第47話 わたしはそれを『天使の口づけ』と呼んでいます
「こちらが珠玉の1杯です。どうぞお召し上がりください」
レイがボクたちの前に、茶色い陶器のコーヒーカップを差し出してきた。
カップの取っ手の部分がボクたちのメンカラーになっていて、気が利いているね。
ちなみに、色はユエユエが赤。ボクが黄色。ルーナちゃんが白。そしてレイの色は紫だ。
「これがコーヒー……なのね……」
ユエユエが眉間にしわを寄せながらコーヒーカップを持ち上げる。そのままカップに鼻を近づけて大きく深呼吸をした。
「ん~、良い香りね……」
目を閉じてその香りを堪能している。
どうやらお気に召したみたいだね。第1段階はクリア、かな?
「わたし、豆から淹れたコーヒーって初めて~。苦っ。お砂糖入れよ~」
と、ルーナちゃん。
取っ手の部分が白いコーヒーカップに、グラニュー糖を何杯も……。
「ああ、それは入れ過ぎじゃ……」
カップの中に白い山ができて……もう砂糖が溶けてないじゃん。そんなお約束はやらなくても良いんだよ?
「何よ! 楓ちゃんだってブラックじゃ飲めないくせに~!」
キーキー。
「ルーナちゃんは何を言っているんだい? スペシャルティコーヒーにミルクや砂糖を入れるのは邪道だよ? 素材の味を楽しまなくちゃね。ホントにおいしいコーヒー豆はブラックでも甘いのさ」
黄色い取っ手のコーヒーカップを口元に近づける。
「ああ、この香り。レイの淹れてくれるコーヒーは最高だよ。……深い味わいだ」
苦みの中にほんのり感じる甘さ。これこそがコーヒー豆本来のうまみ。七瀬マネージャーは「コーヒーが体に悪い」なんて言って、ユエユエに禁止令を出していたなんてね。ホントひどいヤツだ。
「甘いんだ? ふ~ん? 私も飲んでみよう!……苦っ! 苦いよ! カエくんはウソつきくん?」
ユエユエの眉間にさらに深いしわが寄ってしまった。
「ハハハ。ユエユエはコーヒーを飲み慣れていないからかな? ボクくらいになると、苦みの中に甘みを見つけることができるんだけど、コーヒー初心者のキミたちにはまだ早かったかな?」
たぶん何回か飲めばハマるよ?
「かえでくんのコーヒーにはあらかじめ砂糖を入れてあります」
「えっ⁉」
そうなの⁉
「かえでくんの好みはかえでくん自身よりも理解していますから」
「マジで……」
知らなかった……。
ボクはずっと砂糖入りのコーヒーを飲んでいたのか……。
それなのにコーヒーのうんちくを語ったりして……恥ずかしっっっっっ!
「その顔! カエくん……今どんな気持ち? どんな気持ちぃぃぃぃ~?」
「楓ちゃんウケる~! マジウケる~! マジウケチョモランマ~! 顔真っ赤! 超かわいい♡ 楓ちゃんチュッチュ♡ 愛してる~♡」
ユエユエとルーナちゃんが、ボクの大失態を見逃してくれるわけはなかった……。
マジでやらかした……。
「カエく~ん? なんだっけ? ミルクや砂糖を入れるのは……邪道?」
「コーヒー豆はブラックでも甘いのさ。キリッ!」
「いや~ん♡ カエくん最高過ぎ!」
「やっぱり楓ちゃんしか勝たん!」
ボクの周りを2人でグルグル回り、死ぬほど煽りに煽られる展開に……。
恥ずかしすぎて穴を掘って地底人になりたい……。
「うっさい! 良いじゃん! おいしければ何でも良いんだよ!」
レイー助けてよぉ! あいつらがボクのことを煽るんだよぉ。
レイが淹れてくれたコーヒーは最高だって、それを言いたかっただけなのにぃ!
「そうです。かえでくんの言うことがすべて正しいです。コーヒーに正解の飲み方はありません。その人がおいしいと思う飲み方が正解ですから、お2人も好きなようにアレンジして飲んでみてください。そのために最高の素材をご用意したのです」
「レーイー!」
ボクの味方はレイだけだよ!
「飲み方ね~。よくわからないな~。カエくんのちょっと飲ませて!」
「あっ」
言うが早いか、ユエユエはボクのコーヒーカップを掴むと、躊躇なくそのまま口をつけた。
間接キス……。
反対側だからノーカン?
「こっちのほうがおいしい! レイちゃん、私のにも砂糖入れて! カエくんのよりもちょっと多めで!」
「かしこまりました。これくらいでいかがでしょうか?」
レイがユエユエのカップにティースプーン4杯分のグラニュー糖を入れて、もう一度ユエユエの前に戻した。
「あ~、うん! この感じ! カエくんのよりもちょっと甘い……。カエくんのもう一度ちょうだい!」
「ああっ!」
ボクのコーヒー!
って、そっちはボクが飲んでいたほうの!
ホントに間接キスになっちゃった!
「なんかおいしさが違う気がする……。甘さはこっちのほうが良いのに、カエくんのほうがおいしい気がする……」
ユエユエが2つのカップを見比べながら首をひねった。
「そんなの簡単なことでしょ?」
ルーナちゃんがユエユエからボクのカップを取り上げて口をつけた。
「ん~、おいしい♡ 楓ちゃんが口をつけたことで、楓ちゃん成分が溶け込んだからでしょ。そんなの最高に決まってるじゃない♡」
「なるほどね!」
なるほどじゃないが……。
ボク成分って何?
「そこに気づいてしまわれましたか。かえでくんが飲み終わった後のカップを使って、もう一度淹れたコーヒーこそが真の珠玉の1品。わたしはそれを『天使の口づけ』と呼んでいます」
レイさん?
あなたいったい何を言っているんですか?




