↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪党アルフの片想い~誠実医師の底辺転生~  作者: みそぽんわさび
青年期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/42

第35話 人口呼吸と痩せ我慢

人口呼吸の概念がない獣人は、またも小馬鹿にして笑っている。うるせえなぁ。人命がかかってんだぞ。それに、あぁもう、こんな時でなきゃ俺だってもっと。


「ぅお!? ははっはー、いいねえ、覚悟を決めたってヤツか! いいぜ、仲良くあの世に送ってやるよ!」



遠くで獣人が地面を踏み込む音が聴こえた。

――あー、防御してる余裕なんてねえし、あの馬鹿力を真っ向から受け止めねえとなのか、俺。

……ま、仕方ねぇわな。ていうか、アナベルが居なくなるかもしれないと、そう思ったら、なんか知らねえけど胸がクソ痛えんだわ。これに比べたら、猫パンチくらい大したことねえだろうよ。

さ、集中、集中。


とっくに捨てた医者としての矜持と、持ってることも知らなかった男としての本能が、獣人を俺の意識の外へ追いやっていく。



目に映る全てはアナベル。



背中に激痛が走る。どうでもいい。人工呼吸を続ける。

頬に血飛沫がかかる。どうでもいい。

頭を抉られた感覚。どうでもいい。

視界がぼやける。あと少しでいい。

ぐらり、体を支えきれず、アナベルの上に無様に潰れ落ちる。あと少し、なのに――。


脱力して倒れた俺を死んだと思ったのか、獣人は攻撃を辞めて数歩離れた。

チャンスだ。今のうちに。そう思うのに、体が動かない。動かせない。この女を治すまで、あとほんの少しでいいのに。


「……《Energie(エネルギーを) erzeugen(生み出せ)》……」


薄れゆく意識のなか、半分無意識で唱えた身体強化。ほんの少しでも回復して、アナベルの治療をする時間を稼ぎたくて。


重なった唇の端から零れた詠唱は、何の抵抗もなくアナベルの体内に吸い込まれた。


「え」


そして突如、腕の中、アナベルの体に起きた異変。

くたりとした肢体に力が宿る。肩や頬の傷が塞がっていく。心音が力強く響き、――至近距離の小さな唇から、吐息が漏れた。



恐る恐る呼びかける。


「アナ、ベル」


果たして瞼が薄ら持ち上がり、金色と目線がぶつかった。


「う……ん…………?」

「戻った、か。よかった…… ばかやろう……」

「何、今、何が起きて……アルフ?」

「なんでも、ねえよ……」


もう少し持ち堪えろ、俺。今これ以上こいつを動揺させるわけにはいかねえだろ。地面に横たわったアナベルには、背中と後頭部に集中した俺の怪我は見えてねえはずだから。

辛うじて耐えている俺の耳を、獣人のダミ声が汚す。


「何ィ、女、てめえ生きてたのかよ! はっはー、儲けもんだ! んじゃあもう1回オネンネしてな!」

「っ!」


アナベルは先程叩きつけられた際に剣を手放している。素手で獣人の攻撃は防げない。今の体勢からでは避けるのも間に合わない。


篭手で精一杯の防御を図っただろうアナベルに、獣人の拳が及ぶことはなかった。


「アルフ…!?」

「がっ……」


無理矢理体立ち上がった俺が、拳を受け止めたからだ。なけなしの身体強化を回復でなく筋力に回して。 あー、もう、本当に馬鹿だわ、俺。

力んだことで、後頭部と背中の傷から血が噴き出す。たぶんアナベルに掛かってんな。もうあの白いストールは使い物にならねえだろうな。

生きて帰れたら、また買ってやるんだけど。


……無理かもしれねえなぁ。全身漏れなく痛えわ。やっぱ、前衛なんて、やるもんじゃねえな……。


眼前に獣人の牙が迫る。

しかし、俺の喉笛を食い破ろうとした獣人の臭い舌を、次の瞬間アナベルの切っ先が切り刻んだ。


「ぐぎゃあ!?」

「ごめん、アルフ! もう戦える!」


剣の根本へと視線を滑らせれば、ふたつの金色を力強く輝かせて、アナベルが隣に立っていた。


「嘘だろ!? 生きてて儲けもんくらいの……死に損ないの重症だったはずだ! 立てるわけねえ!」

「私が1人ならそうだったけどな」

「っまさか野郎、そのナリで聖職者かよ!? んな上位の回復魔法を使えるなんて」


聞いてねえぞ、獣人が言い切る前に、アナベルの剣が弧を描く。


「んなわけねぇだろ。火事場の馬鹿力ってやつだ」


たぶん俺の呟きも、奴には届かなかっただろう。

ごとり、鬣(たてがみ)のすぐ下で胴体とお別れした首が転がり落ちた。



***



部屋の中が静まり返る。こうなると俺の息遣いが一番うるさいな。ゼェゼェと無様なことだ。深呼吸を繰り返し、多少なりとも呼吸を整える。ぎりぎりのところで戦いが終わったおかげで、身体強化が命を繋いでくれた。


「はー……おい、お前大丈夫か」


アナベルを振り返ると、俯いてプルプルしていた。え、さっきまであんなに気丈に立ってたくせに、どっか悪いのか。心肺停止から回復したばかりなのだから無理ねえな。


「お、おいどこが痛えんだ。たぶんもう1回くらい強化使えるから、遠慮なく……」


大盤振る舞いの俺の提案にもアナベルは言葉を返すことなく、下を向いたままツカツカと距離を詰めてきた。


ポスッ。


やがて俺の胸にぶつかり、そのまま頭を埋める。


!?!?!?

え、何これどうすれば? 抱きしめていいやつ? どういう感情?


「アルフ……っ。ご、ごめん、なさい、私の、せいで、こ、こんな、大怪我……っ!」

「あーーーいいいいいい、気にすんな死にゃしねえから! そもそもお前のせいでもねえよ」

「でも! こんなに、背中と頭! ロイだって、あんな血まみれで!」

「あいつもあのくらいじゃまだ死なねえよ。お前が猫野郎の気をひいたおかげだ」


ぐすんぐすん止めどない涙と鼻水を袖で乱暴に拭いてやり、アナベルの肩を押して体を起こしてやる。

正直、少しでも腕を動かすと背中に激痛が走るし、視界はモノクロに霞んでるし、めまいは止まらねえ。でも、ここでは何だか痩せ我慢をしたくて、涼しい顔でアナベルを見下ろした。


「じゃあほら、《Energie(エネルギーを) erzeugen(生み出せ)》。……な、だいたい治ったろ」

「……血は止まったけど、まだまだ残ってる」

「そりゃ、教会の上級回復魔法とは違うからな。あくまで回復力を上げてるだけだから、この後もう少し治っていくはずだ。そこらの魔術師としちゃあ中々だと思うんだが?」

「……痛みは?」

「大したことねえよ」

「そっか……」


痩せ我慢は露見せずに済んだらしい。ようやく笑ったアナベルは、また恥ずかしげもなく臭い台詞を口にする。


「……ふふ。また奇跡を貰っちゃったな」

「奇跡じゃなくて魔術な。んな善いもんじゃねえ」

「人のために、人を癒すために使ってくれたのに?」

「俺が俺(悪党)の怪我を治しただけだろ」

「うん。アルフがアルフを――私の大事な人を、癒してくれた」

「は、っはぁ!? 」


一気に顔に熱が集まる。どういう意味で言ってんだ。どうしてこうもこいつは直線的なのか。こそばゆいような、ふわふわするような、居た堪れない感情のままに乱暴にそっぽを向こうとしたけれど、まっすぐこちらを向く金色があまりにも綺麗で、ついぞ目が離せなかった。


「アルフ――本当に、ありがとう。アルフがいなかったら、仇も取れず、弟も売られて、私は死んでた」

「……おう」

「関係ないのに巻き込んで、こんな危険な目に合わせて」

「いや、どの道、俺らに依頼が来ちまってたから」

「2人だけなら、もっと上手くやれたでしょう」

「まあ、……ここまでの大立ち回りはしなかったかもな。でもその甲斐あって、こいつらを突き出せば国からお尋ね者にならずに済む。Win-Winってやつだ」


ぽんと1回だけ、アナベルの頭に手を弾ませる。さっきの戦闘のせいで砂埃に塗れ、所々焦げて縮れた場所もあるくせに、妙に艶々と軟らかくて、碌に櫛も通していない俺の髪とは当たり前だがまるで違い、その差に妙にそわそわした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。