第96話 夏なので冷感下着なんてのがあるとうれしいよね
「痛いにゃ……暴力反対にゃ」
マキが頭頂部をさすりながらリビングのほうに戻って行く。
「自業自得! 食器洗いをしている最中になんていたずらしているのさ!」
思わず洗剤のついた手でゲンコツを食らわせてしまったわ。
骨が軋むような鈍い音がしたわー。
「まきさん、頭に泡がついています。こちらのタオルをお使いください」
「サンキュ~。さっすがレイちゃん! 気が利く~!」
ハンドタオルを受け取って頭をゴシゴシ。
泡は無事とれたみたいだけど、その代わりとばかりに髪がボサボサになっていた。
「まきさん、髪型が乱れています。直しますのでこちらにお座りください」
「サンキュ~。さっすがレイちゃん! 気が利く~!」
イスに座ったマキの頭に、ゆっくりと櫛を通していく。
レイは誰にでもやさしいなあ。
なんかちょっとモヤモヤ……。
(かえでくん。まきさんのファンデーションが付いて汚れてしまったので、下着を取り換えましょう)
えっ?
背後からレイの声がした気がして、振り返ってみたけれど誰もいなかった。
気のせい……?
じゃない!
ぼぼぼぼぼぼぼボクの下着が……ない!
いつの間にか抜き取られて、下半身がスースーだ!
(色違いになってしまうので、上も取り替えます)
「キャッ!」
ブラも剥ぎ取られた!
レイさん! ボクの制服の下が大変なことになっていますよ!
「ん~? カエデ、どうした~?」
ボクの小さな悲鳴に反応して、マキがこちらに視線を向けてくる。
「べべべ別に⁉ ちょっとお皿の水が飛んできてびっくりしただけっ!」
サッと背中を向ける。
ノーパンノーブラに気づかれたらヤバいっ!
「ふ~ん? レイちゃんありがと~! ヘアメイク上手! わたしの専属メイクさんにならないかい?」
「すみません、すでに心に決めた人がいるので」
「ちぇっちぇっ! だったら2人でわたしのダブル専属メイクさんになれば良いじゃ~んじゃ~ん」
だからダブル専属メイクって何。
すぐにボクを巻き込もうとするのはやめて? ボクはまだ人のメイクはおろか、自分のメイクも満足にできないんだから……。
「ひゃん!」
ちょっとレイ!
急に音もなく下着を穿かせないで!
めっちゃひんやり……。
(懐に入れて冷やしておきました)
懐に入れて冷える理屈が知りたい……。
まあ、夏なので冷感下着なんてのがあるとうれしいよね。
「それにしてもどんどん台風ひどくなってない?」
窓を叩く雨風の音がすごいことになっているよ。何かが飛んできて窓ガラスが割れたりしないよね? 何気に高層階に住んでいると、こういう時怖いなあ。
「これでもまだ最大接近の状態ではなさそうです。この辺りにもっとも接近するのはお昼過ぎの予定です」
レイが端末を見ながら教えてくれる。
おそらく、天気情報のサイトでも見ているんだろうね。
「どこにもいけなくてつまんないにゃ」
「この状態だとさすがに『帰れ』とも言えないし、まあ、しばらくゆっくりしていきなよ。台風が治まってきたらタクシー呼んであげるから早めに帰りなよ。明日から海外なんでしょ? 準備できているの?」
この状態で、明日飛行機が飛ぶのかちょっと心配になるけれどね。
「必要なものはもう全部現地に送ってあるよ~。とは言っても、だいたいが現地で買い揃えることになっているから、うちのマネちゃんが先に現地に飛んで準備してくれてる~」
「まあそっか。半年分の荷物なんて、トランクに詰めて持っていくわけにはいかないよね。旅行じゃなくて住むのと変わらないかー」
長期滞在って大変そうだなあ。
「ところでマキさんのマネージャーさんは男性の方でしたよね? 一緒に住まれるんですか?」
なん……だって⁉
マキが男の人と同棲⁉ まさか半年も1つの部屋で一緒に暮らすの⁉
「カエデ~。なんて顔しているのよ」
マキが苦笑する。
だって、男の人とだなんて……あの女の子大好き女優のマキが⁉
「もちろん女性よ。宿泊が絡む時は、サブマネージャーのマネ子ちゃんが担当するって決まっているから。さすがにうちの事務所でもその辺の配慮はあるって~。おたくのところほど徹底はしていないってだけ~」
サブマネージャーのマネ子ちゃん……。
本名じゃないよね、それ。
「ではその女性マネージャーさんとただれた生活を半年も送る予定なのですね。無事に帰ってきても、汚れた手でかえでくんに触るのはご遠慮ください」
汚れた手って……。
「爛れるか~! マネ子ちゃんは50歳のベテランマネさんだぜ? さすがにマキちゃんもそこまで覚悟決められないわ~」
熟女マネージャーに手を出す若手女優。
週刊誌のネタとしてはちょっとエッジが効き過ぎていますね。
「カエデ~。そんなほっとした顔しないでよ~。な~んか期待しちゃうじゃん♡」
ただ心配しただけですー。
妙な期待すんな!




