第5話 ヒーローごっこ
「しっかり見てろよ! 男のロマン、見せてやるぜ!」
多摩川の橋の上。レオは少年のように目を輝かせ、腰に両手を合わせるのと同時に全身から熱気が吹き荒れた。
「子供の頃からずっとアニメで見てたんだ。俺たちにとって最強のヒーローが放つあの最強の技、KAMEHAME波! ……まさか、自分が大人になってからリアルにそれを放てる日が来るなんてなぁ!!しかもこのシチュエーションでなんて最高すぎるぜ!!!」
そう言ってレオは最大出力で『熱源創出』を解放
「喰らえッ! これがレオナルド様バージョンだ!『焦熱奔流』!!」
それを正面の暴風へと突き上げた。彼が叫ぶと同時に放たれた黄金の閃光は、確かに先ほどまで暑苦しく語っていた「あの技」の輝きを宿していた。しかし「暴風の檻」はほんの一瞬だけ揺らいだかと思うと何事もなかったように光線はかき消された。まるで巨大な氷海に溶け落ちる線香花火のように、跡形もなく。
「……ただビーム出すだけなのに、名前大げさすぎない? しかも一瞬で消えちゃった」
静の冷静なツッコミが風に乗って響く。
「うぐっ……ごめんよ……」
あれほど屈強なレオの体が、今は心なしか縮こまって小さく見えた。静はそんなレオの姿に呆れながらも、思わずぷっと吹き出した。こんな世界滅亡の危機に、自分たちは一体何をしているのだろう。
「こんな不思議な状況になってみんながパニックになってるのに、私たちは」
「シズカ……」
「さ、落ち込んでないで! 相棒なんでしょ!」
静がレオの背中を叩くと、レオは観念したように鼻を鳴らして立ち上がった。先ほどの少年のような遊び心は影を潜め、大人の冷静な鋭い眼差しが橋の上の暴風を捉える。
「……よし。ロマンじゃ越えられない壁ってわけか。……シズカ、よく見てくれ。この風はただの天気じゃない。この橋の上、川という低地に溜まり込んだとてつもない冷気と、外側の春の空気が衝突して生まれる『気圧の障壁』だ」
静は橋の向こうに渦巻く暴風を凝視した。レオの言葉を聞いてから見ると、確かにそれは単なる風の塊ではなく「物理的な檻」のように見えてくる。
「ただあの程度じゃあ海につばを吐くようなものだぜ…。いくらなんでも風が強すぎる。……ふざけているように見えたかもしれないが俺は本気でやったのにあのざまだ。ニュースで行ってたように全域だからな、別のルートもほぼ同じ状況だと考えるべきだろう。どうする?」
あのテンションが昔の兄に似ているように感じてつい、レオをいじる発言をしてしまったが気に触らなくてよかった。お兄ちゃんからあの雰囲気を感じなくなった時にちゃんと止めるべきだったのだろうかと後悔が押し寄せる。自分が守られるだけの存在ではないと示すいい機会だ。自分の力はまだまだ出せる。
「私の力は増幅でしょ?レオの力も大きく出来ないかな?」
レオは大きく目を開いた
「そうだよな!コンビネーション技がまだだったな!ならこれを大きく出来るか?」
そう言うと手のひらからピンポン玉くらいの大きさの熱源が出た。
「試してみる…」と言って手を伸ばした時にはすぐにその玉は震えだして少し大きくなった。
「うん…!ばっちしいけそうだよ!」
「なら俺の最大火力を弾頭にして、シズカの力で叩き込むぞ。この壁に俺の熱源をぶち込んで大穴を穿つんだ!」
「……よし!」
深呼吸をしてから二人は目を見合わせた。レオが私の目の前に『擬似太陽』を浮かび上がらせる。黄金色に輝く熱の塊は、この世で最も温かな質量を持って空中に留まっている。
静はその熱の塊にまっすぐ拳に打ち込めるように構えた。
「いくよ、レオ!」
「ああ、ぶっ放せ相棒! !」
静が踏み込み、渾身の力で熱の塊を暴風の壁へと打ち抜いた。
空気が急激に膨張し、激震が走る。ドォオオオオン!! という地響きのような音が鳴り響く。熱と衝撃を宿した弾丸は、暴風の壁を内側から食い破り、今まで何も受け付けなかったはずの場所には、ぽっかりと丸い穴が開いた。
「走れッ!!」
二人はその「静寂の隙間」を縫うようにして、橋を一気に駆け抜けた。多摩川を渡り切った時には風が強くなってきたが、住宅街へ入ると弱めの台風程度には落ち着いてきた。
「はぁ、はぁ……。やったな、シズカ! まさか本当に俺の熱源と、シズカの増幅する力であの『嵐の壁』をぶち抜けるとはな!」
レオは肩で息をしながらも、その瞳には依然として隠しきれない熱狂が宿っていた。
「無茶しすぎたよ…。自分の炎をあんな風に叩き込まれたら、私だってどうなるかと思ったよ」
「いいんだよ、オタクってのはここぞという時に『物語の主役』になりたい生き物なんだ。……なぁ、住宅街に入ってから明らかに空気が変わったと思わないか? あんなに荒れ狂っていた風が、今はまるで見えない何かに抑え込まれているような……」
レオは立ち止まり、黄金色のオーラを揺らしながら周囲を慎重に観察した。
「この先、何が待ち受けているか。想像するだけでワクワクすると思わないか? 不条理で、理不尽で、でも最高に……ミステリアスな物語の始まりだ。兄さんと再会した時、こんな非日常を生き抜いた俺たちなら、きっと話も弾むはずだろ?」
「……もう、レオのその前向きさには負けるよ。お兄ちゃんも昔、似たようなこと言ってたっけ。……そうだね、最高に面倒で、最高にクールな再会にしよう」
静が不敵に微笑むと、レオは満足そうに大きく頷いた。
「シズカの能力も馴染んできたみたいだな。……さっきの技、俺の『陽光装甲』を真似てもっと意識してエネルギーを全身に回してみろ。自分のGiftを盾にするんだ。俺の背中についてくれば、この世で一番の『ヒーローごっこ』が楽しめるぜ」
.......
「……さっきほどじゃないけど冷えるね」
「ああ。だがシズカは自力で動けるようになって間もないからな、気を緩めるなよ。この状況じゃあ何が起こってもおかしくねえ」
レオの『陽光装甲』を真似て、静も全身を熱いエネルギーの膜で包み込む。二人は歩き続けるが、高速道路を降り世田谷辺りにまで来ると、世界の質感が一変した。
普段なら、住宅街のどこからか微かな生活音が聞こえてくるはずだった。遠くを走る車のエンジン音、風に揺れる街路樹の葉擦れ、あるいは誰かの家のテレビの音――。しかし、ここにはそうした「日常の音」が一切存在しない。
いや、音が消えたのではない。空気そのものに粘度があり、音という振動を完全に殺してしまっているのだ。嗅覚すらも同様だった。雨上がりの土の匂いや、誰かの家から漂うはずの夕飯の匂い――そうした生きた世界が発するべきあらゆる匂いが、この極寒の停滞空間にすべて吸い取られ、無臭の真空のような空間に放り出されたような錯覚を覚える。
そこに広がっていたのは、完全なる「停滞」の世界だった。
空から降り注ぐ雪の粒は、まるで無数の小さな星屑のように空中に縫い付けられ、極めて緩やかな速度で重力に抗っている。街頭の時計塔を見上げれば、長針と短針は、まるで硬直したかのようにミリ単位の動きすら見せない。
道端の自販機から落ちるはずだった缶コーヒーは、取り出し口の途中で静止し、そこから漏れるはずの湿った蒸気すらもが、白く硬い「氷の彫刻」となって浮遊していた。
呼吸をすれば、吐き出した白い息が霧散することなく、自分の顔の前に何層もの薄いヴェールとなって重なり、景色を霞ませる。
この空間では、雪の一つ一つ、空気の微粒子に至るまでが、永遠にも近い時間をかけて一瞬を反復しているかのようだった。物理法則を超越した、ハルトの孤独そのものが具現化したような領域。
「……お兄ちゃんがいる。今、ここに」
静はレオと顔を見合わせ、深く、力強く頷いた。
相棒の背中を信じ、二人は静止した王都の深淵へと、最後の一歩を踏み出した。
「待っててねお兄ちゃん」
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「静………?」
何故か妹の声が聞こえた気がした。
ふともし世界中がこんな状態なら家族や友人はどうなったのだろうか。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
幸いにも自分は動ける。ならば助けに行かなければならないだろう。
ハルトはビルから出て自宅に歩き始めた。地面を蹴るたびに、氷の粉が舞い上がる。自分の足裏の感覚がない。……これは夢なのか、それとも罰なのか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ちなみにレオは根っからのオタクなので、過酷な状況であればあるほど「これは物語の展開だ!」とテンションが上がってしまう性格にしています。
ちなみに白石兄弟も実家では二人でアニメを見ていましたが、ハルトが仕事で上京してからはすっかり見る機会も減っていました。だからこそ、レオの語る「ロマン」には、静にとって懐かしい思い出と、少しだけ寂しい「失われた日常」の感覚が混じっているのかもしれません。
次回もよろしくお願いします。




