第41話 ユエユエがアイドルをやめた理由
「うーん、大して何も有用な情報が手に入らないなあ。ホントにボクに掛かっていたプロテクトってやつは外れたんですよね?」
疑わしい……。
「ああ、間違いない。ここの数値を見てみろ」
と、ノートパソコンの画面を見せられたけれど、なんのこっちゃさっぱり。
優秀なAIサービスにでも解読してもらおうかな。
「そろそろ次の会議の時間だ。また話をしよう。気になったことがあったらメッセージで知らせてくれ」
麻里さんが自席へと戻っていく。
「あーちょっと! 最後に1つだけ聴かせてくださいよ!」
何か1つくらいは情報を持って帰りたい!
「年齢は教えないぞ」
「それは……今日のところは諦めます!」
「ずっと諦めろ」
ケチ。
「ユエユエがアイドルをやめた理由! それだけ教えてください!」
いろいろなヒントがそこにある気がしているんです。
麻里さんに関係ない情報なら教えてくれますよね⁉
「ああ、そのことか……」
自席に座りかけた麻里さんが、もう一度ソファのところに戻ってきた。
その表情は、晴れやかとは言い難いものだった。
「どこから話そうか……」
麻里さんは一瞬だけ悩むそぶりを見せた後、言葉を続けた。
「前に零に預けた映像は見たな?」
「映像ですか?」
「≪BiAG≫のステージの映像だ」
ああ、あれか。
|ジャパンアイドルセレブレーション《JIC》の予選の時の……。
「≪BiAG≫のパフォーマンス中に、ステージで起きた事件のことだ」
サバイバルナイフを持った男が、ユエユエに襲い掛かり……それをかばった七瀬マネージャーが代わりに刺されてしまった……。
「あの後から、アイツは表舞台に姿を現さなくなった。現せなくなった、という表現のほうが正しいだろうな」
険しい表情。
「映像を見ましたけれど、ものすごく大きなナイフが深々と刺さって……口から血も吐いていたし……」
助かった……んですよね?
「一命は取り留めた。しかし、ずっと昏睡状態が続いたんだ……。救急隊員の話によると、あの状態で自らの足で歩いて舞台を降りたのが信じられない状態だったらしい」
しかも犯人の男を取り押さえながら、ですよね……。
血は吐いていたけれど、ユエユエを鼓舞するように声をかけていた……。
「もし私が……最初の処置に立ち会っていたら……。私はあの時……判断を誤った……」
麻里さんはそこで言葉に詰まって、ボクから顔をそむけた。
しばらく無言のままの時間が続いた後、麻里さんが再び話し始めた。
「外科手術自体は……うまくいっていた。しかしな……救急搬送されている間に……血液がな……」
震えるような声だった。
なんとか言葉を絞り出している、そんな感じだった。
「脳に深刻なダメージが残ってしまったんだよ。もうその時には、私にもどうしようも……」
脳に深刻なダメージ。
つまり、脳死……ということなんですか?
「体は生きていた。しかし、アイツが再び目を覚まし、≪BiAG≫とともに歩むことはできなかったんだ」
ああ、そうか。
そこでボクの……七瀬楓の物語は終わったのか。
あと少しで武道館ライブ。
あと少しで≪Believe in AstroloGy≫というプロジェクトが完遂するところだったのに。
あと少しで『歌ですべての人を笑顔にする』ことができたのに。
「七瀬マネージャーのいない≪BiAG≫は、その後の武道館ライブを成功させて、とうとう頂点に立った……んですね……」
そして、≪Believe in AstroloGy≫というプロジェクトが終わった。
「ああ、そうだ。だが……そこまでだった。美月はアイツがいない≪BiAG≫で歌うことができなくなってしまった。もはや歌う意味を見出せなかったんだ」
七瀬マネージャーとユエユエの2人で立ち上げたプロジェクトだったから……。
「美月は……アイツの傍にいることを選んだ」
1番笑顔にしたかった人の……。
それは……責めることができない……。
「それから美月は早月を出産し、その人生を終えた」
「じゃあやっぱりメイメイの父親って……」
「それは違う、とだけは伝えておく。アイツの名誉のためにもな」
「でも状況的に!」
「アイツの意識が戻ったという記録はない。だから違う。それは不可能だ」
「そんな……じゃあ、誰の子を……?」
麻里さんは何も答えてくれなかった。
ずっと七瀬マネージャーの傍にいると決めたユエユエがほかの男性の子を産むなんてことがあるだろうか。
でも、脳死状態ならたしかに子どもができるわけもなく……。
どうにも腑に落ちない……。
「美月がアイドルをやめた理由は以上だ。今日のところは帰ってくれ。もう会議が始まる」
麻里さんは、さっと顔を伏せて自席に戻ってしまった。
なんだろう……。
肝心なところがわからないままだ……。




