第28話 楓と≪BiAG≫なデートをしよう♡ その22~ユエユエ(7)
「ねぇ~七瀬さぁん♡ 今なら誰も見てないよ?」
ユエユエがボクの耳たぶを甘噛みしながら囁いてくる。
まるで恋人にでも甘えるように。
「ユエユエ……?」
これはいったいどうしちゃったんだろう。
なぜかボクのことを七瀬マネージャーだと錯覚しているみたいな? 意識の混濁? ユエユエの持つ昔の記憶が混じってきちゃっている感じ?
わからない。
でも、これだけはわかる。今、ユエユエにボクの声は一切届いていなさそう。
それなら、七瀬マネージャーを演じてみるしかないのかな?
記録映像も残っていないし、どんな人なのかまったくわかっていないけれど、ボクだって七瀬マネージャーの記憶のかけらを引き継ぐ七瀬楓の端くれ。がんばれば……多少はオリジナルに近づけるはず? たぶん? おそらく?
「七瀬さぁん♡」
「ど、どうした……美月。疲れたのかい?」
渋めの男性のイメージで低めの声を……。
こんな感じで良いのかな……。
「ううん。ぜんぜん疲れてないよ~。楽しくて楽しくてしょうがないの。お客さんも楽しんでくれたかな~?」
「みんな楽しんでいたのと思うよ。美月のパフォーマンスはいつも完璧で美しいからね」
「うん……完璧か~。そっか~。私、またやっちゃったのかな……」
あれ? 反応が悪いな。
なぜだろう?
あ、そうか……ボクの原体験の時のあれだ。
ルーナちゃんが引き出してくれた、七瀬マネージャーとユエユエの会話にヒントがあったんだ。
“みんなが見たいのは完璧なキミじゃない。本物のキミなんだよ”
しまった。
七瀬マネージャーと真逆なことを言ってしまった……。
どうにか挽回しなければ。
「今日の美月は……いつもと少し違ったね」
「違ったかな? どこが違ったの?」
ユエユエはボクの背中にのしかかるのをやめて、正面に回り込んできた。
うまいこと食いついてきたかな?
「美月自身が楽しんでいるように見えたよ。一緒に踊った子の影響かな?」
自分のことを自分でちょっと持ち上げるのは、想像したよりもだいぶ恥ずかしい……。でもそれこそがユエユエに必要なことなんだと思うからがんばる……。
「そうなの~。すっごく変な子なの~。私の娘のマネージャーちゃんなんだって。私に娘よ? 信じられないでしょ? カエくんったら勝手にブレイクダンスを踊っちゃって。私のステージなのによ?」
それはごめんなさい……。
ド派手にぶちかましてやろうと思った結果なので許してくださいね……。
「すっごく変で、すっごく楽しかった……」
「美月が『今』を楽しめたならそれで良かったんだよ。楽しかったらガマンをせずにもっと笑ったら良いよ」
「笑ってるよ~。もっと笑ったらあごが外れちゃうって~」
うれしそうにカラカラと笑う。
「美月の夢は叶ったかい?」
「う~ん、たぶん?」
まだ疑問形だね。
「まだ叶えられていない夢があるのかな?」
「う~ん。……うん」
ユエユエはなぜかボクの顔を見てモジモジする。
「何かな? それはボクに手伝えること?」
「……うん」
モジモジ。チラチラ。
何かを期待するような視線。
この甘い……乙女な空気は……。
「みんなには内緒にしておくからボクにだけ教えて。美月の叶えたい夢は何?」
「えっと……あの……」
すっごい見てくる……。
なんだかとても言いにくそうにしているし、この熱っぽい視線はなんなんだ……。
「私のこと……抱いて」
「……は?」
いけない。
素で驚いてしまった。
えっ、いや待って待って。
……この2人ってそういう関係だったの⁉ マネージャーとアイドル……超スキャンダル⁉
「七瀬さんったら、いっつもそうやってはぐらかして……。私、もう子どもじゃないんだからね。平気なのに」
不満があると唇を尖らせる姿はメイメイそっくりだ。
ボクが何も答えられずにいると、ユエユエが腕を引っ張ってきた。
「だったらせめて抱きしめて」
ボクの腕を離し、両手を広げて待ち構える仕草を見せてきた。
んー、抱きしめるくらいなら良いのかな?
マネージャーとアイドルって、どこまでなら許されるのか……。わからない。
「わかったよ。おいで」
ユエユエを迎え入れて、正面から抱きしめる。
ユエユエのほうが背が高いから、ボクのほうがユエユエの胸に飛び込むような形になってしまうわけだけど、そこはうまくユエユエの脳内で補完してもらうとして……。
「七瀬さん……ふぅ……あぁ……」
想像していたより何倍も情熱的なハグだった。
体が溶け合うかと思うほど密着。マネージャーとアイドルではありえないほど濃厚で……もう男女のそれだ。
「あなたがほしいの」
ボクの首筋に鼻をこすりつけながらユエユエがつぶやく。
「たとえすべてを投げ打ってでも、あなたがほしい。他にはもう何もいらないの」
ああ、そういうことか……。
ユエユエがアイドルでいられなくなった理由。
みんなが崇める偶像でいられなくなったのは――。
「好きなの。もう止められないの……」
ボクの首筋に、大粒の涙がポタリポタリと落ちてくる。
ユエユエは泣いていた。
ボクは、いったいどんなふうに声をかけてあげれば良いのだろうか。
受け入れる?
拒絶する?
それともはぐらかす?
こんな時、七瀬楓さんはどう答えたのだろうか。




