表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

#01 人生の終わり、その先で

高校二年の冬、その日はいつも以上に寒かった。


(さむ)……」


辺りに誰もいないせいか、俺の呟きがやけに響く。

いつも歩いている住宅街が、どこか別世界のようだった。


今日に限って遅刻……我ながらついてない。


ちょうど昼休みの鐘が鳴った頃、俺は教室の扉に手を掛けた。


「おっ、やっときた!お前DM見てないだろ?心配したんだぞ」


教室に入った途端、一人の男子が駆けつけて来る。

言わずもがな、悪友の黒瀬(くろせ)颯人(はやと)だ。


「悪い。急いでたんだよ」


「はあ?スマホの通知を確認する暇もなかったのか?え、まさかの(れん)様が寝坊?」


揶揄からかうように笑いを溢す颯人。

こいつは冗談だと思って言ったようだが、これが実際、合っているのだから不思議だ。


「そのまさかだよ。お前が貸してくれたゲーム、徹夜でやったら寝坊したんだ」


何も隠さず正直に話すと、颯人の瞳が大きく開かれる。


「え、うそだろ?冗談か?」


「俺が冗談言うタチだと思うか?」


「……思わねぇな」


そう告げると、颯人はしばらく黙り込んだ。

何かを考えているみたいだが、どうせ碌なことじゃない。


「ってことは、俺が“カンセツテキに”お前を堕落させちまったってことか?」


やはり碌なことを考えていなかった。


「そんなわけねぇだろ。ったく、意味わかってるのか?」


「いやぁ……“間接的に”、とかって頭良さそうじゃん?使ってみたかったんだよ!」


「……そうか。女子にモテたいなら“それ”、やめた方がいいと思うぞ?」


その一言で颯人が凍る。

こいつ、こう言う類の話にほんと弱いよな。


「それは言わない約束だろ!

……てか怜、お前寝坊とか初めてじゃね?


『成績上位』『生徒会役員』『遅刻ゼロ』の三冠で有名な優等生。


そんな一ノ瀬(いちのせ)(れん)が寝坊とか、誰が想像できんだよ?」


“優等生”……か。

そんなの、ただの見せかけに過ぎないのに。


「したものはしたんだよ」


「納得いかねぇ……」


颯人が不服そうに睨んでくる。

そんな目で見られるようなことじゃないはずなんだが。

誰だって寝坊くらいする。

俺だけ特別扱いされるのは、正直違うだろ。


「もうなんとでも言えよ。お前が頑固なのは今に始まったことじゃないしな」


「おー、わかってんじゃん。でもさ、俺が貸したゲームが原因なのは本当だろ?」


「まあな。思った以上にハマった」


先週、颯人にしつこく勧められて始めたゲームだが、思った以上に面白かった。

柄にもなくハマってしまったのだ。


「あとラスボス倒すだけだから、明日には返せそう」


「そうか……って、は!?もうラスボス!?あれ普通は半年かかるもんだぞ!?」


そんなに驚くことだろうか。

タイムアタックとかはよく聞くし、大したことじゃないと思うが。


「やっぱこいつおかいし……」


「おい颯人。聞こえてるぞ」


心の声がダダ漏れな颯人に、間髪入れずに指摘する。

ビクつく颯人の反応が予想通り過ぎて、俺は思わず笑いを漏らした。


「わ、笑うなよ」


「悪い悪い」


颯人は頭は悪いし、失礼なことを平気で言ってくる。

だが、まっすぐで裏表がない。

その眩しさは時に、羨ましいくらいだ。


「くそぉ…俺は一生怜には勝てないのか……」


「何バカなこと言ってるんだよ。そもそも何の勝負して──」


言い終える前だった。

廊下から悲鳴が響き、教室の中が騒然とする。


「ん?何だ?」


颯人がそう呟いた時。

扉の奥に人影が映った。


……猛烈に、嫌な予感がする。


瞬間、教室の扉が勢いよく開かれた。


「動くなあ!」


ドスの効いた不穏な叫び。

声の主人は黒い服を纏った、いかにも不審な男だった。


「少しでも妙なマネをしてみろ!!すぐにこの女を殺してやる!!」


男の手には小型のナイフが握られ、一人の女生徒が人質に取られている。


「うっ、うぅ……」


人質の生徒はかろうじて意識を保っているものの、いつパニックを起こしてもおかしくない。

変に暴れれば、確実に殺される状況だった。


「……れ、怜。やばくないか……!?」


「シッ!喋るな!犯人を刺激する……!!」


隣で耳打ちをしてきた颯人に静かに答える。


やばいのは俺だって分かる。

だが、下手に動けば被害が広がるだけだ。


……クソッ。

なんで校内に不審者が入り込んでるんだ。

学校側は何をやってる!?


「警察に通報すれば、こいつを殺すぞ!!」


「うっ、う……」


男の目は完全に血走っており、殺気が溢れ出ていた。


そんな奴の目と、俺の目が──合う。


瞬間、脳裏を横切る()()()()

血眼になってナイフを振り落とす、憎悪に満ちた瞳。


「……ッ!!」


身体の奥底から、何かが這い上がる。

足が震え、今にも膝を着きそうだった。


「怜!?大丈夫か!?」


「……大丈夫。だから喋るな」


落ち着け。

あの男は理性を失っている。

大人しく指示に従うのが合理的だ。


そう思った時だった。


「うっ……うわぁぁあ!!」


人質の理性が、先に限界を迎えてしまった。


マズい……!

このままだとパニックが──


「動くなって言っただろぉおお!!」


瞬間、犯人が人質にナイフを突き刺した。

急所ではない。

だが当然、刺した場所からは()が出る。


それを見た瞬間だった。


「うわぁああああ──!!!」


教室と廊下、両方で悲鳴が爆発する。

気づいた時には、もう取り返しのつかない状況になっていた。


そして、触発されたのは生徒たちだけではない。


「死ねぇええ!!」


男も完全に理性を失い、ナイフを無造作に振り回し始めた。


「……クソッ」


このままじゃ俺も危ない。

ここから離れないとダメだ。


「颯人!逃げるぞ!」


「……ッ!?ああ!!」


颯人に合図を出し、教室を出ようとしたその時。


「死ねぇええ!!」


背後から男の叫びが飛んだ。


振り返った時。

男が握るナイフの先には──颯人がいた。


一瞬、思考が止まる。


助ける必要なんてない。


あいつは俺じゃない。

俺が傷つく理由も、命を張る理由もない。


合理的に考えれば、見捨てるのが正しい。


……分かっているはずなのに。


身体が、動いた。


次の瞬間、焼け付くような痛みが肩を貫く。


「……グッ」


感じたことのない激痛が走った。

それでも、怯むわけにはいかない。


「くたばれぇええ!!」


男の身体を握り締め、廊下へと押し出した。

壁に叩きつけた衝撃で、廊下の窓ガラスが割れる。


「何すんだぁああ!!」


犯人の声に圧倒されるも、押さえつける手を緩めない。

緩めたら、俺が死ぬ。


……クソッ、何やってんだよ、俺は。

刃物持ちと素手でやり合うなんてどうかしてる。


肩からナイフが引き抜かれた。

再び、狂気の刃が俺へと迫る。


しかしその時。


重心が傾き、犯人が体勢を崩す。


「……ッ!?」


運が味方に付いたと錯覚してすぐ。

犯人を掴んでいたことが仇になり、俺まで外へと放り出された。


「怜──!!!」


後ろから聞こえる颯人の声。

落下様に見た颯人の顔は、さすがによく見えなかった。


これまでの人生。

俺は何一つ打ち込むことない、つまらないものだった。


だから嬉しかった。

友と笑い合い、普通にゲームを楽しめたことが。


やっと少し、()()()なれた気がして。


──だからこそ、忘れていた。


普通が、明日も続くとは限らないことを。


俺は静かに目を瞑る。

訪れる死を、ただ待っていた。


──だが、終わりではなかった。


この時の俺は、まだ知らない。


この瞬間が、“最悪の始まり”だということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ