第3話 電撃魔法と不整脈
食い物を求めて、とりあえず、市場の裏手まで来てみた。ここはよく残飯が手に入る、謂わば俺達浮浪児のレストランのような場所なのだ。既に数人の先客がゴミ箱を漁っている。
「さすがに、病み上がりで何でも食べられるわけじゃないからな……。できるだけ消化が良くて、菌が少なそうなもの……お、これならいけるか」
「あれ、アルフ。もういいのか」
紙袋に入れられたまま捨てられたカピカピに乾燥した薄切りのパン数枚を見つけ手に取ったところで、後ろから声をかけられた。ロイも朝食に興じていたらしい。
「見ての通りだ」
「よかったな! 今回ばかりはダメかと思ったぞ。どんな魔術を使ったんだ? なんてな!」
「そんなものを使えるなら、こんなとこにいるわけないだろ」
「そりゃそうだ。……ところで、いい物持ってるな?」
軽口を叩きながらもロイは強かに俺の獲物を見定めていたらしい。腐っておらず、まだカビも生えていない炭水化物。俺達とっては、このパンはかなりの上玉だ。
「……二割な」
「半分は?」
「……三分の一。それが妥当だろ」
「うーん、まあそれでいいや」
無駄に仲良しごっこをするつもりはないが、こいつには砂糖菓子を貰った恩がある。長年の付き合いで借りは返すのが互いにわかっている、なんだかんだと信用できる相手なのだ。今回は俺が義理を果たす番だ。
「サンキュ。で、もう少し探すか?」
「ああ」
「じゃあ、メアリばあさんの屋台を覗きに行かないか。昨日までの雨でやられちまったトマトを持て余しているらしい」
「おお。悪くないな」
ロイは俺よりも社交的な性格で、市場の店主たちに顔が利く。おかげでこういった情報を誰より早く得てくるのだ。実りが多そうな時には、俺にも情報をもたらしてくれる。腕っぷしは俺の方が少しだけ強いから、盗み聞きして付いてきた他の浮浪児を追い払うのが俺の役目だ。
足早にメアリばあさんの屋台に顔を出すと、ちょうど婆さんがぼろ袋にトマトを詰めているところだった。うまそうな赤色だが、ほとんどの身がぱっくりと割れてしまって、中の種がぐじゅぐじゅと見えている。
「ああ、坊やたち。これいる? まだぎりぎりカビは生えてないと思うけど」
「ありがとう」
「ほほほ、どうぞどうぞ」
ばあさんの対応は人当たりの良いロイに任せて、体格で勝る俺が袋を背負う。
「重いから気を付けてね」
「……っす」
おっと、まさかわざわざこちらにも声をかけるとは……。
にこやかな大人にどう接するべきかなんて、アルフは習っていない。それでも前世の記憶が完全な非礼を許さず、控えめに会釈してからその場を去ろうとした。
その時だった。
「おやあ、でけえゴミが歩いてんなァ」
突如、頭上からダミ声が降ってきた。反射的に見上げると、身長2mはあろうかという筋骨隆々の巨体に、あちこちに歴戦の傷痕を刻んだ目つきの悪い男が、ニヤニヤと俺とロイを見下ろしている。
「生意気に、睨んでんじゃねえよ」
ガンッ
目が合うと同時に、男の靴先が、俺のみぞおちに食い込んだ。そのまま後ろに蹴り飛ばされる。痩せこけた軽い体は勢いよく飛んで、屋台の後ろの建物の壁に背中を強打することで止まった。
痛い。が、トマト入りの袋がクッションになって、骨が折れた感じはしないし、内臓破裂もしていなさそうだ。
よかった。このままここで意識を失ったふりをしてやり過ごそう――
「おいババア、てめえも、こんなゴミの餌付けなんてすんじゃねえよ。そんなんだからいつまでもゴミが減らねえんだろうが」
「ばあさんは関係ないだろう! 俺達が勝手にここに来ただけだ」
「ああん?」
目を閉じて気を失っているフリをしている俺の耳に、ロイの叫び声が届く。
あのバカ!
あの荒くれが、自分に楯突いた「ゴミ」をどうするかなんてわかりきっているだろうに!
「てめえ、ゴミの分際で、誰に向かって口きいてやがる」
「ばあさんも俺達も、あんたに迷惑なんて」
「かけてるんだっての。てめえらみたいな汚えもんが視界に入るだけで俺達善良な市民は不愉快な思いさせられてんだよ。消えろよ、ゴミが」
「な――」
吐き捨てながら、男はおもむろにロイに右の掌を向けた。
ドンッ
「ぎゃっ」
破裂音とともに男の手から稲妻が走り出る。稲光はロイの体を正確にとらえ、頭からつま先へと駆け抜けていった。ロイは短く悲鳴を上げて、その場に倒れ込んで動かなくなった。
「ま、魔術師……」
「あいつ、見覚えがあるぞ。悪党ディックだ!」
「金さえ積めばどんな仕事でも受けるっていう!? え、衛兵を呼べ!」
俄かに市場の大人たちが騒ぎ出す。それを見たディックは手をひらひらさせながら、存外穏やかに振り返って言った。
「ちっ、めんどくせえな……心配しなくても、あんたらには何もしねえよ。何の得にもなりゃしねえだろ。こいつはあれだ、ただのゴミ掃除だ。なあ、ババア?」
「で、でも……」
「あん? スラムのガキ1人殺ったくらいで、何か文句があるのか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
ディックのひと睨みに、メアリばあさんはすくみ上った。無理もない。この世界において魔術師というものは、徹底的に恐れられ忌避される。謂わば化け物、人の理が通じない存在なのだ。
一方でスラムの子供は、ディックの言う通り、取るに足らない塵芥。仮に今すぐに衛兵達が来たとて、被害者が俺達で加害者がディックなら、奴の処分はなあなあになるはずだ。
だからばあさん、無理するな。楯突くな。俺たちのことなんて庇うな。
「面倒な奴らが来る前に俺は行くぜ。ゴミ、片付けとけよな」
「あ、ああ……」
祈りは通じて、ばあさんにそれ以上害を与えることなく、ディックは踵を返した。
その後ろ姿が見えなくなるのを待ってから、俺はロイににじり寄り、痛む背中に無理やりロイを背負いこんだ。
気を失ったふりをしながら確認していたからわかる。こいつはまだ生きられる。
後ろで大人たちが何か言っていたが、立ち止まっている暇はない。足を止めたって、俺達のために治癒魔法のお布施代を支払ってくれる人などいないのだ。奇跡を座して待つより、俺がロイを診た方が早い。
裏路地に入ってすぐにロイを下ろし、診察を開始する。
「おい、意識はあるか」
「だい、大丈、夫……。け、けど、うで、腕が痺れて、あと、胸が……」
「落ち着け」
声をかけつつ、手早く全身の診察を終わらせる。症状としては、両上肢の麻痺と、異常な頻脈のようだ。辛うじて意思疎通はできるが、朦朧として見える。火傷はあまり目立たない。
先ほどの魔術はどうみても雷とか電撃とかそういった類のものだった。それに加えてこの症状。雷撃症として捉えるのがよさそうだ。
「日本で一般的な内科医をやってたんじゃ、なかなかお目にかからない怪我だが……」
「え、なに、」
「何でもない。とりあえずもう一回脈を測らせろ。首出せ」
「みゃく……?」
雷撃症に伴う麻痺は、割と短時間で回復することが多いと学んだ記憶がある。というか、治らなかったとて検査も投薬もできない今はどうしようもない。
それよりも今はこっち。とんでもない頻脈の方が問題だ。
電撃を受けても心停止に至らなかったのは不幸中の幸いだが、今ざっと測った感じ、脈拍が180を超えている。それに、手首では脈を触れず、頸動脈でも蝕知が弱い。たぶん、収縮期血圧はおよそ60mmHg程度。心臓がうまくポンプ機能を果たせていない証拠だ。
「くそ、心電図さえ取れれば……」
「しんで?」
「だから、何でもない。おい、息を思いっきり吸って、止められるか」
「え、え、ええと」
「無理か。しょうがねえ、首押すぞ。動くなよ」
「えっ」
頻脈と一口にいったって、種類は様々だ。心臓のどこがやられているのか、どうすれば治まるのか、千差万別だ。日本にいたなら、波形と原因に応じて薬でもカテーテルでも使える。でも今の俺に与えられているのは、自分の体一つだけ。
治せる保証なんて皆無だが、やらなきゃロイは死ぬかもしれない。
浮浪児仲間が死ぬのには慣れているが、できることをやらずに死なれるのは、何かだめだ。
ぐ、ぐり、ぐり。
小さく円を描くように、ロイの右頸動脈を刺激する。正式名称を頸動脈洞マッサージという、れっきとした医療行為だ。副交感神経、すなわち体をリラックスさせる神経が集まっている部位を刺激することで、脈拍を遅らせることを目的としている。
10秒ほど圧迫してから、左の頸動脈洞にも同様の刺激を与える。左頸を5秒も押したかどうかのうちに、ロイが不思議そうな声を上げた。
「あれ? ……苦しくない」
「落ち着いたか」
「うん。息ができるし、吐き気も消えた」
「頻脈が治まって、血圧が戻ってきたんだろう。麻痺は、少し待てばよくなる、と思う」
「あ、ありがとう! アルフ、お前ってすごい奴だったんだな!」
「あー、いや……」
ロイの真っ直ぐな感謝に、少々引く。今世でのくそったれな環境に加えて、前世のろくでもない一生を思い出した今、この素直さを受け止める度量が俺にはない。




