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悪党アルフの片想い~誠実医師の底辺転生~  作者: みそぽんわさび
青年期編

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第30話 命令と殴り込み

予想していたより数段重たい身の上話は、苦労を知らなそうなあどけない頬と唇から、淡々と紡がれた。


「弟を助けに、屋敷に忍び込んだこともあるんだ。でも、どこにも居なくて……。もう生きてはいないのかもしれないけど、 すぐ殺すなら拐う必要もないだろう? 姉の私が言うのもなんだけど、見目も気立ても良い子だから、奴隷に堕とすつもりなのではと思っていたんだ。

――ようやく、手掛かりが得られた。今までありがとう、アルフ、ロイ。私は絶対に行くよ」

「待って待って、アナベルちゃん。事情はわかったし、確かに弟くんが出品される可能性は高そうだけど、一人で飛び込むのは無謀だよ。な、アルフ」

「………………あぁ」


ロイの呼びかけが上手く頭に入ってこない。

そのくらい怒りが強かった。顔も知らねえホフマン親子に、未だかつてない程の憎悪を抱く。


だってこいつが何をしたってんだ。

きっと幸せに生きていたのに、ある日突然裏切られ、父母を殺され、弟とも引き離された。宿屋のババアにぼったくられて一文無しになった時、道理で大して焦らないわけだ。だってこいつの冒険の始まりはもっと悲惨だったんだから。


身分としては元々平民とはいえ、扱いはほとんど貴族に準じたものだったろう。世間知らずのお嬢が、何の準備もなく治安の悪い俗世に放り出されて、どれだけの危険に晒されたことか。並の令嬢ならとっくに、身体か心が死んでいる。


そんな目に遭わせたのが、元婚約者とその親父だと!? 通りすがりの魔術師でももう少し情けがあるだろうよ。だいたい、ガサツで貧相だぁ? 見たこともねえくせに好き勝手言いやがって。まあ節穴にはこの女の良さはわからなかったんだろうな。

残念、てめぇらに窮地に追い込まれてからもこいつはへこたれず、より一層輝きを放ってここに立ってんだよ。


すう、と1つ息を吐いて、なんとか冷静な言葉を絞り出した。


「なぁ、1人で行って勝算はあんのかよ。件の獣人はいるだろうし、他にも雇われた用心棒がいるかもしれねえぞ」

「それは――数ヶ月前より私も強くなった。刺し違える覚悟で行けば」

「ふっ……ざけんな!」


ビク、とアナベルの肩が跳ねる。なんならロイも目を丸くしている。怖がらせるつもりはなかった。でも苛立ちが抑えられない。


「てめえはウチの前衛だろうが。勝手に死のうとしてんじゃねえ。つーか、お前自身が死んだら結局弟をどうやって救い出してくんだよ」

「う、それは……」

「しかもこの依頼、俺とロイ宛てだぞ。俺らは行かなきゃどうせ口封じされる。あいつらにとっては寧ろ、お前が来る方がイレギュラーだろ。怪しまれて顔だのなんだの調べられたらおしまいだろうが」

「それは、そう、か……」

「お前1人で行ったところで、殺されるどころか、もうひと品増えたと喜ばせるのが関の山だ」

「ひと品……」


頭に血が上って思い至っていなかったようだが、俺の言葉でようやく「自らも奴隷として売られる可能性」に思い出した様子で、アナベルは青ざめた顔で自分の肩を抱いた。

はん、わかればいいんだよ、わかれば。


「……考えれば考える程ムカつく野郎どもだぜ。断れない依頼なんて命令と同じだ。俺はそういうのが大っ嫌いなんだよ。ってわけで、二度とこんな舐めた真似が出来ないようにぶちのめして来ようぜ」


本音を言えば、あまりにリスクが高すぎてこの手法は取りたくない。俺とロイだけなら、今回だけ大人しく引き受けて、後は男爵領から遠く離れた街に逃げ、向こうが諦めるのを待つのが最もマシだと思う。


でも、アナベルは断固闘うつもりらしいから、放っとくわけにもいかねえだろ。

それに、首謀者と顧客を根こそぎふん縛って衛兵に突き出せば、如何に「オークション会場に居合わせた魔術師」とはいえ罪には問えねえはずだから、俺達が綺麗に日常に戻る唯一の方法でもあるわけだ。


「アルフ……! いいの?」

「上等だコラ」

「大事なアナベルちゃんの仇だしなー?」

「は!?」

「えっ……?」

「アナベルちゃんが出品される、なんてなったら、アルフ全財産はたくことになるもんなー」

「買わねえよ!」

「か、買わないか……そうだよね、要らないよね」

「い、いや欲しくないってことじゃねえけど」

「欲しいのか!?」

「違っ」

「2人は仲良しだなー」

「頼むから黙れロイ」


ロイを制して、わざとらしい咳払いで気持ちを切り替える。頬は熱いが気にしたら負けだ。



***



数日後。

準備と覚悟を整えて、俺達はホフマン領に来た。即ちアナベルにとっては出身地なので、オークション会場たる森のなかの古い屋敷にもスムーズにたどり着くことができた。当のアナベルは額当てやマスクで顔を隠しているのが、腹立たしいやら哀れやらだ。


コンタクトがないこの世界では隠しようがないから、金の瞳はいつものまま。幸いそこに悲しみや怒りはなく、決意だけを湛えている。



「貴殿がアルフ氏か。歓迎します」


門を叩くと、そのまま使用人によりホールに案内された。そこで待っていたのは美青年だった。歳は俺やロイとタメってところか。目も髪もブルネットで、身長はそこそこあるが身体つきは細く、荒事を要さない裕福な育ちであろうと見て取れる。


喧嘩じゃ負けるわけない相手だろうに、アナベルはさりげなく、さっと顔を伏せた。顔見知りか? しかしただの顔見知りにしちゃ、アナベルがこのように怯えるはずが――

呑気にそこまで考えて思い当たる。


「私はジョゼフ。あなた方の雇い主の息子です」


――こいつが!

諸悪の根源の一人。アナベルの元婚約者。


ぐっ、と拳を握り込む。まだだ。まだ殴るわけにはいかねえ。相手方の総戦力すら不明なのだ。冷静になれ、俺。

爪が食い込むほど拳を握りしめたまま、廊下を屋敷の奥へと進む。


「引き受け頂けて助かりました。何ぶん開催を急いだから、なかなか他の傭兵がつかまらなくて」

「は、だろうな。内容が内容だ。魔術師の方が首に縄をつけやすかったろ」

「はは、人聞きの悪い。我々は今から一蓮托生。報酬は十分に支払いますし、1品2品おまけにお付けしますよ。目玉商品はお譲りできませんがね。実験用なら、見た目はどうでも良いでしょう?」

「……まぁな」


徹頭徹尾、胸糞の悪い会話だ。敬語こそ使っているが、声は常に侮蔑を孕み、偏った価値観を押し付けてくる。


ただ良い収穫もあった。この言い方だと、おそらく雇われている傭兵の数は少ない。それが証拠に、屋敷の奥へ奥へと進んでいる筈なのに、中は静まり返っていて、誰ともすれ違わない。


――お、この部屋には人の気配がするな。むさ苦しい匂いが、多分20人弱……でも、すべて気配が粗雑だ。大した実力はねえゴロツキだな。


おそらく用心棒たちの控え室なのであろうそこを通り過ぎてほどなく、重厚な両開きの扉の前で、ジョゼフは足を止めた。


「ここです。中には男爵と目玉商品がいますから、くれぐれも粗相のないように」

「わぁったよ」



ギィ、古びた音を立てて扉が開いた。

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