第14話 貸倒引当金
王都に着いて7日目。明日、やっとここから解放され帰宅できる運びとなった。どうも私が思ってるより、遥かに『私』は危険な存在と疑われていたようだ。ただ、先日の権限確定以降、ずいぶんと行動が自由になった。
残念ながら王都観光は許可されなかったが、宿泊施設周辺で稽古付けてもらう程度の事は可能になった。つい先日まで、要件以外では部屋から一歩も出られなかったから、割とがっちり軟禁されていたという事になる。まぁ、ホテル暮らしの様な至れり尽くせりだったので、師匠、アンリ、含めて全く不満は出なかったけど。
という事で、実質的に行動可能な最終日になって取り返しのつかない事態になっている事がわかった。
「遠征は東の都市? ですか、師匠」
「超極秘だ。目標はイールバスの衛星軌道投入施設。元は17期の長期遠征を5期に短縮だそうだ」
宿での昼食後、ベッドルームでお茶してた時の事だ。なんとか顔に出ないように、顔に出ないよう意識してることすら気取られないように。私の目標は西なのよ、めちゃ泣きそう。いや、そんな施設があるならそっちで良くないか? というか、34年攻略を10年?
「師匠。短縮しすぎじゃない?」
「いや、そうでもないんだ、アンリ。もともと6期の短期攻略だったんだ」
「まさか、戦死者が一定数を超えないようにした結果、全体では……なんて」
師匠はうんざりした顔で頷きながら、私に向かって人差し指を振る。その後、簡単に遠征の概要を教えてもらったが、……業地の1ブロック400キロが3.5ブロック分あるんですけど。
「あの……師匠。先史首都の方が近いのでは?」
「気持ちは判る。パシモル方面は中途半端な長期攻略のせいで、クオンの数こそ減ったが馬鹿みたいに強くなってるんだ。あそこで集団戦は無理だろ。どうだアンリ?」
「みんな四鐘ぐらいあったらなんとかなるかな」
「それこそ無茶な話だ。四鐘以上なんて、王国の全想甲兵30000余名の内の1708名、猟兵は1220名しかいない」
所謂、超ベテランだ。確実に東の遠征に駆り出されるだろう。まいったな、売掛した情報が焦げ付いちゃった。というか、そもそもラーラの名代なら情報提供は当たり前だし、報酬見込んじゃダメでしょ。絶望してベッドに倒れ込む。何を思ったのかアンリも倒れ込む。なぜに私の上に乗るのか。
「師匠。強制徴用とかありますか?」
「一応、最警戒区域だから大丈夫だとは思うが……軍関係の異動はあるだろうな」
「師匠。私サンザノがいい」
「アンリは探題猟兵だから断りゃいい。軍属じゃないんだし。ストラは、まぁ大丈夫だろ。むしろ近づかないで欲しいくらいじゃないか」
だいぶ緊急事態だが、背中の感触でだいぶ緩和されている。アンリ、私を吸うのをやめて。けっこう恥ずかしいぞ。それ。
しばらくして、王立技巧院からの使者が来た。あのピンクブロンドのデコ出しロリ女傑(成人)からの連絡だ。移植した想甲兵のデータ共有がうまく再現できたとの事。王都滞在最終日の明日、お礼を兼ねて昼食のお誘いを受けた。もちろん師匠もアンリもだ。身内も同席するとのこと。誰だろうか。
先日の準備不足で大失敗した会見後、翌日には要件をまとめてコスナー氏に託しておいた。また、彼には思考核専用端末の中継器を数台用意してもらった。この中継器も先史の遺物で現在使えないただの置物だが、私に付与された機能が一部移植可能だと私の中の何某から教えてもらった。
この何某、性能の問題なのか、制限されてるのか、勝手に出てくる割に個人的な質問には『はい』『いいえ』ぐらいしか答えない。むしろ返事することが稀だ。さんざんアイデア出して「思考核専用端末って使えない?」と聞いてやっと口を割った。
結果的に移植は上手くいったようなので、下記の想甲兵の機能が復活する。
・想甲兵機体の距離が5キロメートル以内であればデータリンクが可能
・想甲兵からは状態、環境データ送信。受信は簡易の何種類かに限定される
・操縦装置部分さえあればデータ中継可能
・情報の解析は思考核専用端末の中継器でのみ可能(12機現存)
・中継器から全機体へ同時発信可能。送信内容は何種類かに固定
・中継器同士でデータ、映像、音声の相互通信可能。範囲は20キロメートル
・クオンからは見えない特殊な通信
リンク範囲の5キロメートルというのは、その範囲内に機体があれば数珠繋ぎで何百キロ先でもデータが送れるということだ。操縦装置部分だけ装備した通信兵的な人員でも代替可能だ。注意点として、私の機能的なクローンである中継器は、その送信範囲も含めて、けっして業地に接触してはいけないということ。マリエス要塞でクオンが私にまっしぐらしたのと同じ理由。周辺のクオンを強力に誘因するからだ。うん、知ってた。
あと、分析系クオンはとんでもなく優秀で『クオンからは見えない』のに数年でプロテクトを突破してくるらしいので、データを与えないことが最優先なのだそうだ。私の中の何某からは、管理できない状況は避けたいという意思が感じられた。出し渋ったのは、その辺の事情もあるのだろうな。
◇
ああ、またこのパターンか。
「まぁ、ここは姪が世話になった礼にきた叔父という事で」
「驚かせてすまない。有益だとは思うので我慢してくれ」
昼食会とはいえ、しゃれっ気のないOLみたいな恰好のカイナ女史。見た目お姫様枠なのに、それはどこ需要なのだろうか。それとニッコニコのシルバーグレイの学者然とした凄まじくかっこいいおじ様。
師匠の「ご無沙汰しております」(んなわけないだろ。なんでこんな場所にいらっしゃるのか)に対して、イケオジの「噂はかねがね」(わかってるな。空気読めよ)という返し。この緊張感。会長クラスか。あ、いや、国王様ではないんだ。さすがに王様の顔は兵役の座学でさんざん見たから知ってる。
ここは知らん振りするのが最善と見た。アンリは元気いっぱい挨拶していた。
「……アンリ・マトス。剛鉄ミーリャの娘さんかね」
「はい! 母です。覚えてもらえててうれしいです」
「優秀な猟兵だったと聞いている」
「はい! 母に追いつけるように頑張ってます」
この流れでアンリの家族の話が出るとは。やっぱ亡くなってるんだな。イケオジの顔が完全に孫を見るおじいちゃんの顔になってる。この場所に着いてからずーっとアンリと手を繋いでるんだけど、手に緊張が走っている。まだこの話はしない方がいいなと思った。
幾つか技術的な質問を交えつつ、食事は進んだ。
今回供出した機能は、通信やデータの取得種こそ私の劣化版ではあるが、より大量のリンクに関しては圧倒的に高性能だ。実験室の再現テストではシミュレーターの性能上限を超えたため、総接続数は700以上としか解らなかったそうだ。
そして、中継器同士の通信は、この世界では唯一の安全な無線通信になるだろうとカイナ室長は喜んでいた。あと、たぶん現状だと共有されるデータは数字でしか出てこないので、表示やインターフェイスは別途用意する必要がある。コスナー特技官には、ぜひここの人向けのカッコいいUIを仕上げて欲しい。
そして食後のお茶になったタイミングで、おじ様から話しかけられた。
「ストラ君、だったね。今回の件も思考核の指示かね」
「あー……いえ。うっかり漏れてしまいました。困りました」
「何が目的かね?」
ド直球だな。というか師匠。なんでそんなハラハラした顔するの。カイナ室長も興味深げな顔してるし。何かの足しにならないかなと思ったのは確かだけど、命を引き合いにするのは違うかな。
「どうか勝つためではなく、生きる為にお使いください。それだけです」
「……恐らく効果は絶大と考えられる。のであれば、内心を隠す努力は認めよう」
一応本気で思った事を伝えた。お前の隠してる何かは、今回の件で不問にするって事か。だとしたら、ありがたいのか、損なのか。というか、何で知ってるの? ブラフ? イケオジはお茶を一口飲む。
「さて、これから先、すべての部局において君に関わることは恐らくないだろう。以降の予定は?」
「アンリを手伝いたいと思います」
「なら、これから助かる才能の礼として……そうだな、剛鉄の邪魔にならない程度なら問題なかろう」
「叔父上、まさか……」
「よろしく頼むよ。カイナ」
意外な方向から流れ弾を食らったのか室長がしかめっ面していた。それでもなんか可愛いのはすごい。それで、部局ってなに? とりあえず干渉されないなら朗報ってことでいいのかな?
「それから、ルキルシアでは個人的な実験を行っている。気が向いたら手伝ってやってくれ。連絡は入れておく」
後ろで控えていた秘書らしき男性が、私のカップの隣に黒いカードを置いた。アンリにも。師匠は軽く驚いていた。たぶん何のカードか知ってると思われる。詳しい話は師匠に聞けってことだな。たしかルキルシアって東隣の探題だったよな。
昼食後はカイナ女史に連れられて、技巧院へ向かった。帰りの船は夜間に出発なので時間は十分にある。受付を通過して向かった先は、以前コスナー氏に案内された過去の武器の展示場だった。
ちなみに、室長と私が150センチ弱、アンリが160センチ弱、師匠が180センチちょい。どう見ても師匠が学校の引率の先生だ。そんな集団に、廊下ですれ違うすべての研究員が道を開ける。やはり想甲工学研の室長、この想甲兵部門のトップなのだなと実感する。そんなこんなで展示会場の閑散とした最奥のエリアに到着した。
「オースエル卿、返上品の倉庫を開けてくれ」
「はい、カイナ様。お時間はいかがいたしましょう」
「そうだな、1時間ほどお願いしよう」
中年のおば様がなにやら物々しい装飾の棒? を壁の穴に突き刺した。ここ扉なのか。どう見ても展示室の壁なのだが、奥へ開いていく。そして全員の入室が終わると再び扉は閉められた。カイナ室長が奥へと歩きながら説明する。
「ここの所蔵品は、王家から下賜された想甲兵が、不幸にも継承されず返還されたものだ。比較的性能は高いし、喪失した機能を持つものも多いが……」
「癖が強くて継ぎ手がいなかったんですね」
師匠が話を繋ぐ。跡継ぎ不在って事か。体形が特殊すぎて扱いづらいとかはありそうだな。想甲兵って人の運動をトレースするから、機体の形の影響をもろに受ける。既製品に合わせるのけっこう大変なんだよ。まさかカッコ悪いとかじゃないよね。
奥の部屋は、壁一面が収納でたくさんのケースが置いてあった。シンプルな物、意匠を凝らしたもの、大きな物、小さな物、概ね旅行用のトランク程度の大きさだ。
室長からカタログみたいな分厚い冊子を渡された。ざっと見た感じ、確かに、こう……この世界版の中二病だろうか。トゲトゲしたのとか、妙に手が長いとか、真ん丸、巨大すぎる角、多椀、多脚、あきらかに煮詰まってる。処分品だろこれ。
その時、私の中の何某が反応した。え? 見て回れ? 目録を閉じて周辺を歩く。感覚的には、どうも直接機能を見ている感じだ。ほどなく右から3列、4段目の綺麗な銀のケースを指差した。師匠が降ろしてくれた。カイナ女史が驚きの声を上げる。
「ああ、継いだ家系の物があったのか、よく見つけたなストラ君」
ケースにも目録と同じ図版が張り付けてあった。見た目は極普通の十六級の想甲兵で、確かに私が受け継いだガシーダンの家紋があった。そんなセンチメンタルな事情じゃあるまいに。スペック表を見ると構成速度と応答速度が強調表示された。桁が違っていた。完全なスピードタイプだ。
追記で未記載事項が脳内表示された、搭載センサーも周辺の物と比べて種類も多く、感度も良い。強襲斥候型と言っても良いだろう。スペックだけ見たら間違いなく当たりだが、きっとかなりピーキーな代物だ。でなければ残ってるはずがない。
結局、20分ほどで決めてしまった。30期ほど置いてあった割に綺麗なケースの中身に問題はなく、室長の簡易検査でも、すべての鎧装に異常は無し。彼女の話では、一応『銀閃』という銘がある。ただ、珍しく搭乗者の二つ名の方が有名すぎて目立たなかったそうだ。
どの鎧装も白いコンパクトなタイプで、頭の鎧装──応兜という──がヘッドホンみたいな形だったのも気に入った。私が選んだ鎧装を見ながらカッコいいを連呼しているアンリの応兜は、確かティアラ型だったか。
さて、鎧装の調整と移譲手続きは室長がやってくれるそうだが、さすがにすぐとは行かない。到着は2~3カ月後となった。
ちょうど昇鐘試験の頃だ。これはなんとしてもクリアせねばならない。しかも中量十六級なので二鐘以上が必須だ。車はあっても免許がなければ乗れないのだ。なにより、いきなり専用機だ。男子としてはこのチャンスはぜひ物にしたい。ちなみに猟兵の二割は専用機だ。珍しくないのがいい。とりあえず、0から比べれば予想以上の成果と伝手を得た。得たよね?
帰りの船は希望通り新造船となった。残念ながらこの船のスイートデッキは王家とその縁戚専用という事で、一階下の貴族向けの一等船室となった。船代は王家から出てる。太っ腹だ。帰りは特に護衛が付くこともない。無害認定されたと安心しておこう。まぁ、師匠自体が護衛ではあるけど。
意外だったのはカイナ女史が見送りに来てくれたことだ。コスナー氏も来てくれた。てっきりアレに夢中になってるかと。「まぁ、私をここへ送らせたんだがな」という熟女児に苦笑いするイケメン天パ。
「お世話になりました。カイナさん、コスナーさん。仕事増やしてごめんなさい」
「ははは、いや全くだ。次はぜひ遊びに来てくれ。うちが全力で面倒見よう」
「ストラ君。僕は初めて命を救えていると実感してる。本当に感謝してる」
なんか不意を突かれて猛烈に照れ臭くなった。見送りの二人に無事を祈られつつ、私たちは王都を後にした。竜巻のような1週間だった。
そういや、どこにもお土産売ってなかったな。そういう文化はないのか?




