第43話 ユエユエの名前の由来とは
ユエユエの名前。
たしか中国語で月のことを『ユエ』って読むんだよね。
あれはたしかいつぞやのライブ終わりのこと――。
「七瀬さ~ん。キビキビ働いてる~?」
美月が後ろから声をかけてくる。
ステージ衣装から私服に着替え終わったようだ。ほかのメンバーの姿は……ないな。美月はまた振り返り会をすっぽかして、1人でフラフラしているのか。
「暇ならグッズを車に積み込むのを手伝ってくれ」
今は絶賛ライブの撤収作業中。
舞台装置のバラシは専門のスタッフたちにお任せだが、物販で余ったグッズやCDを片づけるのはマネージャーの仕事だ。これがわりと重労働……。台車を使って何往復もしないと、この積み上げられたダンボールの山は片づかない……。
「嫌よ。ケガしたら困るもん」
「はいはいそうですか。俺がぎっくり腰になったら救急車を呼んでくれよな」
ま、最初から期待はしていない。
これは俺の仕事だし。
「七瀬さんも年なんだから気をつけてよ~? 雑用係兼おもちゃがいなくなったらみんな淋しがるし~?」
「今ちょっとバカにしただろう? そういうのはすぐにわかるんだからな?」
どうせ俺のことなんて、言うことを聞くパシリくらいにしか思っていないんだろうな。
「そんなことないって~。み~んな七瀬さんに感謝しているってば。愛してるぞ~、七瀬~!」
「そりゃどうも。ほら、仕事の邪魔だ。あっちいけ。しっし」
美月はほかのメンバーがいないと、何でこうも軽口ばかりなんだ。誰かがいると緊張している? いや、そんなことはないだろうな。カッコつけたキャラづくりか? メンバーの前でそんなことをする必要はないか……。
「いてっ!」
鋭い痛み。
ケツに何かが刺さった⁉
痛みの発生源を見ると……美月が手に持っている安全ピン……?
「おい! 何するんだ⁉」
「え~? 七瀬さんにも『ユエユエピンバッジ』をつけてあげようかな~って?」
三日月型の小さなピンバッジ。
わりと初期の頃に作ったグッズの1つで、もうあまり売れることがなく在庫が残っている状態だ。
「お前な……勝手に商品を開けるなよ。ちゃんと個数管理してるんだぞ?」
後で在庫管理表の修正をしておかないと。
余計な仕事を増やしやがって。
「しょうがないな~。お姉さんが奢ってあげるよ~。はい、800円」
美月の手のひらの上に小銭が並んでいた。
「いや、『サンプル使用』か何かで修正しておくから、別に金は良いよ」
「良いの! 受け取って! ちゃんと私が買うから!」
「……まあそこまで言うなら伝票処理しておくが」
レジも締めた後だから、どっちにしても面倒な作業ではあるんだが……。というのは言わないでおこう。きちんとしようとしてくれているわけだしな。
「じゃあこれ、七瀬さんにプレゼントね。今つけてあげるから動かないで~」
「だからなんでケツポケットに……」
「見えないところにつけたほうが、隠れファンっぽくて良いでしょ?」
「見えるところにつけて宣伝したほうが運営的にはうれしいが?」
「わかってないな~。特別感よ、特別感~。これで七瀬さんもユエユエファンですよ~と」
なるほどわからんな。
「ところで美月はなんでファンの子たちに、自分のことを『ユエユエ』って呼ばせたいんだ?」
わりと最初から自分でその愛称を推していたよな。
メンバーは誰も美月のことを『ユエユエ』とは呼ばないが、ファンの間ではしっかり定着しているし。
「え~、私の名前『美月』だもん。生まれながらにして美しい月の私が『ユエ』って名乗っちゃダメ~?」
「いや、別にダメではないが……美月は芸名だろう」
「良いの良いの。ここでアイドルをしている私は『秋月美月』。みんなのことを月のように静かに照らす存在でいたいのよ」
そう言って美月は小さく笑った。
とても控えめな、普段からは考えられないほどやさしい微笑み。
「美月はどっちかというと≪BiAG≫の太陽のイメージだがな。暑苦しいくらいギラギラにみんなを照らして、たまに焦がしているくらいだと思うぞ」
「七瀬さんひどい~! 誰が暑苦しいのよ~!」
腰をポカポカ殴ってくる。
「いてて。だから腰にダメージを与えるなって。ぎっくり腰になったらどうする?」
ただでさえ中腰になってダンボールを積んでいるんだから、わりと腰の疲労がやばいんだぞ?
「意地悪な七瀬さんなんてぎっくり腰になっちゃえ~! せや~っ!」
ケツに鋭いミドルキックが――。
「お……おおおお……おおおおお前ぇぇぇぇぇぇ!」
今のはマジでちょっとグキッってきたぞ!
膝をついて腰をさする。
これは本格的に整体に行かないとヤバいかもしれん……。
「感謝の正拳突きニョロ~! ハ~ッ!」
グキッ。
野乃花……お前……。
「あ、マネちゃん死んだし?」
「……死んでない」
だが、完全にやっちまった……。
「カエルの轢死体の真似なンよ」
「カエルなんて敵じゃないニョロ~。いつだってヘビの勝ちニョロ~」
「誰か……起こしてくれ……」
マジで動けん……。
* * *
んー、そうか。
思い出した。
「秋月美月って名前は芸名だったんだ……」
じゃあ本名は……?




