第28話 アルフとアナベル②
男女を入れ替えて、「この部屋に男の子入れたの初めてー」と言われたら満更でもねえって気持ちはまあ理解できる。しかし野郎に同様のセリフを言われてそんな反応になるか? 気持ち悪いだけだろ。
はっ、もしかして引いてる? 違うぞ、自分のテリトリーに入れた女がいないだけで、童貞くさい重苦しいやつじゃねえぞ。
「初めて」
「いやっ、それは……!」
「初めて名前で呼んでくれたな」
「は?」
「アナベルって。覚えててくれたんだ」
下世話な言い訳を構築しつつあった俺に、アナベルはどこまでも純粋に笑いかけた。まるでふわりと花開く様な。うっかり見惚れて、それをまた乱暴に誤魔化す。
「っさすがに団員の名前くらい覚えてるわ」
辞めていった奴らも、あまつさえ死んだ奴らの名前さえ、今はもう覚えてないんだけど。つくづく俺はろくでなしだな。傭兵なんて、魔術師なんてそんなもんか。
「あは、それはそうだな。けどなんか、ちょっと嬉しい」
「悪党に名前覚えられて喜ぶたぁ呑気なやつだな」
「悪党悪党いうけど、悪いこともしてきたんだろうけど、団長が私に悪いようにしたことはないじゃないか」
「たぶんそのうち犯罪の片棒担がされんだぞ?」
「私の許容範囲を超えてる犯罪だったら、私が止めるよ」
「はっ。お優しいことで」
「だから、これからもよろしく。アルフ」
「~~~~~っ」
突如呼ばれたその三文字に、また心臓が跳ねる。
『悪党』という枕詞がつかないそれは、もはやロイしか口にしない、単なる記号だったのに。由来も知らない、好きでも嫌いでもなかった記号が、アナベルの唇から零れると、何だか急に特別な物に思えてくる。
「あ、あれ、ダメだった……?」
何も言わない俺を不安に思ったのだろう。アナベルが慌てている。うっすらとだが、まだ顔が赤い気がする。
「ロイは団長のことを名前で呼んでるし、私もロイはロイって呼んでるのに、団長だけいつまでも団長なのはなんか遠い気がして、あ、決して不愉快にするつもりはなくて、せっかく一緒に住んでるんだからもっと仲良くしたいなって思っただけで……あの……ごめんなさい。えーと、やっぱり団長って呼ぶ? それとも、アルフさんとか、アルフ君とか? アルフ様じゃさすがに変だよね?」
俺ほどじゃないにしろ、アナベルとて口数はそう多くない方なのに、今回ばかりは早口でよく捲し立てる。可愛いとこがある、もとい、可愛いとこばっかだなこいつは。口角どころか呼吸まで制御を失って、俺は久々に人前で声を上げて笑った。
「くっ、ははは! いーよ、アルフで」
「ええ、でも」
「お前はアナベル。俺はアルフ。シンプルでいいだろ」
「……ふふ、そうだな」
またアナベルはふわりと笑う。金の瞳はいつも通り明るいけれど、強いというより暖かい光だ。強くならざるを得なかっただけで、たぶん本来のアナベルはこっちなんだろうな。
そうなると――今後の依頼の受け方は、少々考えなければいけないかもしれない。
***
考えねばとは言ったが、それにしたって頭を悩ませる案件が、早速数日後に舞い込んできた。俺とロイは、ギルドの受付近く、背の高いミニテーブルの上に置かれた一通の手紙を睨んで膠着していた。
「どうしたもんか……」
「つっても貴族からの依頼だぞ? 断る選択肢はナシだろー」
「まあ、なぁ。けどこれ、完全に犯罪だぞ」
「今更だろ、と言いたいけど、今までのとはレベル違うよなー」
「チッ、なんで受けるも何も言ってねえ内から詳細を明かしてしてくるんだよ……。知らぬ存ぜぬで通せねえじゃねえか」
そう、これは紛れもなく貴族からの依頼。以前の悪徳小領主から紹介されたらしい、成り上がりの男爵からの、「奴隷オークションの用心棒」の案件である。男爵の使いからギルド経由で呼び出され、物騒な依頼内容とともに、集合場所と日時だけが書かれた手紙を押し付けられたわけだ。
犯罪に手を染めるのは別に初めてじゃない。依頼であれば恨んでもない人間を殺したことだっていくらでもある。
ただ、この世界の法だと、信じ難いことに殺人の罪はさほど重くないのだ。特に殺されたのが平民ならば大掛かりな捜査はされないため、基本的に現行犯でしか罪に問われない。科学が発達していない故だろうか。
しかも特に魔術師は、並の衛兵では相手にならない上に物証も捕まえにくいから、仮に現行犯でもほぼ見逃される。何とも野蛮な世界だ。
しかし、奴隷オークションとなると話は変わる。
奴隷制度を固く禁じたこの国において、暇と金に飽かした貴族が開く奴隷オークションは、平民を殺すよりもずっと大罪だ。衛兵ではなく騎士、つまり武に長けた貴族がきちんと対処にあたる。
そして魔術師は奴隷オークションの上客。俺は幸運なことにやらないで済んでるが、基本は魔術の研鑽には人体実験が必要だからな。そうなると、俺は巻き込まれただけと言ったって信じては貰えるまい。
「だいたい今時やるかね、奴隷オークションなんて。数年前に摘発されまくって下火になったよなー」
「ま、『好きに使える人間』ってのの需要はずっとあるからな。つくづくお貴族様ってのも俺らと変わらねえ低俗っぷりだ。で、この男爵は最近叙爵されたばっかだから、たぶん上流階級にコネクション作りたくて必死なんだろ」
「……断ったら潰されるよなー」
「まあ、……だろうな」
貴族が平民を殺したって何の罪にもならん。それを前提に、事情を最初から明かしてきやがったということは、こちらが断れば口封じのために殺すと言っているようなものだ。
真正面から来てくれればそう簡単に殺られることはないが、四六時中防御に徹するというのも無理な話なわけで。今からずっと、誰かしらに見張られていると思っておいた方がいい。
「受けたとして、こういう輩は何回でもやんだろ? いつかはバレんぞ」
「そりゃそうだな。っていうか、この不用心さだと初回で摘発されてもおかしくないよなー」
「そうなったとして、騎士から逃げられると思うか?」
「逃げるに全振りすればアルフはなんとか逃げられるかもしれないけど、俺は体力的に無理だろうな。アナベルちゃんは……すばしっこいし、逃げられそうな気もするけど」
「だとしても」
アナベルがこれまでやって来たのは、犯罪者や魔物の討伐ばかり。この世界じゃ全く罪に当たらない、むしろ人助けになるようなものだ。食うに困る状況でも、己の正義の範疇で動いてきたのだろう。それこそ騎士の娘として、背筋を伸ばして。
なのにこんなつまらないことで、本来は同僚たる騎士に追われる立場に追いやられるというのは、あまりにも。
「――こそこそ逃げ回るような真似、させたくはねえな」
「へえ。素直になったもんだなー」
「うるせえ」
「じゃあどうする? 俺達だけでやるか?」
「聞き捨てならない話な気がするんだが」
ロイの提案に俺が頷くより早く、アナベルが俺とロイの間ににゅっと顔を挟んできた。




