第24話 聖誕祭と苦い酒③
半ばひったくるように箱を受け取り、乱雑に包装紙を破く。中には、小さな羽型の銀細工に茶の革紐が結ばれた首飾りが入っていた。羽の根元には極小の石が埋め込まれている。
「あの、一種のお守りなんだそうだ。その石に癒しとか厄除けとかの意味があるらしくって、傭兵はどうしても危険が付き物だから……」
アナベルが不安そうにこちらを覗き込む。偶然だろうが、首飾りに使われている石はアナベルの瞳によく似た色だ。追加される説明によって、この小さな箱が更に意味を持ち、顔に熱が集まる。
「~~あぁもう、返せっつっても遅いからな」
「! うん!」
捻くれた口からは、まともな礼のひとつも出てこない。全く情けない。なのにアナベルは心底嬉しそうに頷くもんだから、きっと俺の顔色は酷いことになっているだろう。
「……つけていいか?」
「ぜひ!」
ざっと革紐に頭を通す。生まれてこの方身につけたことのない装飾品だが、まるで初めからそこにあったかのように首元に馴染んだ。アナベルは満足そうな、いっそ幸せそうな顔でそれを見る。
「似合ってる! ちょっとでも効果があるといいな。もちろん、ネックレスなんかに頼らなくても、私が団長を守るんだけど」
「ぐごっ」
素直さの波状攻撃についに耐えられず、蹴り飛ばされたゴブリンみたいな声が出た。
***
「あ、これ美味え。チーズか」
「うん。これならケーキでもお酒にも合うかなぁって、少しだけ胡椒も入れてたりして」
「悪くねえな」
すっかり食事を平らげて、だいぶ満腹だったけれど「誕生日ケーキ」を残すという選択肢は俺にはなく。
しかしケーキの中では甘さ控えめで、アナベルの狙い通りワインに良く合い、思いのほかパクパクと食べ進められた。
「……なあ、今日、相当無理してねえ?」
「え? 無理って?」
「いや……やって貰って言うのも野暮だけどよ、塊肉に魚介、あと酒もこの赤で3本目だろ。その上――」
シンプルとはいえ銀製、しかも何らかの宝石まで付いているわけで、この首飾りだってそこそこの値段がするはずだ。
「い、居候の身で分不相応だと言われたらそれはそうなんだけど……どうしても、今の私にできる精一杯でお祝いしたかったんだ」
「ぐっ、……お前な」
だからコイツは、どうしてこうも直球勝負なんだ。
前世まで遡ったって、「今日誕生日やんな? おめでとー。1杯奢るわ」くらいの祝いしかされた経験がない俺である。
向けられた好意の大きさが、誠実な佇まいが悪党の目には眩しすぎて、思わず胸を抑えて目を逸らしてしまう。俺としたことが、不整脈かもしれない。
沈黙を怒りと解釈したらしいアナベルが、せっせと弁明を始めた。
「で、でも、一応安い宿なら次の仕事まで泊まれるくらいは残してあるし! だからちゃんと明日には出て行けると」
「っ誰もンなこと言ってねえだろうが!」
「ええ?」
「いや、なんだ、その……とにかく安い宿はやめとけ。値段相応の治安だぞ。女が一人で泊まる場所じゃねえよ」
「たぶん私、大抵の襲撃者は撃退できると思うぞ?」
まぁ、確かに、アナベルと渡り合える強盗や暴漢はそうそういないわな。
でも、寝込みを襲われたら? クスリを盛られる可能性だってある。何より、大犯罪者ならアナベルも迷わず斬って捨てるだろうが、初犯の強姦魔くらいじゃこいつはたぶん斬らない。
――想像しただけで吐き気がする。
「団長?」
「お前、この生活嫌じゃねえ?」
「今の? 全然。団長には申し訳ないけど、居心地が良すぎて出ていかなきゃいけないのを忘れてたくらいだし」
「じゃあ気が済むまでここにいろよ」
俺の言葉に、アナベルは目を見開いた。
「……いいの?」
「良くなきゃ言わねえよ。今日の礼だ。家賃もいらねえ」
「えっ、それはさすがに。少しずつでも払うよ」
「家事労働でトントンだろ? なんなら多少給料出してもいいぞ。あと、今までは適当にしてたけど、今後は食費雑費は俺が出す」
「私も食べるのに!?」
「じゃ、渡した金で足りない分だけお前の金で買えば」
「うーん……? それなら良い……のか……?」
丸め込みに成功したようだ。この素直さで、本当によく今まで無事だったな。
そもそもなんでこんな奴が冒険者なんかやってるのかも謎だ。保護者は何やってやがる。しっかり手綱をつけておけ。
なんて。
仕立ての良い服や防具。妙に上流階級の事情に詳しい。今年は家族と誕生日を祝えないらしくて、そもそも「祝ってる場合じゃない」らしい。
――おそらくアナベルは、貴族の出だ。
つっても騎士爵か男爵かその程度だな。んで、家が没落するか、のっぴきならない事情で家を出ることになり、冒険者として食い扶持を稼ぎ始めた。家族は死んだか、今も大変な状況にあって会えない。そんなとこだろう。
これからどうするつもりなのかなんて知ったことじゃねえ。遠からずうちも辞めて居なくなるのかもしれない。それを止める権利が俺にないことはわかってる。
だが、他の誰かがアナベルを食い物にするのは物凄く面白くない。勝手に野垂れ死ぬのも許せない。
いつか来るかもしれないその日まで、こいつの手綱は俺が持つ。
先に首輪を付けやがったのはお前だからな。
覚悟しやがれ。
俺の決意に呼応するように、胸元の銀の羽が煌めいた。




