第12話 プレゼン
沈黙
誰しも想定はしていた。ただ、余りにも急すぎた。
この凶報を齎した思考核ラーラの名代を否定するのは簡単ではない。目の前の映像を映す装置を使う為には、数万文字の暗号を紐解くに等しい労力が必要なのであって、つまりは最初から知っていたという事に他ならない。この場にいる全員がそれを理解していた。
トロラ王国現国王ラキド三世。ジキレクス皇太子。そして財、武、法、工、民。王国五大部局の最高責任者5名。今後十数年分のプランが今しがた全て無駄になったのだ、しばしの沈黙は許されるだろう。
王立技巧院の特技官の説明は続いていた。語り部は工局の大御所レバーク家三男、コスナー準侯爵。ラーラの名代と協力してこの装置を復活させた本人だと殿下から紹介されていた。少なくとも、五大部局の長と言えども悪し様に罵って良いような相手ではなかった事が、いくらか冷静に物事が進む助けになった。
国王ラキド三世はこの後、気象学者に検証させるつもりでいた。
最悪の場合、国民をどこに集めれば少しでも長く生き残れるのか、予測された6期(12年)後の生存方法を考えねばならない。国民に公開するつもりはない以上、勘ぐる人間は少ない方が良いが、こればかりは専門家が必要だ。技巧院の仮想予測という事になるはずだ。
皇太子は恐らく、予定されていた東方征伐の予定を早めるだろう。東の最大都市である旧イールバスには軌道投入投擲施設という衛星に物資を送れる設備がある事は分かっている。だが問題も多い。そもそも稼働するのか、そして権限が通るのか。なにより4つの業地、その距離300ケールの進軍。本来17期(34年)かける計画だったのだ。
ジキレクス皇太子は回想する。
コスコットから西の旧首都への侵攻が頓挫してから11期。久しぶりの大きな侵攻計画は他の部局からあまり良い顔はされなかった。重要生産設備の老朽化を懸念した財局、工局からの発案だったのだが、意外なことに大反対したのは肝心の武局だった。
徴兵が長期に渡った為、兵の質の低下が著しく、もうしばらくは志願兵を主に編成したいという思惑があったのだ。ただ、いざこういう状況であれば、もはや出し渋りもできない。幸いな事に兵站や輜重、予算の計画は終わっていた。あとはどれだけ人的損耗を許容できるか。そういう話になった。なってしまった。
そして忘れてはならない、タナメース共和国の動向だ。かの国は、この情報を得ているのか? 少なくとも4期前には知る機会はあった。こうなると、資源確保と通達してきた7月の国境付近の解放も再考の必要がある。不可侵区域には異常はないようだが、面倒な事だ。はたして……見逃しているのはどちらなのか。
それにしても、最初の使者を逃した事が悔やまれた。すでに調査を命じてはあるが、今回のように本人から訴えがなければ発見は困難だ。もし初回が落子と同じ生産人間なら絶望的だろう。彼女らは遺伝子を薄めるためだけの道具なのだから。
法局、民局、この二つの部局の長は、人工知性からの解放を長らく声高に訴えてきた。
人類には知性核も思考核も必要ない、もはや害悪とすら考えている。今回の件も、自らの生存のために、人類滅亡を交渉の材料にしたのだと結論付けた。
神気取りの機械風情が、賢げに人の行く末を騙るとは何たる不遜。彼らは大いに憤慨していた。
財局、工局の局長にとって厄災は経済を回す産業だ。
とはいえ、性急に過ぎれば要らぬ混乱を招く。ただ、今回に限って言えば『速さ』であると、この二人の見解は一致していた。本来の遠征計画でも、最短で6期、最長でも8期でケリを付けなければ、損害の方が遥かに大きくなると試算していた。だが、他部局が一時的に出る大量の戦死者予測に難色を示した。結果、17期に及ぶ非効率なばらまき遠征となってしまったのだ。今回の件で、初期案が復活するだろうと、不謹慎ながら福音だと考えていた。
武局。王国の役職は短いほど上位だ。
この『武』は武力に関する組織の頂点と言えるだろう。だが、この武の長は戦が大嫌いだった。現実を見ない尊大な法局、民局の人間が嫌いだった。人の生死を割合で論じる財局、工局の人間が嫌いだった。
人が減れば、それだけ才能が減る。人類の歴史は才能の歴史だ。これまで数多の才能が必要だった。これからの存続にはいったいどれだけの才能が必要なのか見当もつかない。天才を、秀才を、画才を、商才を、歌姫を、職人を、学者を、戦いで潰すのは許されない。だからこそ、戦いの才能を待つことにしたのだ。
人間相手なら戦争の規格化は有効であろうが、恐れず、数に勝る別の知性にはあまりに不利が過ぎる。クオンの進化を誘導するのだ。数ではなく優秀な機能こそ有利であると。数ではなく才能の戦いへと持ち込まねばならない。
武局が実施した『鐘』の階級システムは10期を経て実を結びつつある。戦いの才能がリスト化されつつあるのだ。いずれ少数精鋭で陵地奪還を目指す。彼はこの仕組みを、原初の開拓民にあやかり『勇者』と名付けていた。
◇
「じゃ、ストラ君。次これね」
「はい」
翌日早朝。コスナー特技官から次々と渡される受像機以外のあらゆる機器、装置。
自分でも驚いたのだが、本気で受像機以外反応しない。極端な話、受像機であれば王家の施設でも起動できるがそれ以外はまったくダメだ。操作用パネルならワンチャンと思うも、映るのはやはりいつもの映像だ。笑えるほどあらゆるフォーマットに対応させて同じ映像が流れるので、もはや滅亡映像再生BOTだ。
「いただいた爵位なりの権限があればと思ったんですけど……」
「ああ、問題ないよストラ君。むしろその方がいいかな」
「急に権限持ちが現れても困る……とかですか?」
「そうだね。たとえば殿下と同じ。とかね」
「……面倒そうですね」
幸い家電みたいなのは問題なく使用できるものの、権限が必要なちょっとした機材、施設、装置は反応がない。工具に至っては電動ドライバーみたいなのが動かせない。こういった軽微な機器類にまで権限(さすがに爵位はない)が必要とは。生まれた血統によっては仕事選べないな。
その後、付属の医療院で簡単な身体検査を受けてから王立技巧院の兵器開発の部署へ。棟は違うが場所は敷地内。武器扱ってるのにこんな街中で大丈夫かと心配になる。そこで色んな武器、装備、機械を渡された。この世界、銃は普通に存在する。光学系か電子系だかの銃があったし、火薬を使わない質量弾もあった。そして当たり前のように反応しない。
先史文明のすでに生産できない系の戦車、迫撃砲、ミサイル等、展示品となっていたこの辺りも反応なし。これはちょっと安心した。なにせ現在クオンには効かないので100%対人、対兵器用だ。ウェポンマスターなんてぞっとしない。
「うーん……。特定用途での横断的な権限は前例がないな」
「権限の確定って必須なんですか? コスナーさん」
「妙な憶測を払拭する意味もあるんだ。未だにラーラ辺りの原形思考核がクオンの発生原因だと思ってる人がいるからね」
「どっちかというと助けたいと思ってますよ、私も彼女も」
少し意外な顔をしたコスナー特技官。「僕らもそう信じてるよ」と言って寂しそうに笑った。アンリがしてくれた神様的な罪と罰のクオンの話は、子供向けのお伽噺ではあったけど、でもまぁ、民間の認識でもそんな感じなんだよね。
最後に、想甲兵部門へと向かう。試験施設ではないので、実機が歩き回るような場所ではない。主に戦術、動力効率化、使い勝手、想理構成、構造設計なんかのソフトウェア的な研究開発が行われている。言わば、国営の兵器開発研究所だ。そもそも見学できるような場所じゃないんだが、アンリの希望をコスナー氏が叶えてくれた形だ。師匠は普通に驚いていたので、コスナー氏の実家の強さを実感する出来事だった。
せっかくだし私の鎧装時の追加表示。なにか解るかな。話すと面倒事になりそうな気がしなくもないのがまた何とも悩ましい。んー。
「ストラ君。どうかしたかい?」
「あ、えーっと。想甲兵同士の情報共有ってどうなってるんだろうと思いまして」
「そういえば、三鐘相当らしいね。少し待っててくれないか」
コスナー特技官は、誰かを見つけたのか小走りでいなくなった。アンリと師匠には別の案内が付いて説明を受けていた。二人とも実績のある高ランク想甲兵なので、扱いは悪くないと思う。
「やぁ、初めまして。ここで責任者をしてる。カイナだ」
え、ちっこい。私と身長変わらん。中分けデコ出しで、くりくりのピンクブロンド。コスナー氏が室長と呼ぶ女性は、まじでお人形さんみたいな姿だった。
「は、初めまして。ストラです。すごい可愛いです」
「えっ! ス、ストラ君!?」
「コスナー特技官、こんな子に怒ったりはせんよ」
「あ!? ごめんなさい。カイナ室長」
「ははは、気にしないでくれ。君に言われるのなら悪い気はしないよ。同じアブレニとしても歓迎する」
そりゃ、こんな所で責任者なのだから、相当な戦いを潜り抜けてきた女傑だよな。コスナー氏の先輩みたいだし。
そして、少し青っぽいけど翡翠の瞳に、金髪になってはいるけど栗毛系の髪色だ。確かに私と同じ系統だ。そして背が伸びないのを確信。いや、男性は別か?
「で、何かな。想甲兵の情報共有についてと聞いたが」
「ぶしつけで申し訳ありませんが、お教えください。機能的に封印されてますか?」
「そうだな。どの道、中央集中型の情報共有は機能していない」
「個別分散型の情報共有がごく一部なのは、技術的な問題ですか?」
「情報防御の問題だ。思考核がカギごと墓まで持って行ってしまったのでな」
「少し……お時間を」
やはり想甲兵に乗ってる時の謎の便利表示は私自身の能力か。動画再生機能だの、戦闘介護だの、自動行動だのえらく便利な体だ。身体検査に変な所はなかったようだったけど、たぶん遠隔操作用だ。サイボーグみたいな造りじゃなかろうか。
それはいいとして、昨日の専用端末の解析は、私の内部情報を教えただけだったけど、今回は暗号生成アルゴリズム自体の開示が必要なんだけど……あー、たぶん無理っぽいな。機械性能的に共有したデータの安全性に難あり。と、頭に浮かぶ。
接続形式や暗号が解っても、古い無線LAN機器では通信の安全性が担保できませんよ。そんな感じだろうか。困ったな。
急に黙り込んだ私を、訝しがるカイナ女史にコスナー氏が耳元で経緯を話す。目下、私は頭の中の何某に諸々おねだり中である。いつまでも黙ってるわけにもいかないのだが、イケメンがコソコソ話で少女を誑かしてるようにしか見えないので、思考に集中できない。
「なるほど、君が予告もなく引き合わせた訳がわかったよ。ストラ君。正規の手順を踏んでくれれば優先して場は提供しよう。これも何かの縁だからね」
「失礼いたしました。カイナ室長。要点をまとめてからお話しするべきでした」
「まぁ、そういうこともあるさ。それとコスナー特技官。たまには家に帰れ、母上が心配しておられたぞ」
豪快にガハハハと笑う美少女(偉)、恐縮するイケメン。従妹か何かかな。しかし、初っ端の失言といい、自分で話振っておいて急に黙るとか失礼この上ない。カイナ女史が寛大で助かった。マジで自重しろ自分。
ところで、アンリと師匠の方は超低遅延の新しい構成構造の関節を試してたらしく、「肘が痛くない」と感動していた。私は、むしろ痛いのかと恐怖した。




