第4話 黄金の陽炎と、お節介な相棒
「――これで、話はできるな」
ゴウゴウと、黄金の陽光が頭上で音を立てた。
先ほどまで骨の髄まで凍りつかせようとしていた冷気が、まるで生き物のように後ずさりしていく。頭上に浮かぶ熱の塊――レオが『擬似太陽』と呼んだその光の玉は、この死にゆく世界の中で唯一、春の陽だまりのような安らぎを放っていた。
静は、凍えていた指先を光にかざし、小さく息を吐いた。白い吐息が黄金色に輝いて消えていく。
「……信じられない。さっきまで、自分の指の感覚もなかったのに」
「ハハハ! これが俺の……たった一つ、師匠から教わった『火の扱い』さ!」
レオは、身長二メートル近い大柄な体を誇らしげに反らした。アフリカ系アメリカ人特有の、深く澄んだ瞳には、この地獄のような光景を前にしてもなお、一点の曇りもなかった。
彼は、凍りついたアスファルトを力強く踏みしめ、こちらを向く。
「改めて、俺はレオナルド・ボーズマン。このニッポンの文化をこよなく愛する男さ。さっきのパンチは凄かったなぁ! あのボンネットが紙屑みたいにひしゃげてたぜ。ガールの中には、とてつもない可能性が眠っているな」
静は、自分の手を見つめた。
今もまだ、心臓が早鐘を打っている。東京へ行かなきゃいけない。凍りついている兄を助けなきゃいけない。そんな焦燥感だけで、どうにかここまで走ってきた。
この人は何者だろう。なぜ、こんな状況でこれほど明るくいられるのか。少しだけ警戒心が残っていたが、彼の底抜けの笑顔を見ていると、なぜか胸の奥の重石がわずかに軽くなるような気がした。
「私は、白石 静。……お兄ちゃんを、助けに行かないとダメなんだ。東京にいるはずなの」
「お兄ちゃんか。……いいじゃないか。ピンチの家族を助けに行く。それこそ、最高の物語の始まりってやつだ! ついていくぜ、相棒!」
レオは細かい事情を聞くでもなく、ただ「助けに行く」という言葉だけで静を受け入れた。そのあまりの直球なポジティブさに、静は思わず苦笑してしまう。
「……本当に変な人だね。レオナルドさん、死ぬかもしれないんだよ? ここよりもヤバい所へ行くってことなのに」
するとレオは、ニカっと人懐っこく笑い、大きな手で自分の胸を叩いた。
「レオナルドなんて堅苦しいのはいただけないぜ。俺のことは『レオ』って呼んでくれ。ヒーローと相棒の間に、そんな壁は必要ないだろ?」
「……レオ。わかった。変な人だね、本当に」
レオは少しだけ気恥ずかしげに背筋を伸ばすと、わざと大げさなほど陽気に喉を鳴らした。
「ハハハ! ヒーローはピンチの時ほど笑うものさ。……なあ、シズカ。あんたのそのGift、ただの怪力だと思ってるだろ?」
レオは急に表情を引き締め、腰に差していた鈍く光る鉄の棒を無造作に引き抜いた。どこにでもあるような無骨な鉄塊だが、彼が握りしめるその手には、まるで最も高価な名刀を扱うような慈しみがあった。
「俺は日本に来て、刀鍛冶の門を叩いた。職人の魂に触れたかったからな。……まあ、まだ半人前だが。これが俺のGift――『熱源創出』熱源を出す能力だ」
レオは腰に差していた鉄の棒を回し、その周囲に黄金の熱気を纏わせる。
「そしてそのGiftを応用した技の一つがこれだ。『陽光装甲』! この熱をオーラとして体やモノにまとわせることで、俺は凍えずに歩き回れる。どうだい、かっこいいだろ!」
「……えっと、それも技名をつけるの?」
「当然だろ!? 技名というのは、魂を鼓舞するためのマントみたいなもんなのさ! ……それにしても、シズカのそのGiftは凄まじい」
「私の?」
「ああ。シズカの中に眠っているGift。……もう一度、俺が言う通りにやってみてくれ。力を拳の一点に集中させるんだ。……出来ないか?」
「……ううん。お兄ちゃんを助けるためなら、そのくらい余裕…!」
静は、レオの不器用な誠実さに触れ、少しだけ表情を和らげた。
「レオの話を聞いてたら、なんだか、お兄ちゃんを助けに行くのが、他人事じゃなくて『私の物語』になった気がする。……変だね、ついさっきまで、ただ絶望してたのに」
「ハハ! それが相棒ってやつだぜ!」
レオは明るく笑い飛ばしてくれた。
静は深呼吸をし、全身のエネルギーを拳に込める。レオは固唾を飲んでそれを見守った。
拳の周囲に小さな陽炎がまとった。静の拳から漏れる熱量と、その直後の衝撃の波形。レオは、その動きを刀の焼き入れを見極めるかのように凝視し、分析する。
「……やっぱりだ。ただの力じゃない。触れたものの運動エネルギーを、数倍にもブーストさせているような…。……よし、少しだけだが分かってきたぞ」
レオは姿勢を正すと、真剣な眼差しで静の拳を見つめ、何かを思案した。
「よし、じゃあ俺が名前を付けてやろう! この世界のすべてのモノを突き動かすような、凄まじい『運動エネルギーの増幅』……その名も、『モートゥス・インペトゥス』だ!!」
「……運動エネルギーの増幅」
静がその響きを口にすると、不思議な感覚が走った。力を込めれば込めるほど、攻撃の威力が乗算的に跳ね上がるような万能感。
「どうだい! 『運動(Motus)』と『推進力(Impetus)』。あんたに、これほどクールで熱い名前はないぜ!」
「……ありがとう、レオ。なんだか、やれる気がしてきたよ」
「その顔だよ! さあ、行こうぜ。そのGiftで、東京の凍てついた冬をぶち壊しに行こう!」
車は使えそうになかった。二人は凍りついたアスファルトを歩き、やがて多摩川に架かる橋へと辿り着いた。
「……おいおい、嘘だろ」
レオが足を止め、呆然と呟いた。
橋のたもとに立った瞬間、レオの口から出た言葉は、先ほどまでの明るい調子とは打って変わって、硬い緊張を孕んでいた。
「川も、橋も、全部一体になって凍りついてやがる……」
レオが氷の表面を棒で叩くと、カツーン、と金属質な音が鳴った。それは川の流動性を完全に奪い、橋の鉄骨を氷の檻に閉じ込めた巨大な彫刻だった。多摩川の激流が凍りついた際の波しぶきが橋のトラスにへばりついて無数の棘となり、まるで冬の王の玉座のように見える。
その異様な光景に静が息を呑んだ、その時だった。
突風が、橋の上を駆け抜けた。
「……なんだ、これは」
レオが初めて驚愕の表情を浮かべる。
行く手を遮っていたのは、ただの雪や氷ではなかった。東京の入り口、まるでこの先へは誰も通さないと言わんばかりに、巨大な境界線が吹き荒れている。それは、大気そのものが悲鳴を上げているような暴風の壁だった。
風の音は、もはや地獄の底から響く怒号のようだった。その風圧はすべてを拒絶する壁のように感じられた。
静は暴風の渦の向こう側、白濁したもやの奥を見つめた。
「……ねえ、レオ。名前を付けてもらって、自分の力がどんなものか、少しだけイメージが湧いたよ。……でもね」
「どうした、シズカ?」
「それと同時にこうやって世界が凍りついている理由、なんとなく分かるんだ。……お兄ちゃんの力だよ。たぶん、お兄ちゃんが泣いてるんだと思う。何かに絶望して、世界ごと凍らせて閉じこもっちゃったんだ。……私、そんな気がしてならないんだよ」
レオは静の横顔をじっと見つめ、大きく頷いた。
「そうか。……なら、シズカがその氷を砕いて、お兄ちゃんを迎えに行ってやらなきゃな」
二人は嵐の境界から一歩下がり、凍りついたアスファルトの上に並んで腰を下ろした。
目の前の暴風は、まるで侵入者を拒絶するように重く澱んでいる。それは物理的な衝撃というより、凍てついた空気が全身にまとわりつき、一歩ごとに体温を奪おうとする「重圧の壁」だった。
「……なぁ、相棒。力技で強行突破できると思うか?」
「どうだろう……でも、レオのその熱があれば、この冷気の壁に風穴を開けられるんじゃないかな。その隙間を走り抜けられないかな?」
レオはニヤリと笑い、熱源として持っていた鉄の棒を腰に差した。
「よし、相棒。……今回ぶちかますのは、俺の『陽光装甲』の応用、一点突破の技だ。俺が『テルメー・ジェネシス』でこのハリケーンに横からの穴を開けてやるぜ!」
レオは立ち上がり、最大出力で『陽光装甲』を練り始めた。全身から黄金色の熱気が立ち上り、周囲の冷気が悲鳴を上げて蒸発していく。
「頑張って!!」
レオが隣で、小さく笑った。
「言っただろ、シズカ。ヒーローにとって、壁ってのは越えるためにあるものだ。……行くぜ、相棒。この地獄の先にある物語を見に行こう」
今回、ついに本格登場となったレオナルド・ボーズマンについて、少しだけ裏話を。
レオが日本に来てから、実はまだ1年も経っていません。彼が腰に差している無骨な鉄の棒は、ただの武器ではなく、日本で師事していた刀鍛冶の親方から「修行中も初心を忘れるな」と託された言葉と共に作り上げた、いわば“刀もどき”です。
彼の陽気さの裏側にある、職人としての不器用な誠実さが少しでも伝わっていたら嬉しいです。
次回もまた、この二人の相棒を見守っていただけると嬉しいです。応援よろしくお願いします!




