第41話 自分のために
メインイベント、すなわち食事である。娯楽の少ないこの世界、初デートとしては王道のコースだと思う。
アナベルに食いたいものを聞いたら、分厚い肉だの高価い酒だのではなく、流行りのカフェに行きたいと言われた。1人では気後れして入れないからと。俺が一緒では余計に入りにくいのではという言葉を飲み込んで承諾し、今日こうしてここに来たわけだ。洒落た内装に、ストーブ付きのテラスが目新しいそのカフェは、カップルか女同士のグループで溢れかえっていて、確かに男が一緒の方が目立たないかもしれない。魔術師で良いのかは甚だ疑問だけど。
アナベルの希望で、小洒落たテラス席に案内されてテーブルにつく。置いてあったメニューに金色はすぐに釘付けになって、そっちこっちに目移りしているのがわかりやすい。連れてきた甲斐があるってもんだ。
「種類が随分たくさんあるな。アルフはやっぱりパンケーキ?」
「んー……お前は?」
「このチョコレートという物を使ったケーキが気になってる。最近南国から輸入されてきたんだって。でも、ケーキなのに少し苦いらしいんだ。苦い食べ物って、美味しいのだろうか。こっちのアップルパイにしといた方がいいかな」
「じゃあ、どっちも頼めば。チョコ無理だったら俺が食うから」
「えっ、アルフはチョコレートを食べられるの?」
「あー、……たぶん?」
正確に言うと俺は食ったことない。前世でたまに院内コンビニで買っていた。ここじゃ現代日本のクオリティのものは期待できないが、まあいけんだろ。
想像を多分に交えたせいで歯切れの悪い俺の回答に、アナベルは感心したような納得いかないような顔をする。
「やっぱり、お酒が好きな人って、苦味にも強いんだな。けど、アルフはパンケーキが1番好きだろう? 私に合わせてもらうのは申し訳ないんだが……」
「別に。俺も気になるし。……ホットケーキは家で食えるし」
「! そっか、そうだよね。――明日の朝ごはんは任せてくれ!」
「おう」
間もなく運ばれてきた2種のケーキのうち、まずは黒っぽい方をアナベルの前に置く。恐る恐る1口目を咀嚼したアナベルは、途端に眼を見開いた。金色が爛々と踊る。
「おいしい……! ほろ苦さはあるけど、全然嫌な苦味じゃない! すごく美味しいよ」
「良かったな。んじゃこっち俺が食うぞ」
必然的に俺は黄金色の方――アップルパイを選択し、皿を手前に引き寄せる。躊躇のない俺の動きをアナベルが見咎めて遠慮がちに聞いてきた。
「いいの? こっち食べたかったりしない?」
「俺は別にどっちでもいい。アップルパイもチョコも食ったことないことに変わりねえもん」
「えぇ!? パイも初めてなの」
「スラム育ちの独り者を舐めるなよ」
嘘偽りない本心として、ケーキだろうとパイだろうとどっちでも良い。何ならどっちも食わなくていい。目の前であれだけ美味そうな顔をされたら、今日はもうそれだけで満腹だ。
「じゃあ……せめて1口。はい、どうぞ」
「待て待て待てここではキツイ!」
「えっ、あっ、そうか。看病の時の癖で……ご、ごめん」
チョコレートケーキをひと欠片フォークに突き刺し、俺の口元に突き出してきたアナベルを制する。こいつは「つい」とか軽々しく口にしてやがるが、俺の方は未だ全く慣れてねえんだよ。自宅内、かつ発熱時なら誤魔化しようもあるが、ここで悪党アルフ様が無様に赤面している姿を晒すのは流石に抵抗がありすぎる。
ぶっきらぼうに顔を逸らしたら、アナベルの膝が目に入った。薄ら赤い、気がする。
もうすぐ春とはいえまだまだ風は冷たい。横にストーブが設置されているため、俺としては寒いというほどではないが……こうも短いスカートだと冷えてしまったりはしないだろうか。
「おい、寒くねえか」
「うん? 大丈夫だよ。けど、飲み物は温かいのにしようかな」
「寒いんじゃねえか」
「あはは……アルフこそ大丈夫なのか?」
「俺はまあ、魔術でどうとでも――あ」
ふと思いついて右手で懐中時計を取り出した。不自然に会話を途切れさせた俺に小首を傾げているアナベルに向けて左手を差し出す。
「おい、手ぇ貸せ」
「ん? はい」
……俺から言っておいてなんだが、こう、躊躇とかしねえのな、こいつ。お手かよ。素直に重ねられた手に戸惑いを覚えつつ、短い詠唱を口にする。
「《Wärme erzeugen》」
「えっ!? あったかい……!?」
「やっぱ効いたか」
「え、これ、魔術だよな!? どうして……アルフ自身か、ロイにしか効かないって」
「俺にもわかんねえんだよ。獣人と戦ってる時に偶々効いたから、試しにやってみたら案の定だわ。ロイの時も2人して死にかけてたらそのうち効くようになったから、そういうもんなのかもな」
と言っても、他にも俺と同時に死にかけた奴はいるので、何らかの追加条件があるんだろうけど。この辺は今後色々試してみるしかねえな――などという俺の考察は、アナベルには話半分でしか届かなかったようだ。目を輝かせ、頬を上気させてペタペタと自分の手や顔を触っている。
「すごい、すごいよ!」
「便利だろ」
「便利なんてもんじゃない! 奇跡だ!」
「いや、魔術だって。人前では言うなよ、それ」
「あ、ご、ごめん。でもさ、本当にすごいし有難いものだと思うよ。ありがとう」
また真っ直ぐに伝えられた賞賛と感謝に目眩がする。なんで魔術を断りもなくかけられてそんな顔ができんだよ。怯えるか、怒り狂ってもいい所だぞ。――そういう反応をしないのがわかっているからやったし、そういう奴だとわかったから惚れたんだけど。
かれこれ10年以上も向き合ってこなかった感情は、数ヶ月じゃ御せる訳もなく、上手く働かない頭で辛うじて「そんな大層なもんじゃねえよ」とだけ返した。
「アルフって、全然悪党じゃないよね。むしろ、人のために動いてばかりのお人好しでは?」
「は、天下の魔術師を捕まえて、何を馬鹿なことを」
「私利私欲のために、人を傷つけるために使われるのが魔術、だったか?」
「その通り」
「少なくとも私は、アルフの魔術に傷つけられたことはないよ。それどころか、いつも守られてる」
「それはお前、その……」
仕方ないじゃないか。
俺はいつだって俺のために動く。最優先は自分の幸せだ。
ただ、アナベルがあまりにも真っ直ぐに人の心に体当たりしてきやがったから、それで緩んだ隙間からうっかり侵入を許してしまったから。
「お前に死なれると俺が困るんだよ」
「あはは。貴重な前衛、なんだものな?」
「よくわかってるな」
「でもさ、私が前衛の役目を果たせなくなっても、アルフは私を見捨てなかったでしょう? 」
いつの間にか、自分の中にアナベルが居座ってしまったから、それを心地良いと思ってしまったから。
「働かねえと困る、じゃねえんだよ。死なれると困る、な」
「??? アルフは難しいことを言うなぁ……」
やっと手に入れたその温もりと輝きを、自分勝手に守っているだけなのだ。
「つーか、お前こそお人好し過ぎるわ。どう生きてきたら魔術師をそこまで信用しできるんだよ」
「これだけ良くしてもらったら当然だろう。それに、アルフにならもし騙されてもいいよ。それでアルフが幸せになれるなら」
「ごふっ」
だからそういうとこ!
魔術師相手にそんな無防備なセリフ、全く危なっかしい。これではいつか手放してくれと言われても、そう素直に言うことを聞いてやれねえぞ。
――と、聞いてやる義理もないんだった。なんせ俺は、自分勝手な悪党なんだから。
いつかの誓いを思い出す。
せっかくの人生なんだ。今度は、今度こそ、自分勝手に生きよう。欲しいものを手に入れよう。
――欲しいもの、の中身は、昔と少々変わってしまったけれど。
金でも地位でもなく、取るに足らないたった一人の笑顔を望む人生だって、多分悪くはないはずだ。
お読み頂きありがとうございました。
自称悪いやつが、好きな子相手にはぐだぐだモジモジ必死になるのを書きたくて挑戦してみた物語でして、書いていてものすごく楽しかったです。
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アルフ君の片想い物語はここまでで完結……なのですが、私の中でキャラが立ってくれたようでアフターストーリーの妄想と創造が捗ってしまい、気づけば手元に続編が生まれつつあります……。もしも公開できるくらいの完成度に仕上がったらupするかもしれません。
その際は何卒ご容赦の上、もしも気が向いたらまた彼らを見守って頂けましたら、これ以上の幸せはありません。




