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第20話 この実習に労災無し ③


 アンリの叫び声が聞こえる。


 私と観測小屋の乗った岩盤が岩山の斜面を滑り落ちる。断崖絶壁ではないが、緩やかというわけでもない斜面。小屋は早々に倒壊するも、岩盤自体は安定している。まぁ、私の中の何某が対応してるので、私は盾を構成して狙撃を最大限に警戒する。


 『銀閃』は大きなサーフボードで波乗りしてるみたいにバランスを取りながら、200メートル近い高さからの滑落を無事凌いだ。その後は即座に身を隠して、頭部の通信ライトで無事を伝える。想甲兵の手でライトを塞いだり、開けたりする発光信号形式だ。兵役の時に憶えた。何某が。


 ──コウドウニシショウナシ シジヲコウ


 ──ミナミヘムカエ ゴウリュウスル


 ──ghだおしdbyうぇqy


 ──アンリオチツケ ホントニムキズ


 ナッチさんの夜戦隊と合流しろということだろう。了解の旨を返信して、さっそく行動に移す。ここの地形は何某さんが記録してるので迷うことはまずないし、そもそも崖に沿って移動すればいいだけの話だ。でも、そう簡単ではない。まず、現在メギア子機を見失っている。


「そんで、途中が出っ張ってるんだよね」


 『銀閃』の中で愚痴をこぼした。崖が岬みたいにメギア本体に向けて飛び出している場所がある。一時的に射程内、8キロ付近を通過する。当然のごとく、その辺りは切り立った崖でショートカットは不可能。よもや、こんな早々に危険な単独行動する羽目になるとは。ゲームのイベントじゃないんだからさ。


「……いや、これマジでイベントなのか?」


 真横からの朝日の中に子機がいた。砲身は他所を向いている。何某は反応していない。寧ろ、足を留めている。


「……」


「……」


 なに、この間。どうしろ……えぇっ!? 降りろ? 無茶言うな!


「……」


「……。ふー……わかった、わかった。鎧装は外さないからね!」


 想甲を解除する。バシャッと小さな水たまりに着地した。周囲は草地で隠れる所は全くない。


 こいつどこから湧いたんだ?


 子機がゆっくりと近づいてくる。元が一般人だし、相手は機械っぽいから殺意の有無なんか見えるわけもなく、ただただ精神がゴリゴリ削れる。謝罪にいった取引先のロビーかな。


『%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AB%E3%81%A1%E3%81%AF』


 ひしゃげて、掠れた音がした。警告音というわけではないようだが、きつい音だったので思わず耳をふさぐ。何か話したいのだろうか。とりあえず首を横に振ってみた。


「=?UTF-8?B?44GT44KT44Gr44Gh44Gv?=」


 同じく首を横に振る。音はだいぶマシになった。


「=?UTF-にちは。これでどうですか?」


「はい。理解できます。はじめましてストラです。何か御用ですか?」


「ストラさん。乱暴な招待をしてしまったことをお詫びします。すいません」


「そうですね。私じゃなかったらケガしてたと思います」


「……それは、誠に申し訳ございません」


 なんというか、本当に謝罪しているようだ。クオンが? どういう状況なのこれ。というか、砲塔までしょげてるのずるくない?


「……謝罪を受け入れます」


「ありがとう。久しぶりに市民の方を見かけたのが嬉しくて」


「あなたはどなたですか?」


「ああ、ロイデです。正式名称はロイデ・デイデ・自律体(アレイダ)。階級は軍曹筐体です。といっても、この管区の軍人はもう私だけですけど」


「ロイデさん。私、南から抜けたいのですけど。案内していただけます?」


「もちろん、そのつもりです。市民の保護は私の権利であり義務でもあります」


 さて、流暢に会話してるけど、砲身付きの4つ足の小型ダンプサイズのクモだ。いきなり触手みたいなケーブル伸びてきたときは身を固くしたけど、私を抱えてゆっくりと移動を始めた。絵面は最悪だが乗り心地は抜群だ。


「ロイデさんは、ここで何をしてるんですか?」


「……よく、わからない。私の知り合いがここを守ってたんです。ここが好きだと言っていました」


 程なく、崖の出っ張りを通過した。高層ビルの上からメギア本体が見下ろしているような感覚がある。実際、認識しているのだろう。


「あれもロイデさんですか?」


「そうかもしれないし、あれの一部なのかもしれません。家族というのは概念しかありませんが、それが一番近いでしょうか」


 師匠。家族であってるらしいですよ。


 道すがら色々聞いてみたんだが、驚いたのは彼から見てクオンと想甲兵の区別ができないという事だ。中から人が出てきたら想甲兵。そうでないならクオン。そんな区別だから、基本的に侵入者は撃つ。


 ここの人間は彼の中では「違法流民」扱いだ。私は「市民」としてきちんと識別できたそうで、数百年ぶりの出来事でついハッスルしてしまったそうだ。


「流民の越境は徹底対処が原則だけど、さすがに射殺は忍びないです」


 幾度となく軍の討伐隊が派遣されたと聞いたけど、そんなに被害がなかったから何度も挑戦した可能性ないか。これ。


「だったら、砲弾に付いてる紐の詳細ください。ひょっとしたら静かに過ごせるかもしれません。約束はできませんけど」


「それで撃たれるのでは?」


「対策くらいしてるんじゃないですか?」


「……」「……」


 それきり会話は無くなった。ともかく、彼はクオンであり、狂っているのは確かだ。私が普通に話していられるのは、私がここの人間ではないからで、家族や知人が犠牲になっていたら話など聞かなかっただろう。


 そろそろ縄張りの南端だ。今の状態は絵面がよろしくないので、降ろしてもらう。その時、ビー玉サイズの黄色い球を貰った。


「これは?」


「信号線の構成です。私た(・)ち(・)は二十七門の砲を持ち、仮に同じ砲弾で撃たれても、特定の周波……」


「わーわーわー! 何言ってるんですか! 私何も聞かないです!」


「君は、私の知り合いにそっくりです。人と機械の区別はしっかりするくせに、対等に扱う。信用に値する人物でした。暫くの安寧を期待しています」


 ロイデ=メギア子機がゆっくり後ずさる。


「ロイデさん。あなたもこの町が好きなんですよ」


「……そうかも、しれませんね」


 視界から消えた。数メートル先だぞ。ここは、ゲームのダンジョンだとまだ浅層と言っていい。そんな場所にあんなんがいるのか。まぁ、初日に「六本腕」にあたってるし、その辺はよくあるダンジョンより厄介かもしれない。


 想甲構成して、周辺を警戒しつつ数分後には合流ポイントに到着した。侵入禁止区域から出て来たので、ナッチさんたちは驚いてた。とりあえず砲撃で運悪く私だけ滑落したとだけ伝えた。


 その後、一時間経って遠回りしてきた師匠たちと合流できた。アンリが『剛鉄』を走らせながら解除するもんだから、飛んできたのを『銀閃』で慌てて受け止める。


『アンリ、あっぶない!』


「ストラ、降りて」


『いやだ。ここ業地だよ。管理外だよ』


「降りて」


『師匠ー(泣)』


『大丈夫だ。あきらめろ』


 渋々降りたら、きっちりアンリチェックされた。念入りに。



◇



「なんの冗談だ?」


「本当です師匠」


 想定外の事態はあったものの、メギア本体の確認はとれたので駐屯地に帰投。報告書の作成ため割当のテントで報告会の真っ最中だ。私と師匠の間にあるテーブル代わりのケースに鎮座する、薄っすら黄色く発光するビー玉サイズの球体。


「これをやるからもう来るなと? クオンが? 嘘だろ?」


「オマエラメンドウクルナっていわれたので、砲弾の糸を要求したらくれました」


 師匠が頭を抱えてる。うん、気持ちはすごいよくわかる。私も話しかけられた時はそんな気分だった。


「ホウハ10モンイジョウアル。ミョウナコトハカンガエルナとも言われました」


「ストラ、変な喋り方。そんなんだったの?」


「え、定番でしょ」


 え、何? 胡散臭い奴に向ける視線やめて。今日もすごい可愛いよ。


 玉の中身は何某の確認済みだ。入っていたのは信号線の構造データのみだった。レールガンの数や、言いかけた砲弾の解体法は含まれていない。もちろん、ウィルスの類も確認されなかった。


 ちなみに、私はすでに利用可能だ。レールガンの入手が難点だが。要するに、強烈な磁界の中でないと構造が維持できない物性だった。一瞬、想理銃の装備を期待したので、とても残念だ。


 師匠が腕を組んで、私を睨む。


「ストラ」


「はい。運が良かっただけです。もう危ない事はしません」


「……解ってるなら良し。ただし、覚悟しとけよ。クオンとの会話が成り立ったのは、厄災後で初だ。まして取引に成功してる」


「……どうか内密に」


「できるかアホ!」


 怒られてしょんぼりしていたら、師匠があれこれ手配してくれた。なんというか、ほんと師匠はいい人だ。そしてアンリはいい子だ。


 この話は師匠経由で軍部局長のご息女パラテリア様へ。私の「先史の市民権」がきっかけであることは、師匠と、このご息女にだけは伝えてある。そもそも、私の権限を知るのはごく一部なのだ。


 その後、軍部の解析機で有線砲弾のデータを確認、各所に報告を行った。軍のメギア討伐担当官の顔を潰さず上手く執り成し、討伐も当面行わないという確約も貰った。まぁ、費用対効果もあるけど、恨みはコスパを凌駕するから、ロイデ=メギアの不殺の対応が功を奏したと思える。


 ただ、数百年で初の事象はこんなことでは終わらない。武局からは監査官が、法局からは法務検察官が派遣された。要するに査問という尋問だ。武局の人は全然大丈夫だったけど、法局の人は、私が親でも殺したのかというくらい当たりがきつかった。同席してた財局の記録官がドン引きするレベルだ。あまりに執拗で理不尽だったので切れそうになり、途中で何某が表に出てきて私の意識を隔離した。


 私(何某)が気丈に返答し、表情変えずにぽろぽろと泣いてたから(何某の演技)、二日目は記録官が全面的に味方してくれた。同日中にパラテリア様が直接乱入して査問は強制的に終了した。介入しなかったら一週間くらい続いていたかもしれないと聞いて、心底震えた。あれは嫌がらせのプロだ。




「ストラくん、ご褒美は何がいいのかな?」


 金髪の美人令嬢に、コスコット中央区合同庁舎の取り調べから救い出され、同区にあるこじんまりした一般民家にいる。というかここ、彼女のセーフハウスじゃなかろうか。


 例のごとくパラテリア様に後ろから抱っこされて、同じ椅子に座らされている。頭には、総重量5~6キロありそうな柔らかい物体。お茶の味がしないから勘弁してほしい。アンリも師匠も同席しているが、なんかもうあきらめた感じだ。


 前回のひっつめ髪の金髪は、ふんわりと流して非常にお嬢様然として凛々しく、高貴なオーラが溢れている。左肩から下がる小さめ肩章には、レースと一緒にデザインされた椿に似た華やかな花柄。下は相変わらず皮っぽいパンツルック。今回、胸元はしまっているので、目のやり場に困ることは無い。ただ、ゆったりとした上着を胸の下でぎゅっと縛ってるので、完全に乳袋だ。


「報酬の話をされるのでしたら、使えるのですね」


「あら、使えるから持ち込んだのでしょう? 貴方じゃなかったら廃棄してるわよ」


「パラテリア様。今回はたまたまです」


「うふふ。とりあえず、四鐘昇鐘は黙って受取りなさい。よろしいでしょう? レボンド男爵」


「ええ、同意します。こいつの起こす騒ぎは低鐘では始末できません。さっさと前線に送るべきです」


「師匠、ひどいです。まだ新人ですよ」


「新人ってのは、もっと可愛げがあるもんだ」


 結局、新人期間は2週間、実働7日ほどで終わってしまった。たとえ免許取りたてでも、四鐘では新人扱いしてはくれない。ただ、概ねアンリと同じ場所に立てるようになった事は素直に嬉しかった。


 褒賞に関して、準子爵の「準」を取っても良いと言われたが、金銭をお願いした。後に別途支払われた報奨金は、一般年収数年分に相当した。太っ腹だなと思いはしたが、考えてみると庶民には保険も年金も労災もない世界だ。有難く受け取った。


 師匠などは「不要になった討伐の経費と比べたら安い安い」と笑っていた。とりあえず、師匠の教えに礼をしたいとおごったら、少し血の気の引く金額になった。



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