第22話 聖誕祭と苦い酒①
アナベルの誕生日あたりを境に、日に日に北風が強くなり、気づけばすっかり冬になった。日本でいえば年の瀬。たまにちらちら雪が舞う日もあり、街も少々特別な装いに包まれている。
今年最後のひと仕事として、俺達は隣街の商人が逃がした魔物の討伐依頼を請けていた。と言っても早々に片付けて帰るところだ。
「火蜥蜴が逃げたって言うから覚悟して来てみれば、まだほとんど火も吐けない赤子とはなー」
「ただの大きめのトカゲだったな」
「ラッキーじゃねえか、それでこの報酬だぞ。往復時間を入れても2日でこの額と思えば」
そう、肩透かしなくらい弱い魔物だった。数発殴っただけで倒せてしまい、まさかの生け捕りに成功したために、商品が返ってきた! とお喜びの旦那が給金を弾んでくれたわけだ。
「ていうかこんな魔物をわざわざ生きたまま買うって何なんだろうな。お貴族様からの注文品だって言ってたけど、逃げたら自分らを殺すかもしれないペットなんて物好きだよなー」
「スリルでも求めてんじゃねえの? これだから命の危険を知らずにぬくぬく育った奴は」
「……。火蜥蜴だと、上手く調教して育てると門番くらいは出来るらしいから、それが目的かもしれないぞ。まあ、まともな感性を持った貴族は使わないだろうけど」
「火蜥蜴って躾入んの!?」
「実物を見たことは無いけど、卵から孵ったばかりの個体は、主人にだけは懐くって聞いたことがある。例えば違法薬物の闇市とかに、衛兵の足止め用に一体置いておくこととかはままあるらしい」
「へぇ……」
妙にアナベルの上流階級に関する知識が多いことには気づかないふりをして、俺達のギルドがある街に行く乗合馬車を拾うべく、中央広場へと足を進める。この時間なら、夕飯までには帰宅できそうだな。
その時、ぴゅう、と北風が首筋を通り過ぎ、反射的に上着の襟元を寄せる。ロイもどこからともなくマフラーを取り出しながら言う。
「ここ数日で急に冷えたよなー」
「だな。もう少し分厚いのを着て来んだった」
「明日は聖誕祭だものな。冷えるわけだ」
聖誕祭とは、神の御業をこの世に伝えた聖人の降臨を讃える行事のことだ。つまるところ、治癒魔法の祖の誕生祝い。もっと分かりやすくいえば、前世で言うところのクリスマス。
この世界では、日中は飾り立てられた街に繰り出して、日が暮れたら家で家族と過ごすのが定番らしい。日が暮れた後のことは知らんが、俺でも毎年街をうろつく程度にはでかいイベントだ。なにせ、街の至る所に屋台やら露店が出て、この時期にしか食えないつまみと酒が売り出されるからな。
「ロイは聖誕祭はどうするんだ?」
「あ、バカ、余計なことを聞くな」
「え、ごめん、ダメだった?」
「よくぞ聞いてくれましたー! 午前はメアリー、午後はジェシー、夜はジュリアと過ごします!」
「ほら始まりやがった。つーか、あんだけ悪評立った後によく持ち直したな」
「そこはほら、俺の顔とマメさがあれば」
「うへぇ」
思わずえづいちまった。見ろ、アナベルなんかドン引きしてるぞ。こいつそういうのに免疫力なさそうだもんな……。
「その3人は、恋人なのか……? どの子がその、本命?」
「皆大事にしてるよ!」
「あの、大丈夫? 刺されない?」
「バレるようなヘマはしないさ」
「……。ロイはすごいんだなぁ。あっ、広場に出たぞ」
突っ込むのは止めたようだ。いい判断である。タイミングも良かったな。
「わぁ、この街にももう市が立ってるんだな」
「本当だ! あ、じゃあ悪いけど俺、露店覗いてから帰るから、ここで解散で!」
「構わねえけど、わざわざここで買い物か? 帰ってからでも似たような店が出てるだろうに」
「この街は銀細工が名産だからな。女の子へのプレゼントに丁度いいだろー。じゃ!」
ロイは脱兎の勢いで去っていった。残されたアナベルも少しそわそわしている。
「銀細工かぁ……うん、私もちょっとぶらぶらしてくるよ。団長は帰る?」
「おう……あー、いや、ちょい待て」
「ん?」
無言で手招きすると、アナベルは警戒心もなくトコトコと俺の眼前まで寄ってきた。
見下ろした頬や鼻はいつもより確実に赤いし、僅かに唇が震えている。アナベルの仕事着はいつもの白のブラウスに青の膝上丈のスカート、その上から軽量の胸当て腰当て脛当てを装着している形なので、膝関節の上下10cm程は素足が晒されていて、膝小僧も赤みを帯びている。
「お前、寒くねぇの?」
「うっ……少しは。だから無理はしないよ。一つだけ買い物したらすぐ帰る」
「《Wärme erzeugen》」
「なんで今魔術を!? どういう脈絡なんだ」
火炎魔術は、熱を一点に集めなければ身体中が熱い状態で止められる。もともと体温保持のためのミトコンドリア機能を使っているんだから当然と言えば当然だな。今の俺なら数十分に1回ほど使えば、寒さ知らずでいられるわけだ。
つまり、今の俺には、上着がいらん。
脱いだ上着を、何となくぱたぱたと払ってからずいとアナベルへ突き出す。
「気持ちわりぃだろうけど。流石にその格好じゃ風邪引くぞ。前衛が肺炎で動けないとか勘弁しろよ」
「え……貸してくれるの?」
「見りゃわかるだろうが」
アナベルはぽかんとこちらを見上げている。あー、これ新手のセクハラになってるか? 断じて嫌がらせのつもりはないのだが、上司の脱ぎたてのコートとか、普通にキモイのはわかるし……。
宿提供の申し出をした時と同じ程度の緊張と後悔に苛まれる俺だが、一瞬の後にアナベルは心からの感謝を告げて上着に袖を通し、そのまま走り去っていった。
俺のコートではアナベルにはでかすぎて、首元から膝上まですっぽりと包まれる。もこもこした後ろ姿は着ぐるみを彷彿とさせ、柄にもなくつい笑ってしまった。
さて、俺は酒でも飲みながら馬車を待つとしよう。
手近な屋台でホットワインを購入し、カップ片手に乗合馬車の発着場へと向かう。
途中途中に様々な露店が出ていて、なるほど確かに銀細工の店が多いようだ。何の役にも立つまいに、それなりの値段がしやがるもんなんだな。他人事ながら、ロイの懐が若干心配になる。いや、あいつも大概金に困ってねえのはわかってるが。
俺なら、もっと実用的な――
「お」
ちょうど頭の中に描いていた系統の露店が目に留まり、思わず声が漏れる。その露店に吸い寄せられ、気づいたら1点、購入していた。
お祭りムードにやられたのと、金が入ったばかりで気が大きくなってるのとで、財布の紐が緩んじまったな。
使うかもわからない紙包みを小脇に抱えて、俺は帰りの馬車に乗り込んだ。




