【052】謁見の間(2)
空気が揺れた。
留学生の戸惑いが肌で感じられる。
宰相は『沙汰』と言ったのだ。
それは処罰を受けるということにほかならない。
「――よろしいでしょうか?」
果敢にも、ルフィナが前に進み出た。
「いいでしょう」
宰相が許可を出す。
おそらく、国王からこの場の一切を取り仕切るよう指示されているのだ。
「数々の問題とは……どういうことでしょう? 沙汰を下されるようなことは何もなかったかと思いますが……」
美しい顔をわずかに歪めるルフィナ。なんとも庇護欲をそそる表情である。
こんなときでなければ、ロズリーヌも「守らなければ」と思っていただろう。
「何もなかった。……本当にそう思いますか」
「え? ええ、もちろん」
「ですが、こちらは学院内での出来事もすべて耳に入っておりますよ。それでも何もなかったと?」
毎日のあの苦行を思い出し、ロズリーヌはひっそり遠い目をする。
あれはつらかった。
忍耐力のあるロズリーヌでさえ、何度も逃げ出したいと思ったほどだ。結局、責任感がそうさせてはくれなかったが。
「何もなかったと思いますけれど……仮にあったとして、きっと何か誤解があったに違いませんわ」
「いいでしょう。まあ、学院内の出来事に限った話ではないんですがね、こちらの話は」
どちらかと言えば、本題はロズリーヌの誘拐についてだろう。
学院内の話だけでも十分問題だが、こちらは明確に一線を越えている。
「まず、全体として。ルフィナ嬢、ドロテ嬢を除く留学生のあなた方には、我が国への一定期間の入国禁止を言い渡します」
再び空気が揺らめいた。
妥当でありながらも、アディルセン側からしたらかなり譲歩した内容だ。
というのも、学院内で起きた問題に関しては法に触れるものでなく、学生同士のいざこざで片付けられる程度に終わったからである。
しかし、彼らはたびたび「国際問題になる」とアディルセンの学生を脅迫していた。これが問題とされた結果、学生という身分を鑑みたうえで、一定期間の入国禁止という措置が取られることになったのだ。
軽い処分にも思えるが、たかが一定期間と侮ってはいけない。
他国で処分を受けたという事実は、当然自国でも公になる。活動の場が主に国内に限定される小貴族は気にしないかもしれないが、外交に関わっている有力貴族、そして外国にも手を伸ばしている商家からは厭われるだろう。
小貴族の中にだって、上級貴族の顔色をうかがって彼らを遠ざけるものもあるかもしれない。
つまり、彼らは今後、結婚相手を選んでいる場合ではなくなったのだ。自分自身で、将来の選択肢の幅を狭めてしまったのである。
可哀想に、とは思わない。
彼らが貴族の権力を余すことなく使ってきたように、彼らは貴族のやり方で制裁を受けただけだ。
ロズリーヌは、今さらながらに事態を正しく認識して顔を青ざめさせるヴェリアの学生たちを一瞥して、それからまたすぐに正面へと視線を戻した。
「そして、ルフィナ嬢とドロテ嬢」
次いで、宰相が集団の先頭に立つ二人に声を掛ける。
ルフィナはじっと静かに前を見据えていたが、ドロテはどこか落ち着かない様子で唇をわずかに震わせた。
「――あなた方は、今後一切、我が国への入国を拒否することと決定いたしました」
「え……」薄く開かれたドロテの唇の隙間から、意図しない声がこぼれ落ちる。
深みのある茶色の双眸が不安げに揺れた。
「……理由をお聞かせいただいても?」
訊き返したのはルフィナだ。
冷静さを失ってはいないようだが、声はいつもより低い。動揺するより先に、憤りを感じているらしかった。
それでも儚げな雰囲気が崩れないのだから、たいしたものである。
「心当たりは?」
宰相が、質問に質問で返す。
ルフィナはやや不快そうな色を滲ませながらも「ございませんわ」と肩を竦めた。
「では、まずドロテ嬢」
「は……」
ぷかり。
喘ぐようにドロテが声を落とす。
「あなたは、ロズリーヌ嬢に対して脅迫文を送り続けましたね」
すでに本人が自白していることではあるが、宰相は再び確認するように言った。
「挙句の果てには、学院内で白昼堂々、ロズリーヌ嬢に危害を加えた」
「それは――」
「ついやってしまった、とあなたは言った。だが、ついであろうがなんであろうが、起きたことは事実で、それがすべてです」
確かに、彼女は素直に自供したらしい。
しかし、あくまでも「ロズリーヌに責任がある」という口振りだったようで、これには宰相たちも頭を抱えていた。
しでかしてしまったことは事実だが、周囲が自分にそんなことをさせたので仕方がないという認識なのだ。
「故意ではないと訴えれば、許されると思いましたか。他国の侯爵家のご令嬢の命を脅かしておいて?」
「……ですから、わざとではないと……」
その理屈は通用しないと言われたばかりだというのに、なおも反論じみたことを口にするドロテ。
もうそこにしか救いを見出せなくなっているのだろう。ここに自分を守ってくれる人はいない。そう察した彼女の最後の砦がそれなのだ。
事実、彼女も自分の言い分がもはや苦しいものであると、うっすら理解しているようだった。彼女の反論が受け入れられることはない。
ドロテは囁くような掠れ声でそう言ったきり、視線を落とし、口を噤んでしまった。
「脅迫文の件にしても、我が国に仕える下女を巻き込んでいる。それだけでも十分に問題ですが」
宰相は追及の手を緩めない。
他国の人間が自国で好き勝手するというのは、宰相にとっても気分の良いものではなかっただろうと、ロズリーヌは思う。
彼らの場合、問題を起こしてくれれば好都合――だったとはいえ、こちらがそうなるように働きかけたわけでもない。そうする必要さえなかった。
彼らは勝手に盛り上がり、羽目を外し、そのまま自滅していった。
実際、ヴェリアの王にも「招き入れてさえくれれば、あとは勝手に自滅していくだろう」と言われていたらしい。迷惑料として、アディルセン側に随分と有利な条件を飲んだらしいが、彼らの存在にそれほど困っていたということなのだろう。
果たしてヴェリアの王が言ったことは真実だった。重要な任務を預かっているはずの彼らは、けれども交渉するつもりはないとでもいうような態度で、一方的に通行税の撤廃を求めてきた。
外交の意味を知らないらしい。
次いで、要求が通らないと知ると「国際問題になるぞ」と脅迫。どこかで聞いたようなセリフである。
いったい何をもってして『国際問題』などと言っているのかわからない――あるいは、本人たちも理解していなかったかもしれない――が、当然のごとく、交渉は決裂した。
無能は無能なりに、テーブルの上に何を出してくれるのか興味津々だったアディルセン王も、これにはさすがに鼻白んだ様子だったという。
ただ一言「国へ帰れ」とだけ告げたのだと、アーロンが言っていた。
駄々を捏ねて、滞在日程を延ばした使節団の面々も、今頃は自国での権力を失っているだろう。
アディルセンから、学生たちの所業を含めた抗議の文も送っている。




