第14話 ……愛するマキ様、ボクに台本の読み方を教えてください
「カット。カット10、チィタマのセリフ。もう一度。水道を見つけた時の喜びを表現してくれ」
「はい」
難しい。
超難しいよ……。
だって絵がないんだもん。ぜんぜん動いてないんだもん。
猫の落書きみたいなのに、吹き出しで「チィタマ セリフ」って書いてあるだけなんだよ?
どうしたらいいの……。
「暑いニャン! そこの水道で水浴びするニャン」
「カット。それは怒りだ。暑さで怒りを覚える演技は抑えめに。喜びへの切り替えを誇張して」
「はい……」
「暑いニャン! そこの水道で……水浴びするニャン!」
「カット。喜びの気持ちをもうワントーンあげて」
「……はい」
「暑いニャン……。そこの! 水道で! 水浴びするニャン!」
「カット。秒数収まっていないぞ。溜めを作りすぎるな」
「暑いニャン! そこの水道で! 水浴びするニャン!」
「カット。雑になるな。砂漠でオアシスを見つけた。それくらいの感動を表してくれ」
「暑いニャン……。そこの水道で! 水浴びするニャン!」
「カット。ん~、まあいいだろう。一応もらっておく」
一応って……。
なんでマキもハルルもぜんぜんNGを出さないんだ……。ボクだけついていけていない……。
「少し休憩にしよう。水分補給を忘れるな」
疲れた……。喉がカラカラ……。
お水お水。
「はい、これ。カエデちゃんのお水」
「ありがと。あー、生き返る……」
100回くらい同じセリフを言った気がする……。
「ぜんぜんうまく行かないよ……。どうしよう……」
「アフレコって難しいのね。演劇みたいにアドリブも入れづらいし」
というわりには、ハルルはわりと余裕の表情だ。ひさしぶりにナズナを演じるはずなのになんでこんなにスムーズに入れているんだろう。
「ちょっと台本見せて。……うわ、何これ! 書き込みがすごい!」
ナズナの気持ちを詳細に書き込んでいたり、原作の何話のシーンと同じと書いてあったり、ナズナの全部のセリフの付近にはびっしりと手書きのコメントが入っていた。
「前にマキさんに台本の読み方を教えてもらったの」
「ん、わたし? ああ、台本ね」
少し離れて座っていたマキが近寄ってくる。
マキの手元にある台本にも、ハルルに負けず劣らずびっしりと書き込みがされているのが見える。
一方ボクの台本はきれいなまま……。
「ボクにも教えて……」
「ん~? なに?」
「……ボクにも台本の読み方教えて」
「んん~? チィタマちゃんの声が小さくて聞こえないぞ~?」
マキがニヤニヤしながら、耳に手をかざして顔を近づけてくる。
くっ……人が下手に出たら調子に……でもここは頭を下げて教わるしか……。
「台本の読み方を教えてください……」
「チィタマちゃんは~、誰に~、教わりたいのかにゃ~?」
「マキさんに……教わりたいです……」
「マキちゃんのこと愛してる?」
ほっぺたをツンツン。
期待に満ちた熱い視線が……。
「……愛するマキ様、ボクに台本の読み方を教えてください」
「いやん♡ 告白されちゃった♡ ハルちゃん、式場の予約をお願い!」
「絶対嫌です!」
「あ~、逆らうんだ? 師匠のマキ様に逆らっちゃうんだ?」
「それとこれとは別です! カエデちゃんはぜ~~~ったいに渡しません!」
「破門? 弟子破門になっちゃう?」
「ぐぬぬぬ……」
にらみ合う2人。
低レベルすぎてついていけない……でも、台本の読み方は教えてもらわないと……。
「今は台本の読み方を教えてください……」
ボクにできることは頭を下げることしかない。
「まあ~、マキちゃん意地悪じゃないし~、カエデが将来を誓い合ってくれるって約束したし~、ここは特別に無料で教えて進ぜよう♡」
将来は誓い合っていないけど……。
「おし! じゃあカエデはさ、セリフは台本の通りに読み上げればいいわけじゃないのはわかるよね?」
おふざけモードから一転、声のトーンが変わる。
「それはわかるよ。映画の時にも……あっ」
「思い出した? そういうこと~。シーン全体の雰囲気、展開を頭に入れたうえで、各登場人物がどう立ち振る舞うのか、そのセリフを言う時に何を思っているのか。それらをしっかりとシミュレートすること。そしてそれを忘れないようにメモしておくってことが大事~」
それでハルルのあの書き込みになるのかあ。
「なるほどね……。なんとなく頭に入れているつもりだったけど、ちゃんと文字にはしてなかった」
「本読みの段階――今はアニメのアフレコだけど、完璧に役を掴んでいない状態の時には、とくに文字にしておかないと、忘れちゃうこともあるからね。監督たちの指示によって演技の方向性の修正も必要だし」
「それを見ながら冷静にってことね……。あれ、そうなると、ハルルの台本に書いてある『マンガ1巻のなんとか』みたいなのはなんなの?」
あれには何の意味があるの?
と、ハルルが台本を開いてボクに見せてくる。
「これは私のオリジナルよ。原作からキャラクターが離れすぎないようにしたいの。スピンオフで崩れ過ぎないように、原作のあのシーンを思い出して~みたいな感じで」
「原作愛! わたしはそういうのすごく良いと思うにゃ!」
「マキ師匠! ありがとうございます!」
美しい師弟愛だ……。
まずい、ボクだけ置いていかれないようにがんばらなきゃ。さっき麻里さんに指摘されたところも含めて、早速台本に書き込もう。




