第17話 計上 試運転費
家から2キロほどのサンザノから、さらに業地の内側5キロほどのマリエス要塞の訓練場。証書もらってから3日目にしてやっと自家用ロボに搭乗する。当たり前と言えば当たり前だが、兵器なので乗れる場所は限られる。まして業地用だ。アンリのフルスペック『剛鉄』のテストも兼ねて、比較的安全(公的な見解)な要塞の訓練場の隅っこを借りた。
「想甲構成!」
アンリの声と共に湧き上がる赤みがかった鉄色の巨人。スペック通りなら全長は9メートルちょい。うろこ状の装甲が特徴的な、西洋鎧を彷彿とさせるデザイン。うろこの裏側が赤いんだな。全体から見れば頭は極端に小さいが、目のような意匠があり、意思の強そうな昭和のロボット味がある。腕周りが特に太く、いかにも殴りが強い印象だ。実際そうだが。
腕だけを最初に見てから4カ月ほど。あれこれと勝手に本体を想像してたけど、さすが銘が付いてる想甲兵は違う。これまで見てきたモノとは迫力が段違いだ。
『リテムー。よろしくお願いしまーす』
「はい~」
同伴してた銀髪姫カットのリテム女史が、たたっと走り出したかと思ったら、体操選手みたいな側転を決めながら空中で想理構成して、ふわりと着地。まるで変身だ。『剛鉄』より一回り小さく、かなり細身の想甲兵が出現した。新緑を思わせる薄い緑がかったマットな色、機械的で幾何学的な頭部のデザイン。というか、なにその側転からの構成。お嬢様系のなりしてジムニストなのか。
「たしか、『辻風』でしたっけ?」
今回は残念ながら解説として優秀なブクララ氏はいない。だが、私の横には黒髪を三つ編みにしたヨースがいる。これもうアンリの追っかけだろ。探題で聞いてきたのか? 個人情報ダダ漏れすぎる。まぁ、普通の人間は町から近いとはいえ業地の要塞にほいほい入れない。有力者なんだなヨースの実家。
訓練場ではアンリとデアスタニー嬢の模擬戦というか、復活した装備の仕様確認が行われている。四鐘時のアンリは、カウンターとヒットアンドアウェイが基本戦術。手数の多い敵や数の多い敵は避けるし、耐久を要する戦術は取らないようにしていたそうだ。現在、アンリは上半身がカバーできる程度の盾を両手に装備している。
凄まじい勢いで『辻風』の短槍から突きが繰り出される。比喩抜きで五本ぐらいに見える。アンリは盾自体も武器に使いながら距離をつめるが、盾が破損。想甲は許容値以上に破損すると、ガラスみたいに一瞬で壊れる。許容値は想理の物性設計でだいぶ変わってくるので、その辺りの見極めは非常に重要だ。
『剛鉄』はすぐさま新たな盾を構成。今度は一回り分厚く大きい。腰辺りまでカバーできてる。こちらの方が扱いやすかったようで、両手とも大きめの盾に切り替えた。ほどなく、リテム嬢の「降参~」の声が聞こえた。
アンリ達が、後の演習の打ち合わせの間に私が『銀閃』のテストする。
まずは鎧装の確認。応兜は頭の装備で、想甲兵では珍しいヘッドホン形状。腕は手甲。『銀閃』の手甲は手首部分のみで、かなりコンパクト。アンリのみたいに手首から肘までを覆うのが一般的だ。
胴体は操縦部を構成する重要な鎧装で装胴。この装胴、着用形式が色々あって、アンリの『剛鉄』などはコルセットみたいなデザインで、女性の鎧装に多い。他に胸当て式、斜め掛け式や、幅広のベルト式なんかが主流だ。私のは胸当て式で白い皮鎧風。
最後に脚鎧。アンリみたいな靴やブーツと一体化してるものと、私のみたいに鎧装のみの単独のものがある。本日はショートブーツに装着している。
どの鎧装にも水晶みたいな部品が幾つか装着してあって、これに想甲兵の機体データや追加機能が埋め込まれている。私のはメダルみたいな形状だった。アンリのは球状でリテム嬢のは、なんかSDカードみたいな板状だった。
鎧装確認終了。さて、本体はどんな感じかな。二〇メートルほど皆から離れて、通常手順で構成開始する。
「構成!」
ぐんと視界が持ち上がる。思ったより遥かに構成が早くて、くんっと体が浮き上がる。落ち着いて着地し、周辺を確認。アンリが手を振ってる。
「ストラ! かっこいいよ、銀閃!」
「お~、今風~」
車と同じで乗ると全体が見えないのが難点だ。かと言って想甲だけ出せないし。けっこうな技術レベルあるのに市場にカメラ出回って無いんだよね。まぁ、アンリがかっこいいって言ってるからかっこいいんだろう。んんっ?
「え、めちゃくちゃ音質いい」
そういや『銀閃』の応兜ってヘッドホンタイプだった。馴染みのある形だしいいや程度の認識だったけど、ほんとに音響装置として機能してるんだ。待て。初専用機の感想が音質が良いというのはちょっと違う。
差し当たり、見える範囲で確認してみると、メインカラーは艶消しの銀と黒。ヘアライン加工は無し。関節部にオレンジの差し色がある。図版で見た本来の『銀閃』とそう違いはないが、丸みがちだったものが、多角形の面が出た割と立体感のある造形になっていた。ロボというよりリボルバーみたいな銃器感がある。そして……、つま先が蹄っぽいけど逆関節ではないな。
あと、さっきからなんというか。薄着で外にいるレベルの環境感度はやばい。尖ったもん踏ん付けて悶絶とかしないよね?
とりあえず動作チェックを始めると、動き出してすぐ気付いた。この体格は元の体に近い。うん十年使ってきた体の感覚が蘇る。武器を使った体捌きは何某がサポートしてくれる。こっちはまるで格闘ゲームのワンボタンコマンドみたいに意識するのみ。タイミング調整すら任せっきりだ。
いまだかつてないほど体がキビキビ動くので気持ちいい。少し体感速度が上がっていて、感覚的に動作はゆっくり目だ。考え事する余裕があるのは有難い。
動きながら装備も一通り出し入れしてみる。ハンマー、メイス、棍棒、殴り系が多い……槍が数種類、剣は刺突系のものが一本のみ。盾は五枚中二枚は使えるようだ。やはり、現状の帯域では同時に使用できるものは少ない。
気になったのが、腕に付いてる小さいくせにやたらと重量物な装備。何某の解説では、武器のヒット時に衝撃を付加する装置だそうだ。インパクトドライバーかな。これだけ質量使ってて消耗品らしく、今は一回の構成で一度しか使えない。効果はともかく、必殺技みたいでいいね。
「ストラー! ちょっと手合わせお願い!」
『無茶言わないでよアンリ。五鐘の相手なんかできないって!』
5分ほど動かしてたら、アンリの『剛鉄』が乱入してきた。どうも冗談の類ではなさそうだ。
『ストラ。打ち込みお願いね』
『遠慮しないからね、アンリ』
中盾二枚で完全防御な『剛鉄』。もうほんとに分厚い鉄の壁だ。威圧感が凄い。どうすんだこれと思案してたら、アンリが両手盾でがっちり構えて突っ込んでくる。最後に構成した6メートルほどの棍棒を構えるが、現状の盾込みの『剛鉄』は『銀閃』の1.7倍の質量だぞ。
ガンッ
20トン近い物体の衝突にしては、思いの外地味な衝突音が周辺に響く。『剛鉄』の盾含めた重心を、棍棒で突くのではなく添えて勢いを殺す。絶妙な調整は何某がやってくれたので、後ろに数メートル滑る程度で済んだ。すかさず盾で棍棒を弾こうとするアンリ。躱して半歩下がる。そこで『剛鉄』の姿がすこしブレた。
上面表示のサブ画面があるから『剛鉄』下がったのが分かったけど、こちらの視線に合わせた上で盾を上手く使って下がられるとマジで判らん。あれ? なんかギャラリー増えてないか?
まぁ、仕様の確認という事なら、いろんなので殴ってみるか。こっちの獲物の使い勝手もわかるだろうし(主に私の中の何某さん向け)。壊しても暫く待つだけで再使用できるというのは、こういう時ほんと便利だ。さらに言えば相手はアンリだ。安全に失敗できる貴重な機会でもある。
アンリが下がりきったタイミングで、今度はこちらから詰める。倒れ込むような動きからの予備動作なしの加速。すり足に近い足捌きだから、ジャンプみたいに速度が落ちない。彼我の距離は30メートル。体長の三倍ほどの距離を5歩で詰めた。
手持ちの武器は両手持ちメイスに交換済。以前のように、移動前に予備動作は終わらせ、移動の慣性も乗せて『剛鉄』の左の盾を横からぶん殴る。
ギャィィン
アンリは盾を斜めにして、めくられないようにしながら、1歩前に進んで重心を調整。流石に上手い。ビクともしない。『剛鉄』の右盾が突き出される。振り切った状態をそのままタメに利用してメイスで突き返す。ナイス何某。
「うわっ!?」
盾が弾かれると同時に体当たりを始めるアンリ。威力が乗る前に、自ら肩で当たりに行って回転しながら身を躱す。いいぞ何某。その間にメイスからウォーハンマーに交換。二人(?)がかりで申し訳ない。なんて考えながら、そのハンマーを回転を利用して振り回すも、『剛鉄』が素早く前進したため空振り……じゃない。もう一回転、さらにもう一回転しながら、空振りの隙を狙うアンリを牽制する。
おお、すごい全然目が回らない。三回転目に落ち着いて手持ちをハンマーから槍に変えて、目が慣れた間合いの意表を突いたけどあっさり対処された。次に同じ事したら、回転に合わせて背中をぶっ飛ばされそうな気がする。
槍と盾の攻防は続く。私の戦闘介護である何某は、穂先と石突を使って突いて叩いてと、とにかく手数重視だ。『剛鉄』は、その攻撃を盾で丁寧に捌く。これ……何某さん、一応私の要望に配慮してるのかな? アンリも隙があれば突っ込んでくるけど、基本的には習熟に集中している。
打ち込みはすでに数分経過。こちらも武器の耐久を知っておきたいから、手持ちは遠慮なく使い潰した。使用中の槍の後はもう小さめの中盾1枚しか残ってない。アンリのごつい中盾も1枚全損。あれだけ攻撃してやっと1枚。たぶん同程度の盾は、あと数枚は使えるはずだ。
「よろしく! お願い! しますっ!」
最後の槍が分解するのと同時に『剛鉄』へ突撃。衝突寸前に最後の盾を構成してがっちり両手でホールド。やけくそではなく、相手がアンリだから安心してぶっ飛ばしてもらおうと思った。実戦でぶっ飛ばされて、慌てたら死ぬからね。今なら、気絶しても支障ない。
全力でぶち当たったのに、全く手応えがなかった。あっ、と思った時には宙に浮いていた。最初に棍棒で『剛鉄』を止めたやり方をそのままやり返された。それはもう綺麗に合わせられて、勢いが止まった所を体当たりされた。そして、びっくりするぐらい長時間空中にいた。どうも、当たりの衝撃を殺すために自分で飛んだようだ。あれ? 盾がない。一撃ですか。そうですか。
「うぇ~、目がまわる……」
恐らく『銀閃』の身長近い高さまで跳ね上げられた。その後バク転して着地したものの、勢いを殺しきれずゴロゴロと地面を転がり、訓練場の外の木をへし折って停止した。絵に描いたような雑魚キャラのやられぶりだ。うん。満足。
『ス、ストラ! 大丈夫!?』
駆け寄ってくる『剛鉄』に手を挙げて答える。少々、頭がふらつくので大事を取って想甲を解除する事にした。でかい体でふらつくと危ないからね。現在、木を背に座り込んだ体勢だ。地面から2メートル以上の高さから落ちることになるので、注意して構成を解いた。
いや、面白かった。操縦装置には衝撃吸収機能があるというのに、かなりの衝撃だった。多少忖度してくれるアンリでこれなら、クオンが相手ならそれなりの覚悟がいるだろう。意外だったのは縦回転がけっこうきつい。
訓練場の敷地内に戻ると、ちょっとした歓声に迎えられた。食事券くれたマヘル氏とその部隊、他の要塞守備隊もいて30人くらいのギャラリーになっていた。暇なのか守備隊の人。出迎えたアンリから入念な身体チェックを受けながら、皆に手を振って答える。まぁ、あんなんで喜んでもらえたのならそれも良し。
「天才っているんだね~」
リテム・デアスタニー。四鐘猟兵。10期代前半、女性。切れ長の目、色白、細身。長めの銀髪には、よく見るとメッシュ状に黒髪が混じる。黒が基本の装いが多く、本日はゴスロリ風学ラン? みたいな格好だ。
3期前まで食材工場の研究職で安定した生活を送っていたのに、想甲兵オタクが高じて猟兵になった。そして才能があった。彼女はまごうことなき天才の類だろう。
『剛鉄』は彼女の好きな想甲兵トップ5であり、アンリとは想甲兵オタ仲間でもある。そして今、目前で試運転してる『銀閃』はトップ8くらいだ。古い機体だが、中の人『不死のエリオラ』のお話が好きすぎてトップテン入りしていた。
ああ、なんて眼福なのだろう。決して実物見ることはないだろうと諦めていた。しかし、そんな気持ちも数秒で消し飛んだ。暫く気が付かなかったのだ、武器が変わっていることに。振り回している最中の武器を切り替えるなんて聞いたことがない。
「……すごぃ」
横にいるどこぞのご令嬢も言葉を失っていた。次々と装備が切り替わると、動きもそれに合わせて切り替わる。動作は美しく、ほとんど芸能の域だ。
戦友はとても嬉しそうだ。そして周辺の観衆にドヤ顔をする。リテムにはその心理は計り知れない。そもそもさっきからアンリの挙動が不審なのだ。
これは、打ち合わせの分は無駄になるなと予想する。ほら、走り出した。
「ストラー! ちょっと手合わせお願い!」




