第21話 蜂蜜バターと生クリーム②
戸惑いをせっせとボウルの中にぶつけたら、程なくゆるく角が経つクリームが完成した
「そしたら、生クリームとオレンジを飾って……ブラックベリーの砂糖漬けも乗せちゃおうっと」
アナベルはてきぱきと3段重ねのホットケーキの間や外側をコテコテと飾り付けていく。こうなるとホットケーキというか、見た目はむしろ前世で言うところのショートケーキに近い。
「これは……ケーキ? なのか?」
「ケーキ風なだけで、いつものパンケーキだよ。中身見ただろう。スポンジは目分量で作る自信がなくて。丁度シチューもいい頃合いだし、このまま夕飯にしないか?」
「おう」
ケーキをキッチンテーブルに置き、手早くパンとシチューとサラダがダイニングに並べられる。珍しく赤ワイン入りのグラスも添えてある。シチューに使った余りだろうか。
ふとシチューにスプーンを入れてすぐに気づく。シチューに使われている肉がいつもよりごろごろ大きめだ。食いごたえがあって悪くない。
腹8分目まで満たされた頃、アナベルがおずおずと口を開いた。
「団長、まだお腹に余裕はある?」
「ああ、まあ」
「じゃああれを一緒に食べないか?」
アナベルが指さすのは先程のケーキである。食後のデザートだったのか。だいぶ摂取カロリーが多い夕飯だな。
――ん?
「酒に肉にケーキって、もしかして今日何か祝ってる?」
「あ、……うん。実は……えへへ」
「いいじゃねえか。依頼片付けた後には祝杯をあげるのが傭兵の醍醐味だろ。何の祝いだ? まさか盗賊討伐して平和を取り戻した祝いとか言うんじゃねえだろうな」
そこまで言ってハッとする。まとまった金が入った今、アナベルが祝杯を上げる理由といえば。望まぬ生活からの脱却しかねえじゃねえか。口に含んだ酒が急に苦味を強める。
が、アナベルが続けた言葉は、予想だにしない単語だった。
「はは、ちがうよ。……誕生日なんだ」
「誕生日? お前の?」
「うん」
もじもじと、照れ臭そうな、いっそ申し訳なさそうな消え入りそうな声でアナベルが頷いた。
誕生日、を祝われた記憶は少なくともこの世界ではないけれど、祝うのが一般的であるのは知っている。それこそ蝋燭を立てたケーキには密かに憧れたものだ。
「あー、オメデトウ?」
「! ありがとう! 祝ってる場合ではないんだけど、でもやっぱり、節目を感じたくて」
「節目?」
「1年無事に生きられてよかったーとか、産んでくれたお父さんお母さんありがとうーとか。私の中ではそういうのを噛み締める日なんだよ」
「けっ」
前者はまだ理解できるが、後者は全くわからない。この世界に産み出されたことを感謝したことなんて一度もねえし。
「団長の誕生日は……」
「俺、親の顔すらほぼ覚えてねえんだぞ。誕生日を祝うどころか、いつなのかも知らねえわ。誕生日の心構えなんか説かれてもなぁ」
「そ、そっか。いや、過ごし方なんて人それぞれだけどさ。私は毎年、家族に祝ってもらってたから……今年はケーキなんか用意しても虚しいだけかと思ってたけど、団長にお祝いして貰えて全部吹っ飛んだ。ありがとう、団長」
「……あんな一言で?」
「生まれたことをおめでとうって言って貰えるのって、究極の肯定じゃないか」
肯定って、そんな大袈裟な。笑い飛ばそうとしたけれど、祝われた奴の気持ちなんか知らないから、笑い飛ばす資格は俺にはねえなと思って口を噤んだ。
「……よく知らねえけど、普通はプレゼントとか渡すんだろ。おだてたとこで俺何も用意してねえぞ」
「当たり前だよ、教えてなかったんだから。それに団長からはもう貰ったよ」
「は!? 何を!? 住まいと金のことなら、やったんじゃなくて貸しだぞ」
「違う違う。奇跡だよ」
「はあ?」
奇跡。神の御業。この世界では、専ら聖職者が使う治癒魔法の事をそう呼ぶ。当然、俺はそんなもの使えない。悪魔の業たる魔術で飯を食ってるんだから。
「クリームを泡立てるのに強化魔術を使ってくれただろう。ベッドを買ってくれた時も。この間、私が水瓶を割ってしまった時も、あのお湯、魔術で急いで用意してくれたんだろう?」
「それがどうした」
「恥ずかしながら、団長と会うまでは魔術師にいい印象は無かったんだ。特別な才能と力を持っているのに、他人を守るどころか、傷つけて搾取する輩ばかりだって」
「違いねえな」
「でも、団長は魔術を、特別な力を私のために使ってくれた。人のために使われた魔術は、魔法であって奇跡だ。奇跡を何回も起こしてくれた。これ以上の贈り物なんてないよ」
……っなんて小っ恥ずかしいことを、真っ直ぐこっちに投げつけてくるんだ、こいつは。共感性羞恥が凄まじく、俺の顔に熱が集中する。耳が熱い。
「~~っバカ、ちげぇよ。やっと見つけた前衛だからだっての」
「だから、優しくしてくれてたってことだろう?」
「優しさとかじゃなくって!」
「えぇ……??」
「あーもう良いから黙れ! さっさと食おうぜ」
「あっ、そうだな!」
わざとぶっきらぼうに声を張れば、アナベルはそそとケーキを切り分け、白とオレンジと濃紺が断面に映えるそれを1切れ、皿に載せて渡してきた。
さすがにショートケーキは前世で食ったことがある。だから生クリームの味は知っていたはずだが、今日のそれは、前世よりも甘い気がした。
ていうか甘すぎじゃね? アナベルが砂糖を入れすぎたのか、俺の舌が甘味から遠ざかったせいか。
一方アナベルは蕩けそうな顔でせっせとクリームを掬っている。
「んー! おいしーい!」
……まあ、祝われるべき当の本人が満足ならそれでいいか。知らず肩を竦める。
というか、別に不味いわけじゃねえんだ。いつもの、何よりも甘いはずのホットケーキよりさらにだいぶ甘いから、ちょっと驚いただけで。
2口目。う、やっぱ甘いな。オレンジの酸味がありがてえ。
3口目。うん、やっぱり甘い、だが……。
目の前の女は、相も変わらず気の抜けた顔で、僅かに上気した頬に手を当てて、全力でこの甘味を堪能している。
「おいしいなー、ふふ。あっ、団長、もしかして口に合わなかったか? 男の人には甘すぎたかな。無理しないで……」
「いや? これはこれで悪くねえと思う」
ぱくり、4口目。
たまにはアナベルを見倣って、口角を上げてみる。
別に気を遣ったわけじゃない。慣れたらちゃんと美味い。意外と俺は甘党だったのかもしれない。
ホットケーキは蜂蜜バターが至高なんて決まりはねえもんな。
――この甘さに慣れてしまった後で、手放す日に俺は苦味に耐えられるのか。
そんな女々しい躊躇いで、今世を棒に振るのは、あまりにも馬鹿げてる。




