第18話 この実習に労災無し ①
おはようございます(小声)。
サンザノ探題から2キロほど業地に入った待機場。現在朝4時。流石にまだ暗いが、こんな時間でも結構な人で賑わっている。ざっと150人程。輸送車両は30。移動販売所やらキッチンカーらしき車両まである。これでも少ない方らしい。
前線に向かう義勇猟兵、軍駐屯地の交代要員、その駐屯地に物資を輸送する人員と、その護衛の猟兵だ。ここから北の最前線に至るまでに50以上の駐屯地がある。ほとんど毎日どこかしらに物資と人は移動する。
今日から暫く、業地での実践訓練の予定だ。目的地は37キロ先の駐屯地『ナルギル12』。北72キロを頂点にした楔形の奪還地の内、中央部東端に位置する基地だ。現状三鐘新人猟兵の私が入れるもっとも奥地となる。
もちろんアンリが指導員だ。五鐘だし問題ない……のだが。目の前には割とガチ目の装備をした師匠がいる。実習の相談時は興味無さそうだったのに、今朝軽トラみたいな車で家に迎えに来たときはびっくりした。仕事は弟さんに任せてきたとは聞いたが、たぶん事後承諾な気がする。
周囲を、どこか懐かし気に見ていた師匠が、急にいたずら小僧みたいな顔をして声を上げた。
「混む前に移動する。アンリ、『剛鉄』で荷物頼む」
「はい」
「で、ストラ」
「はい、師匠」
「お前の荷物は、俺だ」
「???」
◇
「おら、枝が当たってんだろ」
『あ、すいません。師匠、速度落としませんか?』
「だめだ。ナルギルまであと1時間。これでもだいぶゆっくりだぞ」
『えぇぇぇ……』
サンザノから、ほどほどに荒れた20キロほどの道を1時間で走破した。
想甲兵の手には自動雲台みたいな、手の平の位置を保つ機能があって用途が不明だったけど、こういう時の為のようだ。ただ、全高9メートルほどとはいえ、手は指を含めても事務机程度の広さしかない。平坦な道などほとんどない行程だし、乗る方も相当大変だろうに。まぁ、当の本人は掌の上で胡坐かいてるけど。
『ストラ、警戒してる?』
『そこは抜かりないよ。アンリ先生』
視界の端には各種情報がかなりの高精度、かつリアルタイムに収集されている。私の後ろにいるはずの『剛鉄』とアンリの状態、位置取り、師匠の生体データ等々の鎧装からの受信データは私の中の何某の機能。体に感じる空気の流れや、音や可視光情報は『銀閃』の持つ本来の性能だ。
複雑な電子機器は想理では構成できないと習ったんだけど、どんな仕組みなんだろう? まぁ、現状それどころでなく業地の奥地の景色に目を奪われていた。操作はほぼ何某に丸投げだ。
想甲兵の背丈ほどある巨大なススキのような植物。廃ビルをひっくり返すキノコ状の何か。どう見てもイネ科の植物が雑草のように大量に生えている。巨木かと思ったら、これまたでかいツクシみたいな植物。なんか植生が原始的なのか現代なのかごちゃごちゃな感じがする。この辺りを見ると、確かにここは異星なのだと思える。
そして、今更ながら想甲兵の便利さを再認識した。廃墟を乗り越え、沢を飛び、崖を越える。躊躇なく人と同じ行動が取れる移動体がこれほど楽だとは考えもしなかった。なにより、隣を並走してる『剛鉄』の安心感がハンパない。
◇
「女将さーんっ!」
「どうしたのアンリ!? こんな手前に来るなんてっ!」
「新人さん入ったの!」
「って。後ろの男爵様じゃないわよね」
「俺なワケねーだろ、バシュ。つーか男爵はやめろって」
若干予定より早く到着した駐屯地ナルギル12は、サッカー場くらいの広さのキャンプ村みたいな所だ。駐屯地と言っても、アケルド中央の発力塔を占拠しない限りクオンは普通に侵入してくるので、簡易的なものだ。今いる大型のテントが指揮所で、目の前のデ……オ……、ふくよかなお姉様が責任者のようだ。
「聞いたわよ、昇鐘おめでとう。念願かなったわね」
「ありがとう女将さん!」
「で、お嬢ちゃんが新人さんかい?」
「こんにちは、女将さん? ストラです。お坊ちゃんですよ」
「ははは、面白い冗談だね……って、ストラ?」
「ああ、ついでに聞いてるだろ。こいつが初験で四鐘受かった奴だ」
「あれ本当だったの? なんとまぁアンリちゃんみたいなのが1期、2期でポンポン出てくるとはねぇ」
「私、三鐘だったからストラの方がすごいよ」
暫定ね。暫定。まだ三鐘ですよ。
「んで、バシュ。使えそうなとこあるか?」
「まったく、もうすぐ交代だっていうのに、調べるからその辺で油売ってなさい。アンリちゃんも、ストラちゃんも」
「はーい! ストラ行こ!」
「女将さん。よろしくお願いします」
たくましい腕に付いた思いの外可愛らしい手がひらひらと振られる。
アンリに引っ張られ、何処に行くのかと思ったらテント村の食堂だった。師匠も文句なくついてきたので、油売る場所はここしかないのだなと思った。ちなみに、まだ早朝(概ね朝6時くらい)なので客はまばらだ。そもそも、ここは観測と警戒が主任務なので常駐の猟兵は少ない。
「ところで師匠。ここまで『銀閃』の手に乗ってきたの何なんですか?」
「ああ、運ぶのが元気な奴とは限らんって事だ。慣れたか?」
「ええ、まぁ。先に言ってくださいよ師匠」
お茶を飲みながらほっこりしてたら、表からガシャガシャと金属音が近づいてくる。このテント食堂は布の屋根があるだけの簡素なものだ。使い込んだプロテクターで完全装備の頭も髭も真っ白なおじいさんが、すごい勢いで近づいてくる。
「おいっ! さっき『剛鉄』いなかったか」
「おはようございます、ナッチさん。お久しぶりです。今からですか?」
「おお、アンリ。夜番だ。今から酒飲んで寝るところだったが、『剛鉄』がちらっと見えたから飛んできた。息災で何よりだ!」
「じいさん生きてたのか。しぶといな」
「勝手に殺すなヒズヤ。お前より長生きする予定だ。そういえば見慣れんのがおったな」
「こいつだ」
「……猟兵には見えんが、お嬢ちゃんは見学か?」
おじいさん近い近いっ!
なんというか、確かに年相応な老け具合だけど、とてもガタイが良い。尋常でない迫力だ。歴戦の猛者感がすごい。
「あ、その、見学でもお嬢ちゃんでもなくて……」
「新人だ。じいさんより鐘は上だぞ」
「なんの冗談……ほんとか?」
師匠もアンリも頷く。なぜにアンリはドヤ顔なのか。そして、色々訂正しそこねた。あ、女将さんだ。
「ちょっと、ナッチ。朝なんだから静かになさい。指揮所まで聞こえてたわよ」
「お、すまん」
さっきまでお茶してた机に、A3サイズほどの近場の地図が広がった。紙面上の左端の黒丸が駐屯地として、大きさが米粒ほどだ。となると5万分の1ぐらい。ざっと20キロ範囲の地図か。というか、地図からはみ出たこのでかい赤丸なんだ?
「じいさん。51号線沿いは無事か?」
「平和なもんだ。お前がアンリの嬢ちゃん連れて通ってた頃からなんも変わらんよ」
「ふむ……で、バシュ。ベルベアから東は手付かずのままか」
「ええ、そうね。あと、セトから上は前期に侵入禁止区域になったわ」
「だったら師匠。ベルベア抜けた先行こうよ。ストラなら大丈夫そう」
「そりゃさすがに……まぁ、行けるか」
「新人教育にして厳しいなぁ、おい! 死なない程度か?」
ちょっと待て。当の本人の意向を無視して、ナイトメアなチュートリアルを計画してないか。
生殺与奪の権を返して……という抗議の視線は、ぞろぞろ集まる猟兵達に流れた。ムキムキだったり、枯れ木みたいだったりするけど、みんなお爺さんだ。ゲートボール帰りのような気軽さで、鎧装フル装備お爺さんが集まってきた。そして、やいのやいのと皆で私の実習場所の選定が始まり、私は何も言えなくなった。
「バシュ、夕方には戻る。寝床頼む」
「はいはい」
「がんばれよ、嬢ちゃんっ! アンリも気を付けてな!」
「女将さん、皆さん、いってきまーす」
かくして、女将さん、ナッチさん、他数人に生暖かく見送られ、半泣きでナルギルから出発する。そして、相変わらず師匠は『銀閃』の手の上だ。
そういえば、師匠は業地用の想甲兵はお持ちなのだろうか。鎧装してるから当然所有してると思われるが、尋ねると「後でな」とはぐらかされた。もったいぶるじゃん師匠。アンリの話だと、陵地用一六級と一四級各1機、業地用一六級2機の計4機持ちだそうです。お金持ちだね。
今日の、というか当面の相手は依頼討伐という形になった。半期ほど前に確認されたユニーク個体で、まだ名は付いていない。非常に隠密性が高く第二の『六本腕』になりかねないと懸念されている。死亡者こそ出てないものの被害者は多い。
『えー複数、もしくは単独で変形する個体でしたっけ?』
「はっきり見た者はいない。状況に応じて臨機応変に対応、だ」
「行き当たりばったりだね。師匠」
「そうだ」
そこは否定してほしい。
現在地はナルギルから東へ約12キロ。もとはちょっとした地方都市だったのか、建物は低めだが高層建築が目立つ。駐屯地の管理外で、クオンの駆除は行われていない。私の認識では、とても危険な地域だ。というのに、師匠は手の上だし、アンリも生身で『銀閃』の肩に乗ってる。
『……ところで、二人が想甲解いてるのは』
「重量級の想甲兵が三機でうろついたら、出てこねーよ」
「ストラの索敵だけが頼りだから、がんばってね」
『びっくりしたら気遣いできないんで、各自なんとかしてくださいね』
「おぅ、心配すんな」
「はーい」
師匠の指示に従いながらルートを選定し、索敵のコツを教わりながら、若干北に移動する。もっとも、向かう方向さえ決まれば、私の中の何某が最適な行動を介護してくれるので楽なものだ。私はもっぱら環境観察に勤しんだ。
ほんとに動物相は貧相だ。見かけた生物は陸を這ってる20cmくらいのエビ、カラフルなナメクジ、ヒトデみたいなの、目立ったのはこんなものだ。なにせ虫がいない。鳥もいない。獣ももちろんいない。道中もそんな感じだったので、この星全体こんな感じなのだろうか。
その後、昼過ぎに交代で食事し、北に進路変更した際、小さなリスのような、ネズミのような影をちらほら見るようになった。ああ、なんだ。そういう類はいるのか。そりゃいるよな。私にはそう不思議のない光景だったが、気になって私の中の何某に種類を尋ねた。
『警戒っ!』
生身の二人は間髪入れず構成。私の後ろにアンリの『剛鉄』、前には師匠の乗る灰色の巨人が現れた。視界には少なくとも80以上の警告表示。なんと、私が小動物だと思い込んでいたモノは全てクオンだった。何某の索敵を搔い潜っていたのだ。
『至近! 数86! すいません師匠。検知が遅れました』
『いや、むしろ上等だストラ。俺より2秒早かった』
『すごい! 私、まだ見えない!』
視界の中に光点として透過表示されたクオンの群れは、波が伝わるような挙動を見せると幾つかにまとまってじりじりと近づいてくる。大きさは3メートルほど、質量はかなり大きい。そして非常に合理的な形状をしていた。
『……玉?』
『……玉だな』
『玉だ』
現れたのは斑な縞模様の五つの球体だった。




