第32話 ユエユエがアイドルをやめた理由とメイメイが生まれた理由
「命にかかわるから、これ以上は調べないほうが良いと思うよ……」
命にかかわる。
ルーナちゃんはわざわざ言い直して、「命」という言葉を使った。
決して茶化すことなく、本気でボクの身を案じているということなのだろうね。
「でもさ、ボクは知らないといけないんじゃないかって思うんだよね……」
「何を?」
「ユエユエがアイドルをやめた理由とメイメイが生まれた理由」
「なんでよ。そんなことをメイメイちゃんが望んでいると思っているの?」
「メイメイはたぶんそんなことは望んではいないだろうね」
「だったらどうして――」
「このままだと、ボクの記憶のかけらが見せる幻影の通りになってしまう気がするから。武道館ライブの後に、メイメイがいなくなってしまう気がするんだ」
ユエユエと同じように。
「そんなの楓ちゃんの中にある記憶がバグって、美月がアイドルをやめた時のことが、メイメイちゃんにすり替わっているでしょ! 楓ちゃんは自分がまだ未来から来たって思っているの?」
「さすがにそれは思ってないよ。きっとルーナちゃんが言っている通りで、ボクが七瀬マネージャーから受け継いだ記憶が不完全で、≪BiAG≫と≪初夏≫がごっちゃになって混じってしまっているだけなんだと思う。普通に考えれば、メイメイが消えたのではなくて、ユエユエが消えた時の記憶なんだろうなあって」
そう、全部記憶のバグだ。
そう片づけてしまえればどんなに気持ちが楽か。
「だけど、そうじゃないんだ」
「そうじゃないって?」
「ボクはね、≪The Beginning of Summer≫のみんなが≪The Beginning of Summer≫になる前から知っていた。メンバーのことも、グループ名も、楽曲の一部も歌詞もダンスも……これってホントに≪BiAG≫の記憶と混じっただけのバグだって言えるのかな?」
ボクはそうは思わない。
自分が未来から来たのではないとしても、未来予知ではない何かだったとしても、本来知りえるはずのない記憶を持って生まれてきたことだけは確かなんだ。
「どう……だろうね……どう……だろうね……」
ああ、大丈夫。
無理に反応しようとしてくれたせいで、プロテクションに接触しまくっているのが見えちゃっているよ。ルーナちゃんは自分の命を大切にしてね。これはボクの問題だからさ。
「ボクは七瀬マネージャーの記憶の一部を持って生み出されたAIプログラムだ。つまり、過去なんてものもないし、未来からタイムリープしてきたわけでもない。そうなると、答えは1つだよね」
「どう……だろうね……楓ちゃん……」
良いじゃない。もう言わせてよ。
さすがにこれを言ったくらいで消されたりはしないでしょ? まだまだボクには利用価値があるだろうし、消されるとしても今じゃないはずだよ。
「ボクの中には、意図的に≪The Beginning of Summer≫に関する情報が埋め込まれている」
「楓ちゃん……楓ちゃん……」
ルーナちゃんの声がおかしい。
動きもひどくぎこちない。
どうやらこの仮説は正しかったらしいや。
「なんらかの目的をもって、≪The Beginning of Summer≫プロジェクトは動いている。今予定通り動いているかはわからないけれど、少なくとも初期段階では、《《誰か》》が描いたシナリオ通りに動かされていたんだろうね」
メンバー選定然り、デビューの仕方然り。
「あとは人狼ゲームみたいなものさ」
登場人物の中で誰が狼なのか。
「楓ちゃん、もうやめよう……」
ルーナちゃん、そんなに泣かないで?
ボクはまだ大丈夫だよ。
「主犯の【狼】が誰なのかはとっくの昔からわかっているんだ。でも、わからないのはその目的だよ。それがずっとわからないでいる……」
なぜボクたちにこんなことをさせるのか。
「ルーナちゃんがあとからやってきた【村人】なのはわかっているから安心して。もしかしたら、【狂人】の役割を与えられていながら、【村人】に寝返ったのかな?」
どちらにしても【狼】ではないのはわかっている。
ルーナちゃんがいくら【狂人】のムーブをしようとも、ボクはそれを咎めない。ルーナちゃんは与えられた役割の中で動いているにすぎないし、それを逸脱するべきではない。自分の命を守ることに専念するべきだ。
「≪初夏≫の中に【狼】がいるか。ボクはノーだと思っている」
これまで5人と関わってきて、それぞれがそれぞれの目的のために一生懸命アイドル活動をしていることを知っている。【狼】に命じられて行動しているようなメンバーはいないだろう。いや、いないと信じたい、だけなのかもしれないな。
もし≪初夏≫の中に【狼】がいて、その人にボクの命が刈り取られるのなら、それはそれで良いんじゃないかなって思うんだ。なんかね、それはそれでしあわせなことじゃないかなってね。
例えばハルル。
あんなにわかりやすくてやさしくて純真で、誰よりも情に厚いハルルが、ずっとボクたちを裏切っているだなんて……まあ、ありえないと言って良いほどにありえないよね。もしハルルに後ろから刺されるのなら、こんなにしあわせなことはないんじゃないかな?
例えばサクにゃん。
アイドルをやっている理由は自分のためにあらず。最初から人気アイドルになることとは別の目的があって、名前と顔を売って信用を積み上げるためにアイドルをやっているサクにゃんが、ボクたちを裏切る必要なんてないよね。
例えばナギチ。
幼い頃からアイドルに憧れ、自分には向いていないと一度はアイドルの夢を諦めた人。ピュアで一生懸命でひたすらかわいいナギチに与えられた願ってもないチャンス。それを必死になって掴んだ。今ここにいるナギチが誰よりもアイドルというものに固執しているはずだよね。
例えばウーミー。
アイドルになることは夢ではなく、当たり前に立つべきただのスタートライン。何をすべきか常に明確に見えている。今のウーミーの中にある計画上、現段階で≪初夏≫というグループに所属していることが絶対に必要だと信じて疑っていないだろうね。
「彼女たちには、それぞれ自分が信じた道を走り続けてほしいんだ」
自分のゴールがどこなのかは、それぞれがわかっているはず。
みんなが自分と同じゴールに向かっていないこともわかっているはず。
それでも今は、肩を並べて一緒に走り続けるタイミングのはずだから。
ん、ルーナちゃんは何か言いたそうだね。
「ああ、メイメイのこと? ボクは逆にメイメイのことは深く考えないことにしているんだ。なぜかって? メイメイがボクを裏切るはずがないと思っているから? 違う違う」
ボクにとって、メイメイがすることこそがすべて正しいんだよ。
メイメイが進む道が正解。
それがボクの命を刈り取る道だったとしてもね。
だってさ、ボクの命がそこで刈り取られたら、メイメイが先に進めるわけでしょ? じゃあそれが正解だ。
「だけど1つだけ、進んではいけない道。それは、メイメイが世界からいなくなる道」
それだけは絶対に避けなければいけない。
ボクはそのためにこの世に生を受けたのだから。




