第16話 工具器具備品、適用「想甲兵」
ほぼ満員の観客席から歓声が上がる。昇鐘試験は無事終了した。今回、四鐘以上の証書はコスコット区区長、グラノス伯爵から直々に賜る。
当日受験者予選通過一八名、本選六八名の計八六名。一鐘合格者三二名、二鐘合格者一八名、三鐘合格者四名、四鐘合格者一名、五鐘合格者二名。めったに出ない五鐘が二名出た上に、うち一人は当日受験だった事。鐘が鳴らないという珍しい事故があった等、異例だらけの試験だったと後々語り草となる事だろう。なったらいいな。
「ストラ・マトス。前へ」
無言で三歩前に出て跪き、左手は後ろ、右手を前に差し出す。さっき10分ほど練習させられた。無言なのは『想甲兵たるもの実を持って答えよ』という事らしい。面倒がなくていい。
「ストラ・マトス。暫定の三鐘とする。四鐘への昇鐘は指定の功績を持って行うものとする。これは特例である」
右手に乗せられた円筒形の証書を掴み、無言で立ち上がる。伯爵の面白い生き物を見る生暖かい目。やな予感するからおやめください。後ろを向いて観客席に一礼すると、また歓声が上がった。アンリが小さく拍手する。隣の金髪美人のお姉さまも。
というわけで、条件付きとはいえ四鐘を貰った。訳が分からない。貰えるものは遠慮はしないぞ。それと思い出したんだけど、すれ違った新造船に乗ってた美人さんだよね。この金髪さん。あれってスイートデッキだったから、まぁ、間違いないよね。伯爵の金髪さんに対する気の使いようが尋常じゃないし。
授与式が終わった舞台袖で、アンリと帰り支度を始めた時だった。頭になんか柔らかい物体が二つ、ドンと乗った。肩から回された綺麗な手。ほんと、ここの人後ろから抱っこするの好きだよね。
「こんにちは。少しお姉さんとお話ししない?」
「どのようなお話ですか? パラテリア様」
私の前にいるアンリの目はおっぱいに釘付けで、金髪さんの話が聞こえてない。
名前はさっきの授与式で聞いた。パラテリア・フォグノ・シュラーク。たぶん、武局の長、ベウデ・シュラーク公爵のご令嬢。技巧院ロリ室長のカイナ女史と同席してた、あの学者さんっぽいイケオジの娘さんだ。あの人、偉い学者さんかと思ったら軍属のトップだった。当然、カイナ女史の従姉でもある。
「父から実験の話は聞きましたか?」
「……カードをいただきました。それだけです」
「色々と縁があるようですね。ストラさん」
「憶えておいででしたか」
「ええ、カイナちゃんの隠し子かと」
「……怒られますよ」
「あら、言いつけられる前に退散するわね。またねお二人さん」
すっと奇麗な所作で私から離れると、ローヒールの靴音を響かせながら颯爽という表現そのものといった風情で立ち去る公爵令嬢。どこにいたのか後に付き従う3人程の男女。護衛にしちゃ恰好がラフだな。さっきまで業地にいましたって姿だ。
暫し見送った私とアンリは、顔を見合して「すごい、いい匂いする」とハモった。
「ストラ、知り合いなの?」
「王都に着いた時のすれ違った船に乗ってた。遠くからちらっと……」
「ストラ・マトス! アンリ・マトス! こちらへ」
会場から退去中の伯爵から直接声がかかった。何事かと小走りで向かう。取り巻きの数が半端ない。20人以上いる。その囲みに丁寧に案内された。またしても膝を折る途中で止められる。
「ストラ・マトス。本来なら相応の経験を持って成る位階である。くれぐれも無手法な行いは控えるよう」
「はい。肝に銘じます。元より自ら四鐘を名乗るつもりはございません。師たるレボンド男爵の判断に準じます」
「ふむ、まぁよかろう。アンリ・マトス。そなたも無理はせぬようにな」
「はい。伯爵様!」
「良い返事だ。先達としてしっかり監督してやるがよい」
「はい!」
そして去り際。
「おお、そうだ。明後日に、そのレボンド男爵家に届くそうだ。時宜を得た昇鐘であったな」
ニコッと笑ってシュタッと右手をかざし、これもまた颯爽と立ち去る。ちょ、伯爵をメッセンジャー扱いとか心臓に悪いんですけど。おかげで、だいぶ冷静に受け止めた。危なくジャンピング大喜びするとこだった。
そして、アンリが真顔だ。あの顔は訓練スケジュールとか考えてる顔だ。ちょっとだけ生命の危機を感じた。ちょっとだけ。
「ああー、ストラちゃんまで遠くなる」
「ほんとね。三鐘はともかく、さすがに予想外だったわ」
「……ほんと先が長ぇー。でも、おめでとう。俺はやる奴だって思ってたぜ!」
観客席で合流したエレーメが大げさに嘆く。その傍で驚きを隠せないヨースとラキ。私のピンとこない喩えで言うと「免許取りに教習所行ったら、国際Bライセンス貰って来た」みたいな感じだろうか。
そもそも授与式に呼び出されたことが、本人すら知らない完全にサプライズだった。会場の受けはそこそこ良かったので、マスコット的な扱いかと思ってたよ。
まだ周辺に熱気が残る会場から離れ、二泊取ってあった宿に戻る。歩いて数分ほどなので、ほんとに助かる。部屋で後の予定を相談しつつ寛いでいた時、少し会話が途切れた。すると、エレーメが立ち上がり、証書の入った筒を誇らしげに掲げた。何か変身しそうな勢いだ。
「ああ、どうしよう。今頃嬉しくなってきた」
「充分、喜んでたぞ」
と、すかさずラキが突っ込みを入れる。
「違うの。……なんというか実感が湧いた」
ドヤ顔のエレーメ。私はそういうの大好きなので、鞄にしまってあった証書をすぐ出して、エレーメの証書にくっつけるように天にかざす。ちょっと届かない所は彼女が角度を調節してくれた。
間髪入れずアンリの証書も参加。なんかちょっとデラックスだぞ五鐘のケース。しゃーないなという割にノリノリのラキ。ちょっと照れながら参加するヨース。
「ここは、なんか言ってよストラちゃん」
「ええっ!?」
「適任だろ」
アンリ、ヨース、無言の圧力やめて。
あ、なんか剣を掲げてた挿絵のお話あったな。
「では。記憶にある物語の一節。一人はみんなのために。みんなは一人のために。どんな場所にいようとも、どんな境遇にあろうとも」
「うん。そうだね」
「おお、なんかそれっぽいよストラちゃん」
「ちゃんと良い事いったわね」
「で、いつ引っ込めるんだコレ」
そうだった。私は証書の筒を剣に見立ててるので、皆の筒にコンコン当てる。皆がそれぞれ当て終わったら筒は仕舞って。はい、拍手。なんか締まらねぇなっていうラキの苦情は封殺した。しょうがないだろ、今思い付いたんだから。
その後は、予定通り宿の食堂でささやかな合格祝いを……というか、私が試験で結構目立ったこともあって、他の客におごられまくって大変だった。もちろん五鐘に受かったアンリも。
◇
「なんだそりゃ。俺も見物したかったぜ」
明けて早朝には宿を引き払い、バスで3区の駅に帰着すると皆と別れ、その足で師匠であるレボンド男爵に合否報告に行った。アンリの昇鐘には喜んでくれたが、驚いてはいなかった。どっちかというと私の暫定三鐘を「賄賂でも渡したかと」訝しんだ。そんな解りやすい原因があるなら納得するんですけどと言っておいた。あとは、何と言っても公爵令嬢の話に食いついた。ちなみに、おっぱいの話はしてない。
通常、伯爵(区長)は昇鐘試験の授与式には参加しないそうなので、やっぱり令嬢の絡みだったようだ。彼女、コスコット区では相当な手練れの猟兵として有名だったのだが、なぜか四鐘に留まっていたという事だった。
なにか動きがあるのだろうか。強制的に関係させられそうなので、知っておきたいんですけど。
「アンリ。五鐘ってお給料と帯域が増える以外で何かあるの?」
「五鐘用の鎧装が使える。……あと、他の区の業地に入れる」
「師匠。パラテリア様もその辺の事情でしょうか」
「まぁ、そうだろうな。と言っても……お前らには当面関係ない。気にするな」
この公女さま。地球年齢10歳くらいから王都近辺の業地に籠って鍛え上げたっていう、ガチガチの脳筋だ。言葉で言うと簡単だけど、明らかに変だ。王家所縁の公爵令嬢の経歴とは思えない。近衛も五鐘というから筋金入りの武闘派かと思われる。住んでる世界が違いすぎるので、確かに気にしてもしょうがないか。
「まぁ、なんにせよ。二人とも合格おめでとう。アンリはあれだな、これで完全な『剛鉄』になったな」
「はい!」
まだ、腕しか見てないってのに、アップデート入ってるじゃないか。
アンリの話では「予備が全部使えるようになった」ということなので、見た目は変わらないようだ。話を聞けば、出力50%の汽力域でも完全体にできるほどの帯域があると言うではないか。単純に30トン以上だせるってことだ。
確かに想甲は壊れるとすぐに復活するわけではない。まるまる1体分のストックがあるなら、なにかと便利だろうな。と、そんな理解をした。それ以上となると、経験不足せいかちょっと想像が及ばない。
「そしてストラには……」
「ああ、届くんですよね。『銀閃』」
「何で知ってんだ。うちに連絡来たのが昨日だぞ」
「え? グラノス伯爵から教えていただきましたよ?」
「……ちょっと待て。伯爵から?」
急に考え込む師匠。なんですか。そういうの怖いからやめていただけませんか。その後、急に納得したような顔になったかと思えば「今日は泊まれ。荷物が届いたらすぐ確認しろ」とだけ言って、仕事に戻ってしまった。
師匠に揶揄うような感じはなく、単純に早く確実に荷を受取った方がベストだと判断したような感じだ。厄介ごとなら彼は面白がるだけだ。なんというか、私は素直に喜びたいだけなんだけど、嫌な予感がぁぁぁ。
「あ、そういえばアンリ。受取った後の手続きってどうするの?」
「証書と鎧装を持って、サンザノ探題で帯域受信申請して、制御核に書込みしたら使えるよ。私も更新あるから一緒に行こっ!」
「よかった、助かる。んじゃ、『銀閃』受取ったらアンリの『剛鉄』取りに戻って、即、探題へ直行しますか」
「うん!」
◇
翌日、昼前に荷物は到着した。そもそも、男爵家には毎日のように荷物が届くから珍しくもない。ただ、私の荷物は、専用のおじさんが一人付いてきた。
礼服着用の彼は私の人相を確認すると、例の認証用の板を差し出す。私は手のひらを乗せる。にぃぃ。(二カ月ぶり三回目)
「師匠。なんか箱の箱がすでに立派なんですけど、こんなでしたっけ?」
「大げさだが、一応兵器の輸送だしな」
「師匠。外箱の封函に、王家の紋が入ってるんですけど」
「元々、王家下賜の品だ。いいから、さっさと開けちまえ」
半泣きで開けると、以前見た銀色のシンプルなケースはそのままだったが、開閉ボタンの所にがっつり王家の紋章が新設されていた。隣でワクワクしてるアンリもいる事だし、あきらめて御開帳。
「……同じ、じゃない。ピカピカですね。新品みたい」
「すごいキレイ。あ、同じ印」
白いコンパクトなデザインはそのままに、鎧装の裏側の目立たない所に王家の紋章。全ての鎧装に新たに刻印してある。というか、基礎部分以外は新品?
「……師匠。これ皇太子殿下が絡んでませんか?」
「なんというか、感謝と恨みが混じったような、お礼と悪乗りと軽い嫌がらせだな。たぶん」
「私、悪くないでしょ」
「まぁ、なんだ。諦めろ」
アンリが鎧装を一個一個、手に取ってじっくり眺めだした。師匠も「年式と性能を考えると、これだけ小型の物は珍しい」と見入っていた。そういえば、これ選んでた時の師匠って、他の鎧装に夢中だったな。そして、取説かと思ったらカイナ女史からの書付を発見した。
『非常に改良しがいのある鎧装だったので、割と好きにさせてもらった。既存の機能は調整に止め、実績のある最近の機能はだいたい追加してある。これが、君が生きるための役に立つことを願っている。』
別紙には追加機能の一覧があった。なんか、二〇以上書いてあるが、チンプンカンプンだ。車検出したら付いてくる工賃表みたい。師匠に見てもらったら、定番の補助機能と最新の衝撃吸収機構と安定化機構が付いてるという事だ。
王国で有数の技術者に、最新の技術でチューニングしてもらっただと……。ちょっと待て。大丈夫かこれ。放置品を引き取るのと訳が違うぞ。お得すぎてなんか素直に喜べない。なんか微妙な気分になってたら、不意に私の中の何某が動き出した。鎧装のスペックが表示される。別にこれ自体に不満があるわけじゃないよ? お、鐘の概念を理解してる。王都に行ってからこっち、ずいぶん世情に詳しくなったな。
・区分 一六級 二鐘以上 → 三鐘以上
・環境観測 測定範囲向上、測定感度向上、指向性追加
・遮蔽、隠蔽機能 機能回復
・最小構成質量 14.8トン → 16.14トン
・最大構成質量 24.3トン → 47.26トン
・構成速…………
・応答……
・出…
危ねーっ! これ三鐘用装備だ。というか、よく見たら最大構成質量47.26トンって五鐘クラスだ。私も完全体目指して頑張るのか。お互い先は長いな、ラキ。
その日の夕方には探題で書替えを完了して、自家用ロボの入手を完了した。アンリもフルスペック『剛鉄』にアップグレードだ。ここも長いので探題の職員さんは見知った人が多いが、こんな緊張した様子を見たのは初めてだ。普段の気さくな感じから、なんかこう……何者なのこの子みたいな感じになった。すいません。私にも自分がよく解らんのです。
ところで、この『銀閃』のレストア品。師匠の見積もりだと日本円換算で数千万だそうです。本体別で。嫌がらせとしては絶妙です皇太子殿下。胃が痛いです。




