第26話 相棒と恋心
リビングで寛いでいた俺に、玄関前のアナベルから声がかかった。
「団長ー、買い出しに行くけど、何かついでに必要なものはあるだろうか」
「いや、特にねえ」
「わかったー」
「逆に荷物持ちは要るか?」
「いやいや、私の剣の重さは知ってるだろう? 食材くらい楽勝だよ。じゃ、行ってきます」
「おー」
我ながら腑抜けたやり取りが板に着いてしまったものだ。アナベルを見送ってから、ほぼ無意識に胸元の銀色を手に取れば、嵌った金の石と目が合う。ふ、と微かに漏れた吐息に、まさかと口角に触れて確かめたら、信じ難いことに上がっていた。
「うわ」
俺いま1人で笑ってたか? 悪党アルフ様が、女からの贈り物を見ただけで?
「我ながら気色悪っ」
「何が?」
玄関が無遠慮に開き、見知った顔が覗く。見るまでもなく、ノックもなしにこんな無作法な事をするのはロイしかいない。
「あん? 何でもねえよ。お前こそ何の用だ」
「近くまで来たから。たまには昼飲みでもどうかと思ってなー」
「あー……」
一瞬言い淀む。
朝飯と夕飯はアナベルと無言の先約が元々あったが、最近は昼も作りやがるんだよな、あいつ。食うのは各自好きなタイミングなのであまり被らないが、腹が減って台所に行くとサンドイッチか何かが「良かったらどうぞ」と置いてあるのだ。
まあ、食わなきゃいいだけなんだが、染み付いた貧乏根性と、残したらあいつが落ち込む気がして、今のところ毎回平らげている。
察しの良いロイは、俺の反応から逡巡を見てとったらしい。
「予定あったか。じゃあまた誘うわ」
「おう」
「アルフも隅に置けないなー」
「は?」
「予定、女の子絡みだろー」
「なっ」
察しが良すぎる! いや、こいつが思ってるような色気のある予定では断じてないけれども!
「それくれた子か?」
ロイはトントンと自分の首元を指差す。その通りなのでぐっと言葉に詰まってしまった。俺が自分でこんなものを買う訳がないのは長い付き合いでバレてるし、野郎からの贈り物を好んで身に付けるとは思われたくもないから、隠しようがない。
「お前にゃ関係ねえだろ」
「だって初めてじゃん、アルフが特定の女囲うの」
「囲ってるわけでは……」
「どこの子? 酒場? 娼館?」
「どっちでもねえよ。ていうかそんな関係じゃねえ」
「ふーん。いやさ、実はずっと心配してたんだよ。女を買うことはあってもまあ低頻度だし、もしかして男色なのか? とかさー」
「やめろ気色悪い」
アナベルが今買出し中で良かった。頼むからあいつの前でその話を出さないで欲しい。前半も後半も。いや別に娼館通いがバレても文句を言われる筋合いはないし、多分あいつも怒ったりしないだろうが、だからこそ知られたくない。理由は上手く言えねえけど。
「そんなアルフがまともに恋するとはなー」
「恋!?」
「恋だろ」
「ちっげえよ!! 」
制御を失ったでかい声がでた。
恋。恋って何だよ。前世でもろくな恋愛はしてこなかったし、今世約20年では人に好かれたことも好いたこともからっきしな俺に向かって。
「隠さなくたっていいだろー。悪いことじゃないんだから。女の子を好きになるのはむしろ健全ないいことだね」
「だから好きとかじゃねえんだって……。成り行きというか、放っといたら死んじまいそうだったからどうにかしただけで」
「放っといて死ぬなら死ねばよくね?」
「そりゃ、……そうだけどよ」
「でも死なせたくなかったんだ。で、守ってあげたわけだ。好きじゃん」
「いや、利益的に死なせるわけに行かなかったんだよ。あくまで俺のためなんだって」
そう、俺があいつと居るのは本当に利己的な事情からで。あいつが俺と居るのも、金銭的なメリットを与えているからで。そこに互いに好ましいとか甘ったるい感情はないはずで。
「ほぉ~? ……なあ、その子顔は? 可愛い?」
「面は、まあ客観的に悪くねえだろうな」
「身体は? 抱き心地は?」
「そういう関係じゃねえんだっつってんだろ、抱き心地なんか知るか」
「スタイルだけでも」
「……それはまあ、細身だけどそこそこ出るとこは出て……いや何言わせんだよ」
脳裏にいつだかの白シャツの向こうが浮かびかかり、危うく赤面しそうになって、慌てて首を振って雑念を追い払う。ロイに詳細を語るのも癪だった。
「じゃあ顔も身体もそれなりに良いと思ってるわけだなー。どこが一番気に入ってんの? 」
「気に入ってるところぉ?」
実のところ、気に入ってるのは気に入ってる、のだと思う。所謂お気に入りの部下というやつだな。しかしどこがと言われると。
明確に良いなと思ったのは、ゴブリンキング討伐の時。甘いだけじゃない、ちゃんと仕事ができるところには好感を持った。
それ以外は、長所短所が紙一重すぎて、それを好ましいと思っているのかすら怪しいんだが……。
例えば、こんな悪党の手でも真っ直ぐ拾い上げるところ。冒険者や傭兵としてやっていくには、警戒心がなさすぎる。
苦味に慣れきった舌に、甘味を思い出させるところ。人の思い出に無意識に土足で踏みいりやがって。
甘ったるい癖に強い金の瞳。独りで何を抱えてやがるんだよ。
悪党の魔術を奇跡と呼んで、いちいち感謝を伝えてくること。うぜえんだよ、大体教会に聞かれたらお前まで異端扱いされんぞ。
誕生日を祝われたこと。
前世も今世も、生み出しやがった親すらそれを喜ばなかったというのに。それなら中途半端に生かさず、赤子のうちに処分すれば良かっただろうと何度呪ったか知れない。
なのにあいつは――何が、存在の肯定だ。こんな悪党が世に放たれたのを喜んでどうする。利己的で、打算的で、恐らく家族を失って間もない少女に優しい言葉の一つもかけず、自分の前に立たせて魔物 と戦わせるような、こんな悪党に。
「え、めっちゃ好きじゃん」
「ぅえ!? 俺何も言ってねえよな!?」
「黙りこくってる時間の長さと表情で大体わかるわ。小難しく考えてるみたいだけど、お前その子にちゃんと恋してると思うぞー」
「だからぁ」
カラカラと笑うロイと対照的に、俺は頭を抱える。違う違う、んなわけねえ。ロイが恋愛脳だからそう見えてるだけだ。
こうなっては、この首飾りの送り主がアナベルであることや、あまつさえそれが我が家に居候していることがロイにバレたら終いだ。さっさと追い返そう。
「くだらねえ事言ってないでさっさと帰れ」
「わかったよ。じゃ、また今度、」
「ただいまー」
「げっ」
最悪のタイミングでアナベルが玄関扉を開けた。
「あれ、アナベルちゃん。え? ただいま? 」
「あれ、ロイ、来てたのか」
「来てた……あ~~~そういうこと」
だからロイお前!察しが良すぎるだろう! 驚きすぎてからかうことも忘れているのは幸いだが。
あとアナベルはもう少し用心しろ。いや、もともとはロイ相手に同居を隠すつもりは、つい先程までは俺にもなかったんだが、いいのかお前は俺と2人暮らしだと知られて!
いろいろと居た堪れなくなった俺は、「少し出てくる」と一言だけ絞り出して、その場から逃げることを選択した。




