第13話 権限
午後になってみんなで隣の陵地、パボラ区の研究所へ向かった。車で片道2時間ほどの移動だ。先史文明の研究所だけど、王都に持ち込みできない種類の物品の保管、調査、復元を担当している。と、聞いて若干ビビる私。街中に戦車とか展示してるのに、持込、使用、製造厳禁って何事だろうか。
実際、施設の警備が物々しい。この陵地は業地の隣接地、いわゆる汽力線地区だが、この場所は王都側に近く境界からはとても離れている。だが、想甲兵が少なくとも六機以上起動展開しているので、業地内のマリエス要塞より警戒が厳しい。
「コスナー特技官。元気そうだな」
「バーク特技官。貴方も元気そうで何よりです」
出迎えてくれたここの特技官は研究者というより、アスリートだった。赤髪の角刈りでムキムキな体が制服から漏れ出ていた。コスナー氏よりだいぶ年上。そしてたぶんこの人も偉いさんと思われる。
「レボンド男爵、ようこそおいでくださいました。あまりお構いできません事を先にお詫び申し上げます」
「気にせんでください、バーク特技官殿。ただのお守りですから」
そして、私とアンリの方を向く。
「君がストラ君だね。原初の民に会えて光栄だ。君には迷惑かもしれないけど、今日はよろしく頼むよ」
「アンリさん。家族として心配とは思うが、安全には万全を期すと約束するよ」
挨拶が終わると応接室に通され、その後私だけ別室へ向かった。そこは普通の会議室だった。バーク氏に勧められたイスに座ると、今朝から続く儀式めいた作業がまた始まった。要するに、準備された箱から次々出てくる謎の道具の検品だ。
バーク特技官から渡され、一頻り触って返す。特に反応はない。バーク氏の他には、検査機の担当と私から受け取って片付ける担当。もちろんコスナー氏もいる。
今回のは部品単体が多く、ぱっと見何だか解らないものが多い。ただ、見覚えのある物があった。赤や青の歪な球体から背骨みたいなケーブルが生えてる物体。
「これ、ひょっとしてクオンの部品ですか?」
「よく知ってるね。見ただけかい。触ったことは?」
「はい、2個ほど。赤い物と青い物です」
あとは手ぶりでメロンと大玉スイカぐらいのサイズ感を表現しておいた。
「比べてみて何か解る事があるかい?」
「えーっと、なにか空っぽ? みたいな印象です。圧迫感みたいなのがありません」
「ほう。帯域は業地で抜いてあるから実際その通りだ。感じ取れる人間は多くはない、猟兵の才能があるようだね」
補足すると業地で想甲兵が使う送信動力は、クオンから回収したものを使ってる。スマホで言えばSIMを抜いて割当容量を再利用する感じだ。アンリの主な収入源でもある。なお、こちら側は対策しているので、やられたとしてもクオンに取られることはない。
1時間ほどすると連絡が入って、施設中央の試験室に案内された。開けた分厚い扉から、恐ろしく分厚い壁が想定される。室内にはなんというか、全身甲冑というか、恐らく想理による黒い装甲強化服を着こんだ護衛が二名、20メートル四方ほどの何の備品もない大きな部屋というより、殺風景な白い空間で待機していた。驚いたことに大型の銃を構えている。
「えーっと、こんどは何をするんでしょうか」
「大げさですまないが、決まりなものでね。危険はないと思うよ」
あんまりすまなさそうじゃないバーク特技官は、筆箱くらいの大きさの金属ケースを差し出した。
「今度は動かすつもりで試して欲しい」
金属ケースには三個の玉。ゴルフボールほどの大きさだ。ケースごと受け取ってよく確認すると、どれも赤い半透明の球体で、中心部でキラキラした粒子が漂っている。とりあえず床に座って、ケースから一個取り出した。
動かせと言われましても。あ、頭に言葉が浮かぶ。
「遊ぼう。起きなさい」
赤い球体が靄を纏う。銃を構える音にびっくりして球体を落とした。殺気増し増しな護衛から、恐る恐る床の球体へ視線を向けると、床に小さな白い塊。
それが起き上がった。小型犬くらいの大きさの狐のような、フェネックのようなそんな小動物だった。
「……クゥーン」
なにこれ、めちゃくちゃ可愛いんだが。抱き上げると犬っぽい仕草をしてくる。護衛の人、貴方たちの視界には美少女(♂)と戯れる愛らしいモフモフの小動物が映っているはずです。落ち着いてください。
よく見ると、今抱き上げた白いのの他に茶っぽいのと銀っぽいのがいて抱っこ待ちしていた。なんと、三つとも目覚めてしまったようだ。とりあえず、みんな抱き上げてモフモフ独り占めだ。みんなめちゃめちゃ甘えてくる。
「だ、大丈夫かい? ストラ君」
「え? はい。可愛いです」
「……停止はできるかな」
周囲を見ると護衛は相変わらず一ミリも油断せず銃を構えている。バーク特技官も警戒は解いていない。この部屋にはのぞき窓があるが、そこから見ているコスナー氏も緊張した面持ちだ。いや、どんだけ怖いのこれ。可愛いじゃない。
「おやすみ。また遊んであげるから」
後ろ髪が引き千切れそうな気持ちで停止宣言すると、ふわっと煙を纏うように姿を消して再び赤い球体へ戻った。やや警戒を解く護衛。球体を拾おうとする私を制止してバーク特技官が回収し、金属ケースに収納した。ここで皆の緊張が解れたのが解った。頭に浮かんできた仕様的に危険はなさそうだったけど、何か危ないのかこれ。
「バークさん。先ほどの子たちは何だったのですか?」
「そうだね。簡単に言えば……クオンの卵だよ」
「……クオン化させたら、私ごと破壊予定でしたか? バーク特技官」
「はは、だったら私はこの部屋にはいないよ。思ったより意地が悪いなストラ君」
「か弱いもので。聞いていただければ、中身は先にお伝えできますよ?」
「ほんとうかい?」
「先ほどのは要求質量は最大ロブ2.7。市販の玩具でした」
「構成ではなく、要求なんだね」
「構成自体は、私の基礎割当帯域で行いました」
「ス、ストラ君! 先史の市民権を持っているんだね!」
「はい。コスナー特技官。今でしたら王都周辺6区画で行使できます」
イケメン天パのコスナー氏がすっ飛んできた。
そうそう。「クオンの卵だよ」から先、話しているのは私じゃない。私の中からサポート(?)が出てきて、イベント会話モードに突入した。こんなん脳内で解説されながら説明なんて無理だ。
「コスナー。さすがにそれは事前に伝えてくれ」
「ああ、すいません。バーク先せ、特技官。かなり可能性が低かったものでっ!」
コスナー氏。あなた殿下と話してた時、たぶん確信してたでしょ。
それから細々と市民権行使範囲について質問されたが、せいぜいが先史時代の行政サービスとさっきの帯域なんかのベーシック・インカム的な権利ぐらいなものだ。ただ、先史の市民権は先史の仕組みでないと発行できない。現状において、圧倒的にユニークでかつ役に立たない権限だと思われる。なお、市民税は無しでお願い。
会話が暫く途絶えると、私に体が戻ってきた。また新たなジャンルの質問を思い付く前に、見た目なりの仕草で回避したいと思う。
「バークさん、コスナーさん。のどが渇きました」
特技官両名は顔を見合して微笑み。「では、お茶にしましょうか」と言った。試験室から出る時には忘れず、護衛に頭を下げてにっこり笑って手を振った。振り返す護衛を見て、可愛いって得だなと思わずにはいられない成人男性だった。
昔の教え子からの急な依頼。皇太子殿下の署名入りに軽い驚きを感じながら、関係各所に通達し、段取りする。殿下の署名入りなら大体の案件は通るが、知性核の持出しとなるとそうはいかない。
パボラ区を含め、王都周辺の6区画は一度も業地化していない、人類が死守してきた土地だ。したがって、この土地に存在した知性核はクオン化を免れていた。逆を言えばいつクオン化してもおかしくない状況だったといえる。
ここには厄災の終焉後の復興に必要とされる最低限の特技系知性核が集められている。他は全て廃棄された。怖くて仕方がないのに、使わない訳にはいかない。そんな矛盾がこの施設だ。
到着は予定通り。護衛は少ないが王家の近侍が付いている。あくまでも目立たず、しかし最大限に。殿下のそんなご意思が伺える。お守りとおっしゃる男爵は、民間繊維の大御所、確か近衛の五鐘ではなかったか。中々の手練れと聞く。機会があれば手合わせを願いたいものだ。
残り二人の少女。銀の髪の少女は保護者としての同行だ。もう一人の少女、いや少年か。我らが先祖『勇敢なる探検家』は長い航海に耐えるため仮性半陰陽だったらしいが、まだ性別が定まってないのだろう。
先に送られてきた医療文書には6期~7期(12~14歳)とあるのに、謄本には8期(16歳)とあって混乱したが、医療文書の方が正しいと認識した。
少年はいとも簡単に開けて見せた。それこそ子供がおもちゃの箱を開けるように。知性核を『開封』するには、先史の仕組みに個人として認知されている必要がある。コスナー特技官はそれを市民権と呼称した。
ただただ、今となっては驚きより恐ろしさが勝る。何か身の危険を感じたのだろうか、目が合ったほんの一瞬、彼の内から這い出たもの。獣の顎ではない。粉砕機の歯車、回転する巨大なノコギリ。そんな殺戮ではない処理。いったい、どの口がか弱いなどと宣うのか。




