第29話 楓と≪BiAG≫なデートをしよう♡ その23~ユエユエ(8)(終)
結局ボクは、ユエユエに何もしてあげられなかった。
声をかけることもできず、泣き続けるユエユエをただ抱きしめることしかできなかった。
デートの時間の終わりが近づき、迎えの車が来ても、ボクたちは一度も言葉を交わさなかった。再びアイマスクをつけて車に乗り込んでも、お互いにずっと無言だった。
けれどユエユエは、ボクと繋いだ手を決して離そうとはしなかった。
* * *
本社ビルに戻り、車を降りてアイマスクを取ると、ビルの前には≪BiAG≫のメンバー6人がいて、ボクとユエユエを出迎えてくれていた。
「おかえりなさい、カエくん」
トモちゃんがやさしくボクの背中に手を添えた。
「ただい……ま」
ひさしぶりに発声したせいか、ボクの声は少ししわがれていたかもしれない。
「お疲れ様」
トモちゃんはボクの背中をそっと撫でると、ユエユエとボクの繋がれている手をゆっくりとほどいた。そしてそのままユエユエの手を引いて歩き出した。
ほかのメンバーも、トモちゃんとユエユエの後ろから付いて行くようにしてビルの入口のほうへと歩き出す。
ボクはその様子をただ立ち尽くして、眺めることしかできなかった。
視界の端に、ビルの掛け時計が目に入る。
もう少しで日付が変わる時刻だった――。
彼女たちにかけられた魔法が解けることを意味しているのに気がついた。
「あの!」
無意識のうちに大声を出し、≪BiAG≫のメンバーを呼び留めていた。
「今日はとっても楽しかったです! とってもとっても!」
ボクの本心だった。
それに、こんな終わり方は嫌だと思った。
「みなさんとデートできて、とってもとってもホントにホントに楽しかったです!」
ノノさんとイッキさんが振り返った。
「カエくん、楽しかったニョロね~。次は魚を食べに行くニョロよ~」
「お酒が飲める年齢になったら、あ~しとイッキ飲み対決するし~」
2人が笑う。
高級焼肉デート、楽しかったですね。
ボクも20歳になったらお酒、飲めるようになるかなあ。
「それまでには恋バナの1つや2つ、用意しておくニョロよ?」
「う……善処します……」
お酒よりもハードルが高そうだ……。
「じゃあ、あ~しら行くし~。ブルンブルン~。バリバリバリ~」
エアー・ナナハンにまたがるようにして、ノノさんとイッキさんがビルの中に消えていった。
続いて、リミリミさんとササチカさんが振り返った。
「カエくんはもうちょっとおっぱい大きくするンよ?」
「もう、最後にかける言葉がそれなの? リミったら……」
「ほかは合格なンよ。若いし、かわいいし、若いし」
若いって2回言った。
リミリミさんはブレないな……。
「チカよりもおっぱいが大きくなったら迎えにくるンよ」
「ハハハ。がんばります……」
「その時は私、捨てられるのかしら?」
修羅場に巻き込まないで……。
「チカとはずっと一緒なンよ。明日もあさっても一緒なンよ」
「リミったら……。カエくん、またね。いろいろとありがとうね」
ササチカさんが甘えるようにリミリミさんの肩にもたれかかる。
「はい、こちらこそお世話になりました」
寄り添うようにして、2人のシルエットがビルの中に消えていった。
トモちゃんとサキちゃんが振り返る。
トモちゃんは、ユエユエの手を引いたままだ。
「カエくん、ありがとう。今日はカエくんとお話ができてとっても楽しかったわ」
「こちらこそ、貴重なお話を……」
≪BiAG≫のスカウトの話とか、トモちゃんの魔性の接客エピソードとか、とっても興味深いものばかりで。
トモちゃんが空いているほうの手で、ボクの髪の毛に手櫛を入れてくる。
「カエくんの髪きれいね。使っているシャンプーを教えてほしいわ。このニオイ、クセになりそう……」
ああっ、1日外にいて汗臭いと思うからニオイは嗅がないで……。
「トモはスキンシップ注意ウサ。カエくんがトモにガチ恋したらどうするウサ?」
「そんなのうれしいに決まっているじゃない? ね~、カエくん♡」
そ、それは……。
レイが聞いたらシャレにならないのでその話題はちょっと……。
おお? 無反応だ。
もう寝たかな? 助かった……。
「ホントに迫られたら困るくせに……ウサ」
サキちゃんのボヤキにも似た小さなつぶやき。トモちゃんは笑顔でそれを黙殺する。
「次はお寺に行くウサよ。絶対約束ウサ」
「はい、約束しました! お寺、楽しみですね」
今度は神下ろしならぬ、仏下ろし? サキちゃんはどんなダンスを見せてくれるのかな。
「もう時間ウサ。アチシは先に行くウサよ」
ちらりと時計を確認してからサキちゃんが歩き出す。
残されたのはトモちゃんとユエユエだ。
ユエユエは相変わらず何もしゃべらない。
「ほら、美月。もうカエくんとお別れの時間なのよ。言い残したことはないの?」
「トモちゃん、ユエユエは疲れているでしょうから無理には……」
歌って踊ったし、たくさん泣いたし……。
「今日は貴重な経験をありがとうございました。一緒にステージに立てて、ホントにうれしかったです」
こんな機会は2度と訪れないと思うので。
「ユエユエが笑顔になれていたら良いなって、そう思っています」
ボクは七瀬マネージャーの代わりにはなれないと思う。
ユエユエにとっての七瀬マネージャーは、唯一無二の存在だと思うから。
ユエユエがそれまで築き上げたすべてのものを投げ打ってまで手に入れたかったものだから。
だけど今日だけは特別な日だから。
ボクの中に眠る七瀬マネージャーのほんの一部でも感じとれて、ユエユエが心の中でだけでも笑顔になれていたら良いなって――。
笑顔のトモちゃんがボクに向かって手を振る。それからビルのほうへと歩き出した。
ああ、これでお別れか。
きっともう2度と会うことはないのだろう。
なぜだか、そんな予感がした。
もっと話をしたかった。
ぜんぜん時間が足りなかった。
≪初夏≫のみんなにもアドバイスをしてほしかったし、ボクの……七瀬マネージャーのことも知りたかった。
でも、もう――。
「あの! まだ、買ってもらったCDの握手券、使っていないと思うんですよ!」
苦し紛れに声をかけてしまった。
笑顔で見送れば良かったのに、往生際が悪いなと思う。
でも、これで終わりにしたくなかった。まだつながりがほしかったんだ。
「≪ルーナ with シュークリームシスターズ≫のトークイベントで買ってもらったCDのやつです! いっぱいいっぱいお金を使ってもらってボクのお給料がたくさん増えたのに、何もお返しできてない!」
だからいつか、もう一度会える日が来るとしたら……。
「ボクと握手してください」
そしてまたお話を聞かせてほしいです。
その時、ユエユエがゆっくりと振り返った。
「……手作りお弁当もね」
ちょうどビルの影になっていて、ユエユエの表情はわからなかった。
でも、きっと笑っている。
そんな気がした。
「はい! ボク、がんばって料理覚えますから!」
ナギチに教わってとびっきりおいしいお弁当を作ろう!
≪BiAG≫のみんながお腹いっぱい食べてのなくならないくらいの量のお弁当を作ってやるんだ!
「カエくん、ありがとう……」
「お礼を言うのはボクのほうです! ホントにありがとうございました」
「過去形にしないで」
「えっ?」
「私は、ずっとあなたのそばにいるから。これからもずっと」
仮初の肉体を失ったとしても、ユエユエは七瀬マネージャーの魂とともに。
きっとそういうことなのだろう。
「はい。ボク、がんばります」
七瀬マネージャーに近づけるように。
もっともっと立派なマネージャーになれるように。
「カエくんはカエくんだから。あの人とは違う。カエくんはカエくんのままであの子を支えてあげて……」
「はい」
ボクはボクとしてメイメイの傍に。
「でもいつか……私に気づいて……」
謎めいた言葉を残し、ユエユエとトモちゃんはビルの中に消えていった。
私に気づく……?
それはどういう意味ですか?




