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世界のはじまりは指先から【連載中】  作者: 桜木彩


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【054】謁見の間(4)

「あなたがすべてを支配していた――しようとしていたことは、すでに判明しています」


 突然、結論から入った宰相に驚くでも焦るでもなく、ルフィナは変わらぬ笑みを浮かべたまま(わず)かに首を倒した。

 が、何も言葉にしない。

 今し方、ドロテが泳がされたのを見ていたからだろう。不必要にドロテを泳がせたのは、おそらく、ルフィナに余計な言い訳をさせないためだ。

 これだけ大胆なことをしでかす人間である。自由に発言させていては、何が飛び出してくるかわからない。ある程度の牽制は必要だった。


「あなたはまず、ゾーイ・トレース――アンドレアン伯爵家の侍女に接触した。この侍女に、ヴェリア語に明るい城の人間を探させた。一般的に、貴族ではない一介の使用人に登城する機会は与えられないが、彼女は門番に金を握らせて城内に侵入したようです。この門番については……まあ、今は関係ないのでいいでしょう」


 宰相の口から、今までのことが語られていく。


「それで見つかった下女を、(くだん)の侍女がドロテ嬢に紹介した」


 いつかアーロンと話した、()()()()()()()()()()()()()とは、ゾーイ・トレースのことだったのだ。

 下女のほうから話しかけてきたというのは、やはり嘘だった。

 当初は同様のこと()を口にしていた下女も、事の重大さを認識した今ではすっかり青ざめ、訊かれたことには正直に答えているらしい。

 残念だが、同じ嘘でも、平民と貴族ではもたらす結果がまるで違うのだ。


「そもそも、ロズリーヌ嬢に脅迫文を送りつけるようドロテ嬢をそそのかしたのも、あなただ」


 ルフィナからの反応はない。

 かといって、素直にすべての罪を認めるというわけではないだろうから、反論の機会をうかがっているのかもしれなかった。


「ゾーイ・トレースの話によると、あなたはドロテ嬢と直接関わることを避けていたそうですな。それはそうだろう。私生活で親しくしているのを目撃されてしまうと、ドロテ嬢の行いが露見した際、自分まで巻き添えになる可能性がある。今後の計画を考えると、自分が疑われる要素は少しでも残しておきたくない。そのため、あいだにはいつもゾーイ・トレースを挟んでいた。彼女はあなたの指示に従い、偶然を装って城に滞在しているドロテ嬢に接触。()()であるロズリーヌ嬢の侍女だとでも言えば、簡単に食いついたでしょうからね」


 この辺はすべて、侍女長と下女の証言を総括した話だ。

 妙な言い訳の余地を残さないよう、宰相は細かく語っている。


「そして、ゾーイ・トレースを介してドロテ嬢をそそのかしてみたところ、ロズリーヌ嬢に脅迫文を送りつけることになった」

「――少し、よろしいですか」


 ここで初めて、ルフィナが口を挟んだ。

 宰相が口を止める。


「どうぞ」

「ドロテをそそのかしただとか、ロズリーヌさまに脅迫文を送りつけるだとか……なぜ、わたくしがそのようなことを? 兄に好意を抱いていたドロテはまだしも、わたくしにはロズリーヌさまを傷付ける理由なんてございませんけれど」


 言外(げんがい)にドロテを切り捨てたルフィナの視界には入らなかったかもしれないが、ドロテの目が(かす)かに揺れた。あまりに残酷な切り捨て方だった。


「それは、あなたがロズリーヌ嬢をなんとしてでも排除したかったから」

「……何を根拠に――」

「まあ、まずは聞いていただきたい」


 宰相の言葉に厳しさが滲む。

 ルフィナは思わずといった感じに口を噤んだ。常に上位の存在であり続けた公爵家の愛すべき娘。強い口調に慣れていないのだろう。


「ゾーイ・トノーニに指示し、ヴェリア語に明るい下女を捕まえさせたのはこのときだろう。脅迫文はアディルセン語にするべきだと考えたからだ。ヴェリア語でもロズリーヌ嬢は読めますが、留学生の誰かの仕業だとすぐに露見するし、母語での文字は個人の癖が出やすいですからね」


 といっても、最終的には、エジェオという人間が見事癖を見抜いたわけだが。


「下女に脅迫文の作成を手伝わせるのと共に、ロズリーヌ嬢の良くない噂をドロテ嬢にそれとなく伝えさせた。それに刺激された結果、ドロテ嬢の行動もより過激なものになっていったのでしょう」


 脅迫文の一通目は、ひょっとしたら軽い嫌がらせぐらいのつもりだったのかもしれない。

 しかし、(くだん)の噂を耳にしたことで、ロズリーヌは()()()()()()()()に降格したのだ。相手が悪い人間なら遠慮などする必要がないと。

 自分こそが正義なのだと。

 ところが、実際には、自分の意思で決定しているように見えて、ルフィナの思うとおりに動かされていたということである。


「だが……先ほどの話にもあったように、平民出身の下女には無関係であるはずの学院でも、同様の噂が回っていた。これについては()()だと言ったが……」


 ロズリーヌは瞼を伏せ、床に視線を落とした。

 すでに事実を聞かされていた。


「学院に噂を流したのは、我が国の貴族令嬢ということだった」


 ――令嬢の名は、ヒセラ・ポレット・ジャンメール。エルフェ伯爵家の娘だ。

 宰相の口がそう動いた。


 セレスタンからこの話を聞いたとき、ロズリーヌは少なくない衝撃を受けた。

 王族に近しい、あるいは近しかった人間として、親近感を覚えていたためだ。

 勝手に仲間意識のようなものを持っていた。

 しかし、どうもヒセラのほうは違ったらしい。まさか貶めたいとまで思われていたとは。


「すでにヒセラ嬢への聞き取りも終わっています。曰く、ある日突然、城仕えの下女に話しかけられ、学院にロズリーヌ嬢の噂を流すよう協力を求められたと」


 下女とはもちろん、侍女長が探しだしたあの下女である。侍女長はルフィナに脅迫され渋々従っていたが、この下女は単純に金で動いていた。侍女長を通した門番とこの下女の末路は推して知るべし。

 とにかく、下女曰く、ヒセラに接触するのは簡単だったとのこと。

 それもそのはずで、ヒセラはたびたび城にやって来る。王宮仕えの父親に会うためだったり、親族であるアーロンに会うためだったり理由はさまざまだが、下女は何度かその姿を目撃していた。

 脅されても、金を握らされてもいないのに、なぜ下女を介したルフィナの協力要請に応じたか訊ねられたヒセラは、憎かった、とこぼしたと言う。


 ――私が、王太子殿下の婚約者になれると思っていたのです。現在(いま)の身分という点では多少劣るかもしれないけれど、血筋的には問題ないでしょう? 素行にも問題はなかったはず……だから、アーロン殿下の妃には私を置いて相応しい人間はいないと……なのに、王妃殿下はあろうことかロズリーヌさまを望まれた! 長年連れ添った婚約者に婚約破棄を宣言された傷物なのに! ……まだ仲がよろしかった頃のお二人を覚えています。あんなふうに見せつけておきながら、早々に見切りをつけて、何事もなかったかのような顔をしてすぐに次の婚約。そんな薄情な女なのに、王妃殿下は高く評価なさる。なぜ? なぜなのです? あの女にいったいどれほどの価値が? 一度ぐらい……一度ぐらい、あの女の歪む顔が見てみたかった……。


 彼女が語ったことを具体的に聞いたとき「ちょっと待ちなさいよ」と思ったものだ。

 婚約破棄云々と言うけれど、あなたにも婚約者がいたのでは? と。

 そもそもの話。

 前の婚約者(エミール)とロズリーヌが二人でいるのを見て「見せつけている」と感じるぐらいなので、もとより良い感情は持っていなかったのだろう。

 幼い頃から知らないところで敵視されていたのかと思うと、薄ら寒いものがある。

 現在、ヒセラは自宅にて謹慎中だ。

 娘がしでかしたことを知った父親のエルフェ伯爵は酷く驚き、卒倒しそうな顔色で謝罪を繰り返していた。子爵家の嫡男と婚約していたことからもわかるとおり、伯爵は娘を王子(アーロン)と結婚させるつもりはなく、王族に連なりたいという野心も持っていない。

 今回の出来事は、まさに寝耳に水だった。

 とはいえ、ロズリーヌ本人が望まない限り、ヒセラの行いが罪に問われることはない。ただ噂を流しただけだからだ。

 今後の彼女がどうなるかは――ロズリーヌにはわからない。家の采配次第になるだろう。


「ドロテ嬢をそそのかし、我が国の貴族令嬢(ヒセラ嬢)を巻き込み。さらに、ゾーイ・トレースに指示し、ロズリーヌ嬢とアンドレアン伯爵とのあいだで交わされるはずだった手紙を破棄させていた。……それだけでは飽き足らず、ロズリーヌ嬢に直接危害を加えようとしましたね」


 誘拐だと明言しないのは、ロズリーヌの心情を(おもんばか)ってのことか。


「……いったいなんのことか」

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