第6話 玉ねぎと胸腔穿刺①
立ち込める砂埃の中、俺とロイは無言で暫し立ち尽くした。
「……」
「……」
「今の、何」
「いや、あの……ちょっとエネルギー産生を上げてみたっつーか……あ、身体強化魔術?みたいな」
自分でもまだ手探りの事情を、ざっくりと説明をする。そんな目で見ないで欲しい。俺自身、こんなに効果があると思わなかったんだ。
俺のテンションに付随するかのように、しゅるしゅると手足が元の枯れ木に戻った。魔術の効果が切れたようだ。今回は特に副作用を感じない。
萎んだ俺とは打って変わって、強化魔術と聞いた瞬間にロイの表情は一挙に明るくなる。
「お、おい! このくらい力があれば、早速冒険者になれるんじゃないか!? だって、ボロ家とは言え、普通は大人でも素手で殴ったぐらいじゃ壊せないだろ。それを一発で木っ端微塵なんだから、それだけ攻撃力が高いってことじゃないか」
「!」
ロイの言葉にハッとする。
スムーズに行き過ぎて思考が追いついていなかったが、この魔術は極めて実戦向けだ。殴って良し、蹴って良し、逃げて良し。回復力なんかも少し上がっているようだ。
これなら、できる。スラムから抜け出して、冒険者なり傭兵なりになることが。まともな生活を送ることが。人に使われるのではなく、使う側に立つことが。
「ロイ。ギルドってどこにあるんだ。冒険者の登録したい。身分証とかはいらないんだろ?」
「ああ、完全実力主義の組合だから、登録には保証人も金もいらない。何なら俺も登録だけはしてあるぞ。俺じゃあこなせる依頼がないから、何の役にも立ってないんだけど」
ロイが冒険者登録済みとは知らなかった。それなら話が早い。
「この強化魔術があれば、簡単な依頼ならいけそうか? 採取系とかさ」
「いけると思う。街の外すぐなら弱い魔物しかいないから」
「よし。じゃあ明日登録に行こう。ついでにお前、俺とパーティーを組む気はないか」
「えっ、俺が!? 正直俺にとってはおいしい話だけど、アルフには得がないぞ」
胸を張って言う台詞ではないだろうが。しかし、これを言ってしまうあたり、しっかりしているようで子供というか、いい奴というか。
「見張りだの荷物持ちだの、要は雑用係が必要なんだ」
「雑用……」
「あーいや、言い方が悪かったか。助っ人? 相棒? えーと」
「やるやる、雑用! 何でもやるぜ! あ、でもやっぱり守ってもらいっぱなしは嫌だから、最初の金が手に入ったら何かしらの武器を買うよ」
なんとロイは雑用係と言われて気分を害したのではなく、高揚しすぎて話せなかっただけらしい。予想外に良い反応を頼もしく思う。
「ひとまず今日は俺んち来いよ。残りのパンとトマト食おうぜ」
「おう、そうだな」
俺は勧められるままロイについて行き、食事の合間にも魔術の練習に勤しんだ。
明日からは、冒険者になる。こんな子供が身一つで。ギルドにはディックのようなろくでなしがゴロゴロいるのだ。弱ければ恰好のサンドバッグになってしまう。
俺は早急に強くならなければいけない。
中途半端に出た杭ではなく、聳え立つ大木に。
***
翌朝。深夜まで魔術の練習をしていた割には、俺もロイもすっきりと目覚めた。
普段より良い物を食えたおかげもあるし、このくそったれな環境から抜け出せると、柄にもなく浮足立っているせいでもある。
深夜まで、ロイの家をも壊す勢いでいろいろと試した結果、とりあえず強化魔術だけはそこそこ安定して使えるようになった。
一度強化を使うとおよそ3分ほど効果が持続し、その間は筋力、知能、回復力、ありとあらゆる身体能力が飛躍的に上昇する。とりあえず6回ほどは連続使用も可能だった。限界が来たのは凄まじい空腹感故だ。摂取したエネルギーが強化魔術すなわちATP生産の元手になるわけなので、まあ納得である。
現時点でも、一般的な大人だったら一撃で倒せるぐらいの身体能力だ。それを単純計算で18分間も使えたら、ギルドや町中にたむろするろくでなし共や、街の外すぐにいる弱い魔物達からであれば、身を守ることくらいはできるだろう。
しかも、理論上、体格や筋肉量が増えたら、強化効率はさらに向上するはずだ。自身の成長が楽しみになる。転生先のくそったれな環境に嘆いていた数日前が嘘のように、未来が明るく思えた。
ちなみに、他人も強化できないかとロイで実験してみたが、それは不発に終わった。ということは、俺が近接で殴りに行って、ロイには見張りと後方支援を頼むしかないだろうな。
期待に弾む胸中そのままに、るんるんとロイに案内されてギルドを目指す。
商業組合的な物はこの世界にも何種類かあるようだが、「ギルド」と呼ばれるのは、腕っぷしで生計を立てる人種が属す組合である。
街の外に溢れるモンスターをくぐり抜けて素材を採ってきたり、未開の地でお宝を探し求めたりするのが冒険者。
強い冒険者には、金持ちや貴族から、護衛や内乱の鎮圧などの高額報酬の依頼が名指しで入るようになる。それが傭兵だ。
俺が目指すのは後者だ。
とは言っても、ある程度名を売らなければ指名など入らない。当座生きていくための金も稼がなければならないので、いずれにせよ最初は冒険者として下積みをするつもりだ。
「簡単な依頼だとどういうのがあるんだ?」
「初心者向けのだと、やっぱ薬草採取とか魔石集めかな……あ。メアリばあさん」
雑談しつつ街の中心街にあるギルドを目指して歩いていると、偶然にもトマトの恩人が手押し車を押していた。市に向かうところだろうか。程なくばあさんも俺達に気づく。
「坊やたち! 怪我はどうなの。心配してたのよ」
「ありがとう。もう全然大丈夫さ。栄養満点のトマトのおかげだね」
「あらあら、嬉しいわね。じゃ、今日は玉ねぎとベーコンを少し分けてあげようか」
「えっ! ……いいの?」
「他の人には内緒よ。私からの快気祝い」
メアリばあさんの親切過ぎる提案に俺達は目を丸くする。ディック程ではなくとも、俺達浮浪児なんて嫌われもの。ここまで優しくしてくれる大人など、普通いない。
ばあさんは手押し車の中から玉ねぎとベーコンの切れ端を取り出し、俺に玉ねぎを、ロイにベーコンを渡してくれた。
「どうぞ」
「……ありがとう」
春の陽気にさらされた食材は、ずっしりと温かかった。




