第18話 下着事情と水魔術①
ゴブリンキング討伐依頼には、傭兵稼業に比べれば安いが、それなりの額が支払われた。3人で山分けして、大体安宿に20泊ぶんてところか。
だからアナベルを追い出したって良かったんだが、というかこいつだって上司、しかも男の家に好き好んで滞在なんかしねえと思ったんだが、どういうわけか翌日も翌々日も俺の家で律儀に食事の支度やら掃除やらに勤しんでいる。
毎朝、出ていけよ、という言葉を用意して階下に降りるのだが、ホットケーキの香りと、当たり前のように夕飯のリクエストを聞いてくる無邪気さに毒気を抜かれ、結局俺は奇妙な同居生活から抜け出せずにいた。
お陰で酒場にも行かず、昼夜逆転もせず、俺としたことが随分と健康的になったもんだ。心なしか体が普段より軽く、日課の筋トレをこなしたのにまだ動き足りない。
なんなら久々に新しい魔術でも考えてみるかな……。
この10年、時おり考えてみてはいたのだが、駆け出しの頃は日々の食い扶持を稼ぐのでいっぱいいっぱいだったし、そこそこ名が売れてからは「強化と火炎だけでどうにかなる」という慢心もあって、自室にいる間は好きなだけダラけることにしていたのだ。
それに、どのくらいカロリーを持っていかれるかわからず、倒れる可能性があるから、休日独りで没頭するのもリスクがあった。
今は優秀な護衛がすぐ下にいる。ご丁寧に夕飯準備のオプション付き。
こうなると、何となくサボる口実を失って、暮れ始めた空を自室の窓から見つめながら、のそのそと古ぼけたノートを広げる。父と思しき奴が遺したあれだ。
戦闘に使えるとなると、やっぱりディックが使っていたような電撃だろうか。体内で生み出せる物質じゃないといけないから、石礫とかは厳しいだろうな。
「ミトコンドリアから生み出せるもの……電気……電子伝達系……電子を空中に放出したら電撃か? そもそもんな簡単に放電できねえよなぁ」
もう遠い昔の医学生理学の知識を頑張って引き出そうとするが、正直殆ど覚えていない。意外とああいう知識って、臨床に出てからは使う機会がねえんだよなぁ。
今世およそ20年、前世で医学部卒業してから死ぬまで8、9年だったか。トータル30年も教科書のひとつも見ていないのだ。もはや確信を持てる答えはなく、うろ覚えの対象を順次あげていく。
「他には……ああ、水と二酸化炭素ぐらいはたぶん熱産生の副産物でできそうだな。……つっても二酸化炭素なんてドイツ語覚えてねえわ。水はwaser? いやwasserか?」
ドカッ! パリーン! バッシャーーーン!!
「なんだ!?」
もともとさほど深まっていなかった思考を割るように、謎の3連音が階下から響く。
アナベルはしょっちゅう転んだりものを落としたりするので、不本意ながら騒音には慣れてきた今日この頃だが、今日はかなり派手にやってくれているようだ。
「パリーンって、今度は何壊したんだよ」
呆れながら階段を降りる。
アナベルの小部屋の方を振り向くが気配はない。水音もしたし、恐らくキッチンか風呂場だろう。ダイニングへの扉を潜りながら声をかける。
「おい、何して……る……」
「だ、だ、団長……ごめんなさい……」
「ちょ、え」
開けっ放しの風呂場の入口から、ぴょこっと濡れ鼠のアナベルが顔を出した。普段は緩く波打つ茶髪はストンとボリュームダウンして後ろに掻き上げられ、毛先から水が滴っている。どう見ても水浴び中。
――は!? 待て待て待て、出てくるな、閉めろ!! 一応女だろうがお前は!!
こちらは気を遣って大袈裟に目線を逸らしてやっているのに、アナベルはあろうことかトコトコと風呂場の入口に全身を晒した。
「うわっ」
「これ、お湯を入れたら、水瓶が割れてしまって……」
その言葉に、顔の上半分を覆いかけていた右手をどけて恐る恐るアナベルを見下ろせば、盛大に割れた風呂場用の水瓶の破片をいくつか両手に乗せて差し出していた。服は着ていた。冷静になれば当然だわな。
「あー、だいぶオンボロだったもんな」
「ぬるま湯を作りたくて、キッチンで沸かした熱湯を混ぜたらこんなことに……ごめんなさい」
「あん? 別に……そういう使い方するもんなんだから、壊れたのは瓶の寿命だろ」
「で、でも、あんなに年季が入ってたってことは大事にしてた物なんじゃ」
「捨てるタイミングを逃してただけだ」
だってあれ、浮浪児時代の家に残ってたやつを洗って使ってただけだし。もともとヒビの1つや2つ入ってるに決まっていて、それがこの所の冷え込みと熱湯の温度差にやられただけだろう。むしろこれで清々して瓶を新調できるってもんだ。
これは一切気遣いのない本心なのだが、アナベルはいたく感動したようにこちらを見あげてくる。
「許してくれてありがとう……。団長は、本当に優しいな」
「はぁ!? 俺のどこが……、て」
「どうした?」
水瓶の破片を乗せた両手のひらの奥。
アナベルの胸元を見た。見てしまった。
間違いなく服は着ている、着ているのだが、髪があれだけ濡れているということは、つまり頭から水を被っただろうということで――
ドッ……!!!
心拍数が上がる。




