第33話 開戦と致命傷
獣人を振り向けば、ふしゅうと荒々しい息を吐き、怒りに顔を染めている。
「てめェら、こんな真似して覚悟は出来てんだろうなァ!? 」
猛々しい咆哮が響く。それが開戦の合図となった。獣人はデカイ図体を活かし数歩で俺達に肉薄、凶暴に歯を剥きながら拳を振り上げた。
「皆殺し……いや、女は生け捕りだな! オラァ!」
「させるかよ」
「おっとォ」
奴の爪が下ろされるより早く、まずは強化を乗せた拳を土手っ腹に1発。流石の反射速度で避けられた。が、よろけた所にすかさずロイの弓矢が迫る。数本は爪で払われるも、左肩と右腕を軽く掠めた。
「くっそ、テメェら! 」
「くっ!」
獣人は即座に体勢を立て直し、俺の眼前に長く鋭い爪を振り下ろす。さすがに素手では受けられない。多少のダメージを予想しつつ後方に跳んだが、アナベルが頭上で受けて凌いでくれたため無傷で済んだ。
しかし腕力に差がありすぎるが故、アナベルは徐々に押し込まれる。生まれたその隙をつき、獣人が叫んだ。
「野郎共! 来やがれェ!」
怒号に反応し、間もなくヨシュアが言うところの「名もなきゴロツキども」が部屋になだれこんできた。小物とはいえ武装した大の男が20人弱。無視はできない。
「団長は先にあいつらを!」
「あァ? 舐めたこと言ってくれるなァ!」
獣人は空いている左手をアナベルの右側頭部へ向け振り下ろす。まずい。爪は出ていないとはいえあれでは致命傷になり得る。ここからでは間に合わない――が、瞬間、毛むくじゃらの握り拳が赤く爆ぜる。
「ぐおおおお!?」
「俺はアナベルちゃんの援護がよさそうだなー。てことでアルフは1人でそいつらを頼む」
「おう」
獣人が悶えているうちにアナベルが右爪から逃れた。何とも頼もしい団員たちに大物を任せ、命知らずの小物共に向けて指の骨を鳴らす。こんな有象無象に時間をかけてはいられない。
斧を翳して突進してきた猪野郎の顔面には足をくれてやり、鞭を振り回すヒョロガリは逆に鞭を掴んで捻り飛ばす。
多数の攻撃を見切りながら1人あたり潰すのに、大体6、7秒。全員黙らせるまで、単純計算で2分ほど。
その間2人は持ち堪えられるだろうか。目の端で確認する。
致命傷は受けずに、むしろやや押しているようだ。ロイは絶妙なタイミングでアナベルの死角からの攻撃を潰しているし、アナベルは獣人がロイの元へ辿り着けないよううまくブロックしながら鍔迫っている。
よし、これなら。少し安堵したのも束の間、獣人が奇妙な動きを見せた。
「ちょこまかうぜェな! 出てこいトカゲェ!」
わざと後方へ飛び退き、アナベル弟たちの入った檻の横をガァン! と蹴ったのだ。よく見ると大きな檻の奥に、犬小屋サイズの檻が併設されてやがる。重なった格子と獣人の図体のせいで、中身は見えない。しかし、間もなく、のそりと何かが這い出してくる。
鈍い動きで顔を覗かせたのは、ワニ、ではなくまだ幼体の火蜥蜴だった。
「まずい! アナベルちゃん、距離を」
「オラァ!」
火炎に警戒した2人を嘲笑うかのように、獣人は火蜥蜴の首根っこを掴むと、ロイに向かって投げつけた。
「ガッ……!」
ロイの身体強化はそらそろ切れる。かくして豪速球はロイに命中し、ロイは後ろの壁まで飛ばされ叩きつけられた。血反吐を吐いて、そのまま意識を失う。
「ロイ!」
再び振り下ろされた爪を受けながらアナベルが呼びかけても、ロイは目を覚まさない。目測100kgを超える質量の物体が轟速で直撃したのだ。肋骨骨折に肝脾損傷、失神したって当然だ。
「まず1匹ィ! 次はどっちだァ!」
「ぐぅっ……」
獣人が、アナベルの剣にさらに圧をかける。もはやアナベルの膝は折れ、地面に立て膝の状態だ。致命傷はなくとも動きが鈍っている。あんな馬鹿力と斬り結び続けているんだ、疲労は隠しようがないだろう。
これまで以上に無遠慮に、最後のゴロツキを踏み潰す。
「ぐぶぅ…っ」
「よし、これで」
すぐにロイに強化をかけてアナベルに加勢を、と俺が体の向きを変えたその時、壁から駆け戻ってきた火蜥蜴が獣人の懐にスルスルとよじ登り、アナベル目掛けて火炎を噴射した。
「ぅわっ……」
「ひゃはは、便利なトカゲだよなァ! 魔術師になった気分だぜ!」
「アナベル!!」
火蜥蜴が噴いた火炎は、小柄なアナベルを完全に覆い隠すほどだ。無傷で済むわけない。俺はそう思ったし、獣人も同様のようで高笑いしてやがる。だがその次の瞬間。
「ははは……ッギャァ!?」
「魔術師の火よりだいぶ温いよ」
高く跳んだアナベルが、炎を斬り裂いて飛び出した。そのまま一息に、頭上から剣を振り下ろす。
ザンッ!!
小気味の良い音を立て、獣人の左肩から先が、ゴトリと地面に落ちた。抱えられていた火蜥蜴も、鳴き声ひとつあげる暇なく、顔面が2つに割られていた。
「ぐ、ぎ、ウガアァァァァァ!!!」
獣人は軽くなった左肩を押さえてのたうつ。致命傷とまではいかないが、かなりの打撃だ。アナベルもその手応えに満足そうに口角を上げる。両頬の炭と火傷が目につく。
「やった……!」
「アナベルお前あんま無茶すんなよ!!」
「はは、入団試験の時みたいだったな!」
「笑ってる場合か!」
軽口を叩きつつも、まだ気は抜けない。アナベルは剣を構え直し、俺はロイの元へたどり着く。
「《Energie erzeugen》」
「う……」
身体強化をかけても意識は戻らないが、ひとまず生存は確認できたし、強化しておけば回復力も上がるから、これでロイは放っておいても死ぬことは無いだろう。
後ろでは、獣人の悲鳴に混じって、ヒュンと剣が風を切る音。終わりか。
――しかし、期待した静寂は訪れず、むしろ悲鳴が怒号に変わって部屋を揺らした。
「グオオオオオオオ! 小娘エェェェェ!!!」
「!?」
「殺す!!!!」
「え、」
パァン!
何かが弾ける音がした。
くの字に折れ曲がったアナベルが、目の前を横切って飛んでいく。白いストールが慣性の法則に靡く。キラキラ飛び散る何かは、砕け散った胸当ての破片だ。
アナベルは勢いそのまま壁に激突し、鈍い音を立てて地面に伏せ落ちた。




