しなさい」
思わず自分を指差した。
ここで行われる会合は2種類。外部会と上会だ。外部会は、地元召集の猟兵各隊の隊長を対象とした事前説明会。決定した作戦の指示を受ける。
上会はその作戦を決定する上流の会合だ。基本的に現地雇用には全く縁がない。参加するのは外部会の会長くらいだ。ちなみに、今回の会長はサンザノ探題のオリノ教導官だ。パラテリア様から直接指名されたと聞いている。ブクララ氏いわく、人事的に30人くらいゴボウ抜きなんだそうだ。
指定の時間にティミュと二人、会議場となる仮設の建物に向かった。その間、あれこれ呼ばれた理由を二人で考えていた。私たちの隊は普通に優秀だけど、たかが四日程度で大活躍などと言われるような目立ち方はしていない。そもそも仕事はきちんと配分されているので目立ちようがないのだ。
「強いて言えば、銀閃の制御核分析かしら?」
「今日の観測手の人、たぶん動き方と力場分布だけで見分けてましたよ」
「ストラだとそれで普通に戦えるし、威力偵察だとちょっと他にいないのよね」
「わぉ、肩でもお揉みしましょうか」
「顔に合わないから、変な手つきはやめなさい。あ、でも肩は揉んで欲しいわね」
到着すると会議場の外観は車輪のついた平屋だった。というか、無駄にでかい。こんなの運んできたのか。トレーラーハウス×4台くらいあるぞ。
そして、さすがに最前線。警護の常時構成中の機体が10機どころじゃない。レアだと聞いた二〇級以上の機体(12~15メートルクラス)もちらほら見かける。なるほど。アンリとリテムがなかなか帰ってこないわけだ。
警備の担当者に召喚状を提示し、呼び出された旨を伝える。
「ん? ストラ・マトス殿はご欠席か?」
「私です。身分証明が必要ですか?」
「……いえ、結構です。確かに間違えようがない。失礼しました。どうぞ」
視線が手元の資料と私を数回行き来して納得したようだ。ここでは写真は一般的ではないし、特徴とか書いてあるんだろうか。まぁ、アブレニとは書いてありそう。珍しいらしいし。平民には全く認知されてないのが謎だけど。
「お二方、こちらへどうぞ」
入口辺りですぐに迎えが来た。というか、すごい美形の殿方だ。金髪の短髪で笑顔が眩しすぎる。美丈夫そのものだ。鎧装してるので猟兵なんだろうけど、強面とお爺さんとおっさんしか見てないから新鮮だ。ティミュが見蕩れてる。
通された会議場の二〇名ほどの参加者は、着席のまま談笑しているような状態だった。会場の雰囲気から、始まりというより休憩。大事な用件が片付いたような感じがある。
案内に促されて、末席に座る。隣には書類に目を通すオリノ教導官──今回は外部会会長──に、ティミュと共に会釈すると会長はニヤッと笑って会釈を返す。
何か話しかけてくるのかと思ったら、また書類に視線を戻してしまって拍子抜けだ。それはティミュも同じだったらしく、目を合わすと二人して首を傾げた。
「みなさま。パラテリア様が総括なされます。ご傾聴を」
ほどなく、数人の供を連れご令嬢が奥の扉から入室。彼女も鎧装していた。物語の姫騎士みたいなエレガントな軽鎧に見える。
ご令嬢は近場の人間と二~三言葉を交わし、用意された豪奢な椅子には座らず、立ったままで皆を見回し口を開いた。
「王からのご裁可を賜りました」
おお、という安堵の吐息というか、そんな漏れ出たような声無き声。
「これより所定の侵攻が完了次第、電撃作戦『勇者』を決行いたします」
参加者は一斉に起立し、拍手喝采。一部には異様なほどの熱が籠る。
は? 勇者?
話のオチだけ聞かされたみたいにタイミングが最悪だったらしく、私とティミュが呆気にとられてしまうのもしょうがないと思った。




