第40話 初デートと似合う服
俺の体力が戻り、報奨金とフレデリックからの金も受け取り、生活が落ち着いたある日。俺は呑気に商店街を歩いていた。いつも通りの黒ずくめの仕事着で、隣には、これまたいつも通りの白ブラウスを着たアナベルがいて。
思えば並んで街を歩くのは初めてだな。別に、だからなんだと言うわけじゃない。手すら繋がず、ただ歩いてるだけ。それだけの事に逸る心音に、だから落ち着けと言い聞かせる。
第1の目的地は、馴染みの服屋――ではなく、平民の中では富裕層と、下級貴族にも御用達の高級服飾店である。上級貴族はそもそも自らが店に出向くようなことはしないので、実質店舗としては最高級ランクといえる。
「あ、アルフ、本当にこの店でいいのか……? てっきり前に教えてくれた店だとばかり……」
「たまには違う店もいいだろ。結構良いもん売ってるぞ、ここ」
「えっ、アルフの服ってここのなの!?」
「あー、いや、ほとんどは商店街のあそこのやつか古着。コートとジャケットだけここで買ってる」
「あぁ、そういえば前に貸してくれた上着、凄く着心地良かったな。軽いのに暖かくて」
脳裏に、すっぽり俺色に包まれた後ろ姿が浮かんだ。思い出しニヤけをする前に小さく頭を振って、この店に入らせるためのプレゼンを続ける。
「だろ? お前、こないだダメにした服、シルクだろ。戦う時に着るなら着慣れてる素材の方がいいんじゃね? となると商店街の店には置いてねえ」
「まあ、確かに、摩擦とか袖捌きは気になる……かも……? でも、やっぱり今の私には贅沢品だよ」
「いやどう見ても必要経費だわ。入るぞ」
「うぅ……」
父は傭兵からの下級貴族だし、アナベル母の実家も裕福だし、こういう店には慣れていて然るべきなのに。数ヶ月ですっかり庶民と化したアナベルは、やたらと萎縮した様子で、おずおずと扉をくぐった。小動物かよ。
しかし、店内の照明と窓ガラスを贅沢に使用した故の明るさと、色とりどりの上等な服が掛けられたハンガーやトルソーに目を惹かれたらしく、間もなくぱっと顔を上げた。ポールの端のハンガーに手を伸ばし、やっぱり引っ込めて、アナベルはこちらを振り向いた。
「ねえ、本当に買って貰ってしまっていいのか?」
「おう。ボーナスだと思え」
「それならもうお金を沢山貰ったのに……」
「あれは正当な報酬だ。つーか、もともとお前ん家の金だわ」
「だとしても、アルフがいなかったら戻ってこなかったお金だもん」
ぶつぶつ言いながらも金色の目を無邪気に輝かせて、アナベルはハンガーポールに向き直った。なんだかんだ言っても女子だよな。ふ、と自然と俺の口元も緩くなる。
「どうしよう……鎧の下で着るとなると、やっぱりシルクのブラウスかな。あ、これでいっか」
「即決だな。……ん? それ、今着てるのと同じじゃねえの?」
「似てるよね。私は仕事着ってのはなくて、普段着の上に防具を付けるだけだからなぁ。着回し重視というか、同じようなデザインの服を2セット持ってるんだよ。といっても、今着てるのは盗まれてから買い足したものだから、素材は違うんだけど」
言われてみれば、プライベートも含めて白ブラウスに青いスカートらしきものを着ているところしか見た記憶が無い。年頃の女にしては洒落っ気がなさすぎねえか? 仕事着を機能性で選ぶのはわかるが、街中にいる時くらい好きなの着りゃあいいのに。いや、別に、見たいとかじゃなくて。
「なぁ、じゃあそれは必要経費として、ボーナスぶんとして他にも新しいの買えば。仕事用じゃないやつ」
「ここで2着も買ったら高くつくぞ!?」
「つってもたかが知れてる。言っとくけど、お前に渡したより俺の取り分の方が多いからな? 服の2、3枚で遠慮される筋合いはねえ」
「そ、そうか……傭兵ってすごいんだな……」
感心したような呆れたような顔で、アナベルはハンガーに掛けられた1枚1枚をめくり始めた。水色、黄色、赤……色とりどりの服が揺れる。どれも似合いそうだが、本人的にはピンとこないらしく、手に取ってはポールに戻していく。
「いつもこればっかり着てたから、どれが似合うかわからないな……」
「難しく考えないで好きなの着ろよ」
「好きなの、かぁ」
暫し思案して、おずおずとアナベルが手を伸ばしたのは、黒いワンピースだった。一見無地で形もシンプルだが、艶のある生地にレースを重ねてあるようで、流石贅沢な作りをしている。胸元から袖にかけてはレース生地のみだから、たぶん着たら素肌が透けるんだと思う。
――え、アナベルがこれ着んの? 大丈夫か?
無言で服を凝視していた俺に気づいたようで、アナベルはあわあわと意見を求めてきた。
「や、やっぱり似合わないかな!?」
「似合、いはする、と思うが……なんつーか、意外。こういうイメージはなかった」
「そ、そうだよね……。これならアルフに似合うと思ったんだけど」
「はぁ!?」
惚れた女の服を選びながら、見たさと見せたくなさとで迷っていただけなのに、よもや俺の女装用だったとは。泣くか怒るかしていいだろうか。頭を殴られたような衝撃に、目元を抑えて俯く。
「一応言うが俺は着ねえぞ」
「えっ!? あっ、違う違う! 『アルフが着たら似合う』じゃなくて、『これを着たらアルフに似合う』って意味、で……」
「ごふっ」
唾液を誤嚥した。何だそれ。どういうつもりで言っている。
「だ、だってアルフいつも黒ずくめだし! 世の中知り尽くした顔してるし! こういうのを着たら、私も少しは大人っぽく――隣を歩いても恥ずかしくない程度になれるかと……」
「わかった、ストップ、1回止まれ」
すうと深呼吸をひとつ。えーと、今こいつは何て言ったんだったか。好きなのを選べと言っているのに、数ある中からわざわざ俺に合わせたものを手に取るなんて。で、え、隣を歩く?
……何? 好きなの? 俺の事。実はもはや片想いじゃないんじゃねえかこれ。そんな都合のいい発想が浮かびかけるが、早とちりや勘違いは大敵だ。相手はアナベルだぞ。
深呼吸と咳払いで不整脈を抑え込み、あくまで平然と返す。
「別に、今だって恥ずかしくなんてねえだろうよ。そんなことより、自分が欲しいかどうかで選びやがれ」
「んー、じゃあ、やっぱりこれがいいな。形からでも、こういうのが似合うようになりたい」
「……そうかよ」
我儘どころか、些細なおねだりすら滅多に言わないアナベルだ。ここまで言われて反対する理由なんてあるはずもない。胸元の透け感についての若干の不安は、俺が隣を歩けば解消される。それを前提に選ばれた服なのだから、そうしたって構わないというか、むしろそうすべきだ、うん。
先に選んでいた白いブラウスと一緒に黒のワンピースを半ばひったくるように受け取って、店員に声を掛ける。にこやかな女性店員が素早く対応してくれ、俺の肩越しにアナベルに問いかけた。
「ワンピースはこのまま着ていかれますか?」
「えっ、えっ、うーん……いや、包んでください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が裏手に一度戻って行ったのを確認してから、素朴な疑問をアナベルにぶつける。
「なんだ、着ねえのか」
「それに合わせたお化粧とかもまったく考えないで来ちゃってるから。次は着させてもらうよ」
「次」
「うん。あの服なら、夜にお酒を飲みに行ったりもできそうじゃないか?」
次。次かぁ。さらりと口に出されたたった2文字にニヤける俺はだいぶ重症だ。でも、今日誘ったのだって熱に浮かされた勢いでようやくだったのだ。2回目3回目はどうすれば、と悩んでいたのだから許して欲しい。
ましてやその「次回」は、俺が選んだ服を着て、それに合わせてめかしこんでくれるというのだから、流石の悪党の心だって踊るというものだ。
「まあ、いいんじゃね。――つーか、白い服で酒飲んじゃいけないなんて決まりもねえんだから、いつでも行けばいいじゃねえか」
「私が酒場に入ると、なんだか悪目立ちするんだよ……。どちらかと言えば童顔だからかなぁ。絡まれるのが面倒で、もうしばらく行ってないんだ。成人したことだし、きちんと大人っぽく装えば大丈夫かなって!」
悪目立ち。絡まれる。不安しかない言葉の羅列に頭痛がする。それは恐らく童顔が主因じゃなくて、いわゆるナンパとか人攫いとか、そういう類の輩だろう。
「……服の雰囲気を変えたくらいじゃ目立つまんまだと思うぞ。むしろ着飾ってたら余計絡まれるかもな」
「えっ、そ、そうか?」
「どうせ何も知らずに治安の悪い酒場にでも行ったんだろ? 次回の店は俺が指定する。俺がついてれば、好きな服着てても問題ねえから」
「そっか、そうだな。うん、よろしく! 」
ふわり、金の瞳が細められる。見蕩れているうちに丁寧に包まれた服を店員が持ってきて、デートの工程をメインイベントへと進めるべく、俺達は店を後にした。




