第46話 かえでくんが好きなのは、グアテマラにある、秘密の農園のスペシャルティコーヒーです
ユエユエに会いたかった。
麻里さんには訊けないことでも、ユエユエなら教えてくれることがありそう。
そんな気がしたからってだけなんだけど。
「うれしい~。カエくんがそんなに私のことを思ってくれていたなんて!」
「えっ、いや、そういうのじゃなくて……」
思いのほか手放しで歓迎されてしまった。
ユエユエは、まだボクの背中にしがみついたままだけどね。
首を傾げて、顔を覗かせてくる。
裏表の感じられない笑顔だった。
笑うことができない、みたいなことを言っていた人とはとても思えないような、純粋な笑顔を見てしまい、あまり強く否定することができなかった。
「かえでくんはみつきさんの――」
「レイ、まあいいよ。今はとりあえず楽しく過ごそう?」
ここで言い合いになっても何も生まれないだろうし、流れに身を任せながら、こっちがほしい情報にタッチするんだ。
利用するみたいで悪いけれど、きっとそれはお互い様だと思うから。この間のデートの時、ユエユエがボクの後ろに七瀬マネージャーを見ていたようにね。
「普段誰も遊びに来てくれないからすっごい淋しいの~。ゆっくりしていってね。なんなら一緒に住む? ちゃんと人間用の宿泊施設もあるから心配しないで~」
ユエユエがボクの背中からふわりと降りる。
すぐにボクの手を取ると、入り口から奥に向かって歩き出した。
「お腹空いてる? お風呂入る? お茶にする? ゲームする? ライブする?」
「いや……とりあえず座って話でも……」
あいかわらず強引な人だなあ。
メイメイのテンションがフルMAXの時よりもさらに強い。こんなところで母娘の血筋を感じてしまうよ。
「映画見る? プラネタリウムもあるよ? 横になって星を見ると落ち着くよ~」
「みつきさん、かえでくんは激甘なコーヒーが飲みたいそうです」
「えっ?」
レイさん、急に何を?
「コーヒー?」
ユエユエの動きが固まる。
「ちょっとブラジルまでコーヒー豆買い付けに行ってくるね~。すぐ戻るから~」
ユエユエがボクから手を離し、入り口のほうに向かって陸上競技の選手のようなフォームで走り出した。
ブラジル⁉ 今から行くの⁉
「ちょっとユエユエーーー⁉」
と、背中に声をかけると、全速力のユエユエがピタリと止まった。
「私、ここから出られないんだったわ~。シッパイシッパイ。レイちゃん、だっけ? 代わりにブラジルに行ってきてくれる?」
「自動販売機でジュース買ってきて」みたいなノリでブラジル……パシリってレベルじゃない……。
「お断りします」
さすがにレイでもブラジルから豆は取り寄せられないよね。
「かえでくんが好きなのは、グアテマラにある、秘密の農園のスペシャルティコーヒーです」
グアテマラ? 秘密の農園? どこそれ?
「あそこで育てているコーヒー豆は、苦みと甘みが強く酸味があまりないのが特徴です。チョコレートのような香りがしてとてもおいしいといつも言ってくれます」
「あー、いつも淹れてくれるあれね? うん。なんでだろう。コーヒーなのにチョコレートみたいでおいしいよね」
そうか、あれはグアテマラってところのコーヒーなんだね? 知らなかったー。
「ふ~ん? グアテマラね? うんうん、あれはおいしいよね~。私もよく行くよ、グアテマラグアテマラ」
絶対知らない人のやつじゃん。
「そうよ、グアテマラなんて知らないわ! 国⁉ どこよそれ⁉ だって~~~、七瀬さんがコーヒーは体に悪いから絶対飲むなって言うから!」
ボクのほっぺた引っ張って八つ当たりしないで。
それを言ったのはボクじゃないれす。
「コーヒーは肌が荒れるし、胃腸にも負担がかかるし、スタイルは崩れるし、パフォーマンスに影響が出るからダメだって!」
それだけ聞いたら悪魔の飲み物じゃん……。
「そうかなあ。コーヒー大好きなレイは……」
お肌ツルツル、胃腸健康、スタイル抜群、代役でステージに立っても最高のパフォーマンス。
「気のせいじゃない?」
「新鮮なコーヒー豆を焙煎すれば、体に悪い影響はありません。カフェインの摂り過ぎにだけ注意すれば、みつきさんがおっしゃったような問題はおきません」
「え~、私騙されていたの⁉ このこの~!」
だからボクじゃないれすって。
八つ当たりしないれ。
「みつきさんは飲食はできますか? 味覚はありますか?」
「生命活動に必要かって意味で言えば不要だけど、食べることはできるし、味覚もあるよ~」
ボクはお腹もすくし、食べないと倒れちゃうのに、ルーナちゃんとかユエユエはそういう制限はないのかあ。ノノさんとイッキさんはめちゃくちゃおいしそうに焼肉を食べていたし、食は楽しみのため、って感じなのかな?
「それは良かったです。わたしが焙煎して、ちょうど2週間経って飲み頃のコーヒー豆を持ってきますので、これから最高の深煎りコーヒーをお出しします」
レイさんの目に力が!
自信満々だ!
「ふ~ん? 私に『おいしい』って言わせたらレイちゃんの勝ち。言わせられなかったら負けってことでカエくんはもらうね?」
ちょっと⁉
「望むところです。もしわたしが勝ったら、かえでくんの質問に答えていただきます」
そういう対決⁉




