第23話 聖誕祭と苦い酒②
一夜明けて、聖誕祭当日。
いつも通り揃って朝食を摂った。しかしいつもなら夕飯のリクエストを聞かれるところ、アナベルはおずおずと普段と違うセリフを口にした。
「今日の夕飯は、任せてもらえないだろうか」
「お、おう、構わねえけど」
「よかった。腕によりをかけるよ」
「…… 頼むわ」
いよいよか。
当初「2ヶ月もあれば出ていけるだけの金が貯まる」と言っていた2ヶ月がもうすぐ訪れるし、事実前回の報酬と昨日のを合わせればまともな宿に1ヶ月以上滞在可能なはずで。
律儀なこいつのことだ、世話になった礼にクリスマスパーティもとい聖誕祭ディナーを用意して、跡形もなく片付けて、明日にでも居なくなるつもりなのだろう。
そんなことを考えていたら、動く気がしないまま夕方になってしまった。懐は温まったばかりだし、昼はせっかくの屋台飯に洒落こもうと思っていたのにな。
水分ぐらいは、と台所に行ったところで、玄関前でアナベルと鉢合わせた。外出していたようで、両手いっぱいに食材を抱えていた。
「出来たら声をかけるから、それまでは出来るだけキッチンに近づかないでくれ」
そう言い置いたアナベルが台所に籠って早2時間。
香ばしい匂いが自室にも充満し始め、飼い慣らされた腹が小さく呻く。
いつも夕飯を食ってる時刻はもう過ぎている。そりゃあ腹も減るってもんだ。酒でも飲んで待つか、いや酒も台所に置いてあるな。我慢してるのも馬鹿らしいし、もう乱入しちまおうか。
企みだしたその時、階下からいよいよ声がかかった。
重いような軽いような足取りでダイニングに入ると、テーブルには、何やらパイらしきものと、すごくシンプルな薄黄色のケーキが丸ごと乗っていた。そのでかい皿同士の隙間に、サラダやらスープやら副菜らしき物が所狭しと並んでいる。
「ほー、立派なもんだな」
「り、立派っていえる程のものかは分かんないんだけど、精一杯準備させて貰ったよ」
「いやすげえよ。これはなんて言う食い物だ? 初めて見た」
「これはテリーヌで、こっちはカナッペで、これは野菜と魚介をジュレで寄せてみた奴で……スープはかぼちゃだよ。メインのパイ包み、切り分けていい?」
「おう」
名称は前世か今世かのどこかでうっすら聞いたことはある。が、どういう食い物なのかは結局わからず、食ってみるしかないと結論づけた。パイらしきものは、菓子ではなく、牛の塊肉をパイ生地で包んで焼いた代物のようだ。
「聖誕祭ってこういう飯を食うのか」
「ええと、どうだろう。かぼちゃのスープは定番メニューだけど、他は決まりはないんじゃないかな。むしろ贅沢を好まなかった聖人に敬意を払って質素にまとめる家庭の方が多い気がするよ」
「え、そうなん?」
言われてみれば、昼に屋台で飲み食いして、夜までパーティは胃に重すぎるか。似たようなイベントでも、文化によって違うもんだな。
しかし、ということは、こいつがこれだけの馳走を拵える理由は1つしかないわけで。
「最後の晩餐か」
「? えーと、まずはこれどうぞ」
「お、酒か。気がきくな」
微発泡の白ワインは、きっと高価だったろうに。憎たらしいほど義理堅いやつだ。
「乾杯」
「あっ、かんぱーい」
余計な一言を漏らす前に、酒で自らの口を埋める。
――やたらと苦い味がした。
「団長には、もっと強いお酒の方がいいと思ったんだけど……それだと私が飲めないから、お酒に合う料理がわからなくて。このお酒でも楽しめそう?」
「おう」
「よかった」
この女でも飲めるような、フルーティーな白ワインをこんなに苦く感じるとは、明日からの独り酒はどんなに舌を灼くことだろうか。
すっかり女々しくなった舌に呆れながら、アナベル渾身の肴たちを摘まめば、どれも見事にワインに合って、苦味も薄らいだ。
黙って食べ進める俺を、アナベルがじっと見つめているのに気づく。感想待ちか……? いや、ほぼ毎日何も言わずに食ってるのに、今更?
あぁ、別れの言葉を告げようとしているのか。口を引き結んで顔を上げる。
「あの、団長」
「……んだよ」
「お酒とお肉とケーキといえば、お祝い事だろう?」
「は?」
「私の誕生日の時にそう言ってたじゃないか。……今日はちゃんとお祝いになってるかな」
「……祝い事なのはわかる」
こいつが出て行ったら、俺は静かな1人の我が家を取り戻せる。こいつも悪党と同居する異常事態から解放される。確かにめでたい。Win-Win以外の何物でもない。2か月前の俺なら小躍りして祝杯をかっ食らっていただろう。
なのに今は――こいつが嬉しそうなのがやたらと癇に障る。
「そりゃめでてえよなぁ。で、次の宿は決めたのか。今度はスラムじゃねえだろうな?」
「次の宿??」
皮肉たっぷりの人相の悪い笑みを浮かべて聞いたはずなのに、アナベルは怯えるでもなくきょとんとしている。
「あ、あ、そっか! いやちがう、ずっと居座ろうとしてたわけじゃなくて、その、あまりに毎日穏やかだから、つい出ていかないと行けないのを忘れていたというか、何も考えてなかったというか!」
「は?」
「あ、明日! 明日から宿をちゃんと探す!」
「待て待て、金が貯まったから出て行くって話じゃねえの? じゃあ何の祝いだよこれ」
「その、えーと、団長の誕生日の代わり……」
「はぁ?」
前にこいつにも説明した事があるが、俺は誕生日を知らない。祝ってくれる人も、祝う必要性も知らない。
「差し出がましいかとは思ったんだ。だけど、団長は私にこんなに良くしてくれて、誕生日も祝ってくれたのに、私から何もお返し出来ないのは嫌で……」
「っ、なんで今日」
「教会とか孤児院だと、聖誕祭を皆の誕生日として祝うんだ。互いに感謝を伝え合うとか……だから」
アナベルは、隣の椅子に置いてあったらしい何かを手に取り、立ち上がってこちらにそれを差し出してきた。
「誕生日おめでとう、団長。生まれてきてくれてありがとう」
とびきりの笑顔とランプの灯に照らされた金の瞳は、蜂蜜みたいに蕩けていた。
「……なんで、」
差し出された、濃紺の厚紙で出来た小箱に手を伸ばす。僅かに指先が震えている気がして、情けなさに顔が歪む。
「気に入って貰えるといいんだが」
「……」
一文無しだから居たくもない男の家に居候してるこいつが、時間をかけて馳走を拵え、貴重な金を遣って贈り物を用意した――俺の、誕生日とやらを祝うためだけに。
《生まれたことを祝うのって、最大の肯定じゃないか》
先日のアナベルの言葉が脳内で反響する。
言葉の、行動の意味を理解した途端、ぶわと背中が粟立った。




