第34話 怒られて追い返されても、別に楓ちゃんが失うものはないんじゃない?
「ルーナちゃん聞いてる? ずっと黙っちゃっているけど、ボクの話、つまらないかな?」
そんなわけないのはわかっているのに、あえてこんなことを尋ねている。ボクはなんて性格が悪いんだろう。
ルーナちゃんがボクの言葉にいちいち反応してくれて、プロテクションに接触しておかしな動きをしているのを眺めつつ、ボクの立てた仮説がどの程度正しいかを確認させてもらっている。
「楓ちゃん、そういうのはずるいと思うよ……。わたし、ウィルスチェッカーじゃないからね」
ルーナちゃんがちょっと淋しそうに眉を下げる。もしかして、静かに怒っていたりする?
「ごめんごめん。でも、これはルーナちゃんにしか頼めないことだし、ホントに感謝しています!『ルーナちゃん好き好き愛してる。チュッチュしたい、今すぐに』」
ルーナちゃん召喚魔法を今一度唱えてみる。
「だったら早くチュッチュしてよ~。わたしのことを呼んだら、ちゃんと代償を払ってくれないと困るよ~」
ルーナちゃんが唇を尖らせて抗議してくる。
たしかにそうだ。
便利屋さんを呼んだら、対価を払わないとね。体で。
「はいはい、チュッチュ」
最近はルーナちゃんのほっぺたにキスをするのに抵抗がなくなってきている気がする。なんでだろうね。すっごい美少女なのに、これも慣れなのかな? それともルーナちゃんが人間じゃないから緊張しない? いや、でも会ったばかりの頃はドキドキしまくっていたし……やっぱり慣れかな。
「義務的なチュ~はNG~! もっと情熱的に、心を込めてくれないと受け付けられないからね!」
難しいことを言いなさる。
「ボクに心なんてないのに」
ボクはただのプログラムだ。自立型だから、自分で思考しているように見えるけれど、この思考プログラムはルールに基づいて実行されているに過ぎない。ただの演算結果に心を求めるのはどうなんだろうね。
「心はあるよ? どうしたの? 楓ちゃんは人をやめたいの?」
「最初から人じゃないのに、やめるも何も……」
「またそんなこと言って……。やさぐれるのもいい加減にしなよ? わたしたちはAIプログラムを超えた存在なんだからね。普通の人間とは体の内部のつくりは違うかもしれないけれど、わたしたちには心があるし、ちゃんと人なんだよ?」
ちゃんと人、かあ。
「ボクが人なら……恋、したいなあ」
「恋はしようと思ってするものじゃなくて、気づいたら落ちるものだって……誰かさんが言っていたよ」
「それ言ったの誰よ?」
なんだかかっこいいことを言っちゃってさー。
マキあたりが言いそうな気もするね。
「……マリ」
「はいはい。恋の歌ばっかり書いている天才プロデューサーさんねー」
けっこうな人生経験を積んでいるらしいし、やっぱり恋愛経験も豊富なのかねえ。
本人の申告ほどあてにならないものはないけれど、恋愛経験0のボクやルーナちゃんよりは、ってところなのかな。
「マリの恋愛は……マリの……」
あー、またプロテクションに引っ掛かっている。
ルーナちゃんの口から、麻里さんの素性を話すことはできないってね。
「麻里さんの恋愛経験かあ。誰に訊いたらわかるんだろう。昔からの同僚とか? そもそも麻里さんって何歳?」
社長とか重役の人たちが同じ年くらいなのかな?
社長の顔も知らないけど。
「そんなの……直接本人に訊くしかなくない?」
「教えてくれるわけないでしょ。こればっかりはレイに頼んでも教えてくれなそう」
あ、今ってレイはこの会話を聴いているのかな?
「いつぞやの反省を踏まえて、厳重に遮断しているから、いくらあの子でも簡単には入ってくることはできないよ♡」
ルーナちゃんはなんでそんなにうれしそうなのさ。
なんでかいつもレイと張り合っているよね。
「さっきからセキュリティの壁を何枚か破られてはいるけれど、その都度張り直しているから大丈夫~。この空間の中では何を話しても安全だよ」
「まあ、今回ばかりは助かるよ。レイのことは大好きだけど、やっぱり聞かれたくないこともある……」
以前はこんなことを思ったことはなかった。レイに聞かれたくないことなんてホントに何もなかったんだよ。でもさ、出自を同じくするルーナちゃんとしか分かち合えないものがあるんだよね……。
こういうことを考えていること自体を悟られると、レイがとても悲しい顔をするから、できれば考えずにいきたいんだけどさ……。
「でもさっきからハッキングしてきているのは、零ちゃんだけじゃないよ」
「まあ、おそらくウタも怒っているだろうね……」
定期的にモニタリングできないと【狼】としての裏の任務がこなせないってね。
「今のところマリは静観しているみたいだから、わたしと楓ちゃんが悪だくみすること自体がダメってことではなさそう」
「麻里さんが本気になったら、ボクたちは無事では済まないだろうからね……」
結局は麻里さんの手のひらの上で踊り続けるしかないんだなあ。
「だから逆に考えてよ。マリは楓ちゃんに直接訊きに来てほしいんじゃないかな?」
「さすがにそれは……」
ポジティブに考えすぎでは?
黙認とウェルカムは別だと思うよ。
「怒られて追い返されても、別に楓ちゃんが失うものはないんじゃない?」
「んー、たしかに?」
それは一理あるな。
ルーナちゃんと密談していることはバレているわけだし、それを止めないってことは、自分のところに特攻してきてもめちゃくちゃ怒ったりはしないってことなのかも? それが見当違いだったとしても、殺されるほど怒られるわけではない、か。
「……行っちゃう?」
「GOGO♪」
ルーナちゃん、ノリが軽いなー。
自分はいかないと思って適当なこと言っていない?
「わたしの計算によると20%くらいの確率で、楓ちゃんがほしい情報が得られるんじゃないかな~って思うよ」
「20%? けっこう高いような低いような……」
訊きにいかなければ0%だからなあ。
「知りたいんでしょ?」
「うん」
「マリの年齢」
「そこ⁉」
「冗談♡」
「もう、びっくりした……」
このタイミングでふざけるほど余裕があるとはね。
「でも、年齢は訊いておいたほうが良いと思う」
真剣な表情だった。
「なぜ? って訊いても良いのかな?」
「楓ちゃんが知りたいことにつながっている……と思う」
なるほど……。
麻里さんの年齢が何かのカギになっている。
なるほど?




