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世界のはじまりは指先から【連載中】  作者: 桜木彩


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【053】謁見の間(3)

 沈黙が落ちる。

 しばらくのあいだ、ドロテは視線を床に落としていた。ようやく観念したのだろう。

 そう、宰相が再び口を開こうとしたとき。


「――確かに……」


 いくぶんか震えが収まった声で、ドロテが声を上げた。おや、と謁見の間に集まった人間の視線が集まる。


「他に言い分があればどうぞ」


 宰相が続きを促した。


「確かに……わたしがしたことは褒められたことでなかったと……自覚()しています」


 先ほどの()は観念したからではない。この期に及んで()()()を探していたのかと、ロズリーヌはいっそうのこと感心してしまうようだった。


「ただ、()()()()()なら、わたしだってあんな行動には出なかったでしょう」

「……つまり、あなたは普通の状態ではなかったと?」

「――ええ。わたしは、エジェオのことを好ましく思っていました」


 随分としおらしい態度で、ドロテは語る。


「……というと、シュパン公爵家の?」


 宰相の質問に首を上下させ、さらに。


「シュパン公爵家のご嫡男、エジェオ・コンスタン・トノーニさまです。わたしは彼を……以前から慕っていました。なかなか想いは伝わりませんでしたけれど、そのうち、いつかと」


 ロズリーヌとて、恋愛話は嫌いではない。

 しかし、学生を除けば、ここにいるのは宰相、国王、王子、通訳ぐらいのものである。

 貴族令嬢の()()()を聞かされたとて、なにひとつ響かないだろう。ましてや、それですでに決められた裁定が変わることもない。


「それなのに……そんなわたしの前で、あろうことか彼女、ロズリーヌさまはエジェオと親しくし始めました。婚約者がいらっしゃるのに、です。この国ではそれが許されるのでしょうか」

「……なるほど。婚約者がいるのに、婚約者以外の異性と必要以上に親しくするのは、確かに褒められたことではありませんな」


 宰相が()()()()()を示すと、ドロテの視線が持ち上がった。

 口角がわずかに持ち上がる。


「ええ、ええ、そうでしょう? ヴェリアの常識ではそうです。こちらの国では違うのかしらとも思ったのですけど、ロズリーヌさまには()がありましたから」


 ほんの少し、饒舌(じょうぜつ)にもなった。


「噂?」

「ここでは少し話しづらいことではあるのですけれど……」


 ドロテは、自分たちに背を向け、若干の距離を空けて斜め前に立つロズリーヌを一瞥する。

 視線を感じ取ったかのように、美しく結い上げられたプラチナブロンドの髪の毛が揺れた。

 ――何をしても、崩れなかった女。

 腹立たしい。

 エジェオも、なんだってこんな見かけだけの女に――と、ドロテは腹の奥に煮えたぎるものを感じながら、話し出す。


「今の婚約者を手に入れるため、元の婚約者を陥れたそうではないですか。しかも……言ってはなんですが、もともと不埒な関係にあったとか。加害者であるのに、まるで自分こそが被害者かのようなお顔をしていらっしゃる。そんな方ですから、我が国の男性にも手を出すのではと勘繰ってしまったのです。感情的になり、手紙を送ったり、怪我をさせてしまったりしたことについては謝罪いたします。けれど、ロズリーヌさまには非がないと言えますでしょうか」


 これを早口に一息で言い切り、ドロテは荒く息を吐き出した。


(なんていうか……あら、まあ)


 ロズリーヌは苦笑気味に目を細める。すると、思いがけず国王と視線がかち合ってしまって、慌てて目礼をした。挙動不審になりそうだったが、なんとか耐えた――と思う。

 一連のロズリーヌの心情を見透かしたかのように、国王が人知れず目元だけで笑んだのには、誰も気がつかなかった。


「では」


 宰相が切り出す。


「その噂はどなたから聞いたのか、教えていただけますか。あなたはアディルセン語が得意ではなかったはずだが」

「それは、先ほど閣下もおっしゃっていたように、()()()()()()()()()()()()()()()()()の……あの、下女が……そのように」


 ドロテがロズリーヌに出した手紙。

 物は言いようである。脅迫文だとは、自分の口からは言えないらしい。


「それはおかしい」


 だが、宰相は即座に否定した。


「……おか……え?」

「その噂についてはこちらでも調査しましたが、城で広まっているという情報はついぞ上がってきませんでしたよ」


 まあ、とロズリーヌは細く息を吐き出す。


(人が悪いこと)


 アディルセン側はもうすべて把握しているのだ。証言も証拠もそろえ、どんな反論が来ようとも対応できるようにしている。

 そもそも、ドロテが今対峙しているのは一国の宰相だ。口で敵う相手ではないのだが、どうもそれすらわかっていないように見える。

 その様子は、いっそ憐れですらあった。


「いえ、ですが、学院では……」

「ええ、学院ではね。下級貴族の子女を中心にそのように根拠のない噂が回っていたようだ。だが、そうするとその下女が噂を知っていたのはおかしい。彼女は平民の娘で、貴族学院に立ち入れる立場でもなければ、そのような知人もいないとのことだった――と、ここからはその娘から聞き取りをした話をしましょう」


 ドロテの表情が強張る。

 ここでようやく、自分は泳がされていたらしいということに思い至ったようだった。

 当然、(くだん)の下女の身柄も拘束済みである。


「彼女はね、こう証言しましたよ」


 宰相は淡々とした口調で言葉を吐き出す。


()()()()()に指示され、あなたに(くだん)の噂を伝えたと」


 つまり、彼女は学院で流れている噂を入手し、ドロテに流したのではない。何者かの指示により、真っ(さら)なところから事実無根の話を作り上げ、それを『噂』としてドロテに渡したのだ。

 しかし、宰相の発言どおり、学院の下級貴族の子女を中心に、同様の噂が流れていたのも事実だった。


「学院での噂の件についてだが、これはまた()()だった。それについてはあとで話すとして……あなたはただ、事実無根の噂に振り回されただけです。酷く感情的で、一方的に他者を貶めた。いくら言葉を重ねようと、我が国での罪が軽くなることはない」

「で、すが……ロズリーヌさまとエジェオの距離が不適切だったのは事実で――」

「意味が理解できなかったのか? ……ですから、その訴えと、処罰の決定にはなんの関連性もないと言っています。そもそも、学院の生徒にも聞き取りをしたが、ロズリーヌ嬢が彼との距離感を誤ったことはないだろうというのがおおよその意見でしたよ。()()()()()()というのは主観にしか過ぎない」


 下女は、ある者の指示でドロテに接触し、脅迫文の手助けをするのと共に、ロズリーヌに良くない噂がある旨をそれとなく耳に入れた。

 良くない噂とは、真実の愛であるセレスタンと結ばれたいがゆえに、元第一王子(エミール)を陥れた――ロズリーヌが裏で動き、元第一王子(エミール)に不貞を働かせ婚約破棄に持って行ったのだ――というものである。

 知っている者からすれば非常にくだらない妄想ではあるが、ドロテはそれにすがった。

 そうすることで、自分の行いを正当化しようとしたのだろう。自分は間違っていないと。

 宰相は一度息を吐き出し、今度はルフィナに視線を向ける。


「――次に、ルフィナ嬢」


 ドロテは再び何事かを口にしようとしたようだったが、場の空気がそれを許さなかった。

スランプ気味につき、書いては消し、書いては消しを繰り返し……。

更新頻度が落ちていて申し訳ありません。

筆が進まないなりに、少しずつペースを上げていきたいと思います。

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