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メンフィス、テネシー…8

 デイジー・シアター裏の駐車場を囲うスピアトップのフェンスを手で撫でるようにカタカタと鳴らしながら歩いていたエルが、レンガ積みの柱に辿り着いてふと足を止め、呟いた。

「ビール・ストリート」

「ああ。ビール・ストリートだな」

 ポケットに手を突っ込んでぶらぶらと歩いていたビリーも立ち止まり、エルを見て、確認するように繰り返した。

 一ブロック離れた通りからは、建物による遮蔽と反響を通しながら、すでに音楽が聞こえてきていた。ハイハット、キック、スネア、クラッシュ。十六でうねるスラップ・ベースと、ラスピーでグリッティーな黒人女性のヴォイス。ES-330のクウォーター・ベンドとバタフライ・ヴィブラート、フェンダー・ローズのシックなマイナー・セヴンス。エルは遠くのなにかを想うように、しばらく黙ったまま柱に手を置いていた。


 それからエルは急に柱から手を放し、背筋(せすじ)をすっと伸ばして息を吸い、男性を真似たような奇妙な声音で言った。

「ようこそ、ビール・ストリートへ。ここはブルースの故郷、ロック・ン・ロール生誕の地」

 ビリーは少し噴き出した。

「なんだその、ツーリスト・ガイドみたいな言い方は」

 エルは再び歩き始め、両手を不思議な動きでひらひらと波打たせながら、トーンを上げて続けた。

「暑く蒸した夏の夜。ネオンのきらめく三ブロックの通りに、所狭しと立ち並ぶレストラン、バー、ナイトクラブ、ミュージック・ヴェニュー。通りに溢れ出す音楽と、活気、熱気、臭気。街のヴァイブを身体中に浴びて、ずぶ濡れになるまで楽しんでください」

 エルはふっと手を下ろして立ち止まり、肩と顔と声を落として、呟いた。

「――あたしにも入れるとこ、あるかな」

 ビリーは頭を掻き、目を伏せながら言った。

「――まぁ、やっぱり、二十一歳未満はダメみてぇだな」

 エルは視線を落として唇を結び、小さく何度か頷いてから、柔らかな微笑みを作り、少し掠れた声で言った。

「そうだよね。どうする、ビリーは。あたしは、大丈――」

 ビリーはエルの言葉を遮り、寛いだ声で言った。

「――あんまり遅ぇ時間は、だとさ。それまでならどこでも大歓迎だとよ」

 エルは首を捻じってビリーを見上げ、一呼吸の沈黙のあとで、訊ねた。

「ほんとに?」

「ああ。さっき訊いて回ったから間違いねぇ。九時までだとか十時までだとか、あれこれ言ってたぜ」

 エルがあたふたと気持ちを言葉にしようとしているうちに、ビリーは重ねた。

「ジェリー・リー・ルイス、アルフレッズ、シルキー・オサリヴァンズ、キングス・パレス、ブルース・シティ・カフェ、B・B・キング、か。ま、どこでもお前の好きなところにいこうや。まだまだ時間はあるぜ」

 ぼんやりと開いていたエルの口がゆっくりと笑顔に変わっていき、頷きながら輝いた。

「うん!」

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