第42話 研究室の外で、レイとルーナちゃんと
麻里さんの研究室を出る。
扉の外には、レイとルーナちゃんが立っていた。
「楓ちゃん遅い~」
「かえでくん、おつかれさまでした」
ルーナちゃんが口を尖らせて不満を、レイは微笑みながらねぎらいの言葉をかけてくれた。
「ただいま」
2人の顔を見て、思わず「ふぅ」と大きく息を吐いてしまった。
はー、緊張した……。
「収穫は……訊くまでもなさそうね」
ルーナちゃんは苦笑交じりにお手上げのポーズを取る。
「一応ね、次のステージとやらに進んだから、ボクに掛かっていたプロテクトは全部外してもらえたらしいよ?」
今のところ、変な記憶しか思い出せていないけれどね。
「かえでくんがかえでくんではなくなっていってしまうのでしょうか……」
不安そうな表情を見せるレイ。
「いや、そういう感じはないかな。単に何かをきっかけに、封印されていた七瀬マネージャーの記憶が思い出せる、みたいな? 思い出したからといって、何かに役立つわけでもない記憶も多そうだし」
ユエユエにニオイを嗅がれた夢……。
現実の記憶かもわからない謎の……。
まあ、あれだ。
七瀬マネージャーは今のボクたちマネージャーとは違って、相当な激務だったんだなってことくらいは推測できる、くらい? 何日も徹夜してオフィスに泊まり込みとかヤバいなって。
「なるほど。その記憶がベースとなって、今のかえでくんができあがっているんですね。わたしも徹夜をして体を洗わないでおいたほうがうれしいですか?」
「いや、全部間違っているからね? 七瀬マネージャーがニオイを嗅がれるほうだったし、ボクは徹夜明けで饐えたニオイを嗅ぎたいわけでは……でもちょっと気になる……」
「楓ちゃんのエッチ♡」
ルーナちゃんがすかさず肘で突いてきた。
「気になるって言ったのは、そういう意味じゃなくて! レイみたいにかわいい子が徹夜しても臭くなるわけないよなあって。どんなニオイになるのか科学的な見地から実験を試みる必要性を検討していただけで!」
「楓ちゃんのエッチ♡」
「わかりました。3日ほど山籠もりしてきます」
背中を向けて歩いていこうとするレイの腕を掴む。
「待ちなさい。こういうのは想像だけで楽しむものだからね。そもそも七瀬マネージャーの記憶も、実際に起きたものとは限らないっていうか、たぶん徹夜続きで意識が朦朧とした時の夢なんじゃないかなって思うよ。ユエユエがそんなことをするわけないっていうか……たぶんしないでしょ」
たぶんね?
「それでは代わりに、1日お風呂に入っていないはなこさんのニオイで検証してください」
「花子は……1日で臭くなるからなあ。痛っ⁉ おお、花子もいたの⁉」
足に体当たりされて、思わずよろめく。
鼻息が荒いのはクマの花子。
まさか足元にいたとはね。ぜんぜん気づかなかったわ。
「がぅぅぅぅ!」
怒ってる怒ってる。
「花子は獣なんだから臭くて合ってるんだよ。ニオイを消すために香水とかつける人間が特殊なの」
「がぅ?」
「無理無理。花子の鼻はボクたちより何倍も良いんだから、自分の体に香水なんて付けたら、そのニオイで鼻がおかしくなるよ」
「がぅ……」
「しょんぼりしないの。一緒のベッドに入る前に、ちゃんと洗っているし、何の問題もないからね」
「はなこさんにはこれをあげます。無香料なので好きなだけ使ってください」
レイが花子に、ストラップ付きの小さな小瓶を手渡した。
「がぅぅ?」
花子は爪にストラップを引っ掛けて小瓶を持ち上げ、不思議そうに眺めている。
「レイ、それは何?」
「『警察犬も真っ青⁉ どんなニオイも原子レベルで分解し、ニオイの魂まで破壊し尽くす。二度と異世界転生さえも許さない悪魔のような消臭スプレー~もう犯人のニオイを辿れないワン……失業だワン……(無香料タイプ)』です」
「ふむ?」
「へぇ~、これが『警察犬も真っ青⁉ どんなニオイも原子レベルで分解し、ニオイの魂まで破壊し尽くす。二度と異世界転生さえも許さない悪魔のような消臭スプレー~もう犯人のニオイを辿れないワン……失業だワン……(無香料タイプ)』なの~?」
ルーナちゃん驚きの声を上げる。
「ボクは初めて聞いたけれど、その消臭スプレーって有名なの?」
「ぜんぜん知らないよ?」
「じゃあ、なんで今驚いたのさ……」
「お約束かな~って思って? ニヒヒ♡」
「常識を守らないルーナちゃんが、お約束とか言わなくて良いから」
「楓ちゃんひどい! わたしこそが『常識』という概念から生まれた存在。ルーナの語源は世界最古の言語で『常識』って意味なんだよ?」
「へぇー」
「興味なしか!」
興味なしだなあ。
だって月の女神のルナが語源だよね? ユエユエもそうだし。
あ、なんか今スイッチ入ったかも。
思い出してきた……。




