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悪党アルフの片想い~誠実医師の底辺転生~  作者: みそぽんわさび
青年期編

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第17話 ゴブリンと金の瞳②

アナベルが間違いなくゴブリンキングを追っていったのを確認して、俺とロイは火攻めを再開する。


酒精入りゴム風船を投げて、射って、足りないところに火種を投げて。ゴブリンは体水分量がヒトより少ないし、ボロ切れを纏っているからよく燃える。やはりゴブリンの数を減らすには、火をつけるのが一番だ。


いくらキングのいる群れとは言え、大多数を占めるのはただのゴブリン、知能は猿みたいなもんだ。奇襲に為すすべもなくパニックに陥り、火を消すこともままならず、どんどん数を減らしていく。


最初に燃えた範囲より手前に居て、運よく延焼を免れた個体は俺やロイに向かってくるが、手前にいるような奴らは下っ端も下っ端。ろくな武器も持たず突っ込んでくるだけの小鬼など、蹴りの1発、弓の1射ですぐに片付く。


投げる、燃やすを風船がある限り繰り返し、目測残り50匹というところで、武器を持った5、6匹の小隊がまとまって向かってくるようになる。

よく見ると指示を出しているような若い個体が数体散在する。早くに生まれたキングの子どもたちだろう。キングを名乗るには足らないが、有象無象よりは優秀な、いわば側近ゴブリンたち。


「《Energie(エネルギーを) erzeugen(生み出せ)》」


強化魔術をかけ直す。


上がった動体視力を以てすればゴブリンが振るう斧などスローモーションに見える。すっと最小限だけ身を引いて避け、首を傾げるだけで投石を躱した。

ギギィと気色悪い鳴き声で悔しがるゴブリンに向け鉄甲を握り直し、疼く腕を欲望のまま突き出す。

同時に後ろから足に纏わりつこうとするゴブリンを、足を振り上げて躱し、そのまま脳天に踵を踏み下ろす。


めき、べきっ、ぐしゃり。


一匹一匹、不快な音を経てて数を減らす。

向かってきた全6小隊ほど、全て擦り潰すのに2分とかからなかった。その間にロイは指揮を取っていた数匹を残らず射抜いてくれている。


しん、とホールが静まり返る。

魔物の死骸特有の生臭さと焦げ臭さが気持ち悪い。

このまま休みたい気分だが、アナベルの方を確認しねえとな。


おそらくアナベルを追っていったゴブリンはそう多くない。せいぜい10匹くらいだろう。ゴブリンの習性からして、逃げていった横穴には戦闘員は居ない。ゴブリンキング自体も、高いのは知能と繁殖力であって、戦闘力としては大したことがない。つまりあの女の実力なら何ら問題ないはずだ。


だが――


ゴブリン狩りに、いや、傭兵に不可欠なのは冷徹さ。その点で、あいつはまだ信用できない。


俺とロイは、キングとアナベルが入った横穴へと走り込んだ。横穴は、5メートル四方の空間だった。ゴブリン共が掘ったらしく、天井は低い。大体180cmの俺だと、頭頂が天井スレスレだ。


横穴の中、足元には点々と5匹程のゴブリンの死骸が転がっていた。そして穴の更に奥におそらく地上に向けて掘ったのであろう直径1mちょっとの通路が続いていて、その入口にもう1体息絶えている。


「厄介だな。既に隠し通路を掘ってやがった」

「狭い穴だから、剣じゃ戦いにくいよな。アナベルちゃん、大丈夫かな」

「問題ないよ」


ロイの呟きに応えるかのように、通路の入口からアナベルが顔を出した。右手の剣は魔物の体液に濡れ、左手で何かを引きずりながら這い出してくる。左手のそれは、やたらとでかく、立派な腰巻きを身に着けたゴブリンだった。


「おう、ちゃんとキングを殺ったな」

「うん。小柄なことが珍しく役に立ったよ」


意外にも淡々と微笑んでみせたアナベルの視線の先に、3つ4つの物影が震える。


「キキ……キィ……」

「キュイ……」


――やはりここに居た。

か細い鳴き声を上げるそれらは、ゴブリンキングの番のメスゴブリン達と、赤子達だ。


「うわぁ……」


ロイが心底嫌悪する顔で声を漏らす。正直、気持ちはめちゃめちゃわかる。小憎らしい小鬼どもだが、赤子だけはちょっとたけ可愛いのだ。骨張ってなくてもちもちしていて、目が大きくて黒目がちで、鬼と言うよりは毛の少ないコアラのような。母ゴブリンに大事そうに抱えられながら震えている姿はいかにも慈悲を誘う。

母ゴブリンも、震えながら小さく牙を剥いていて、ぱっと見はまるで人類の親子の情を感じるではないか。


しかし、こいつらは魔物だ。ヒトを捕食する生き物だ。気を抜いては、情けをかけてはならない。


それが証拠に、黒目に涙をいっぱい溜めて震える赤子を包むその布は、ゴブリンが身に着けるには不自然に真新しく、自然界に存在し得ないボタンや襟がついている。母ゴブリンが身体に巻きつけている鮮やかな緑の布には、見事な赤い野薔薇の刺繍が施されている。


そしてその向こうに転がる、少し腐った肉が残る骨。

大腿骨長、骨盤の形状、赤みがかった茶色の巻き毛。――人類、それも女性のもの。攫われたらしい村娘と考えて矛盾しない。何より野薔薇の刺繍のスカーフは、彼女のトレードマークとして人相書きにも描かれていた。

その人骨が庇うように下敷きにした小さな骨は、赤子のお包みにされたシャツの持ち主たるヒトの子供だろう。


成熟したゴブリンキングが成した子は、高確率でゴブリンキングに成長する。そういった将来有望な子は、赤子のうちから特別な部屋で、特別な衣服や餌を与えられ、大切に育てられるものだ。

つまりこの赤子は、決して見逃してはならない。新たな子を宿している可能性のある母ゴブリンも同じこと。


しかし、理性でそう思っても、甘っちょろい駆け出し冒険者はこれらにトドメをさせないで終わるものだ。将来寝首をかかれる可能性も忘れてな。

きっとこいつも――



ザンッ



風を切る音に続いて、ぴしゃ、と緑の体液が爆ぜた。アナベルが母ゴブリンごと赤子ゴブリンを斬り捨てたのだ。


そのままヒュン、と剣をもう一振りして体液を払う。ゴブリンにも、こちらにも、目もくれないで。

彼女の視線はただ一点、折り重なる人骨に向かっていた。


――そりゃ、そうなんだよな。

何度も言うが、名を挙げるどころか生き残るのだって難しい業界で、独りで稀代の剣士と呼ばれた注目のルーキー。甘いだけではないはずなんだ。


それでも、たった数日しか知らないが、戦いの外では間抜けで、騙されやすくて、真っ直ぐで、女で、――戦いの最中に生きるべき類の人間ではないはずで。

だから今の姿は普段のアナベルの印象と余りにもかけ離れていて、一体彼女がどんな瞳で人骨を見つめているのか、意地の悪い俺としては気になった。


アナベルは、俺達に背を向けたまま、浅くため息を吐く。短いそれに、小さな呟きが乗っていた。


「無事でいてほしいと願ってる人がいただろうに――」


興味を向けていなければ耳に届くこともなかっただろうほどささやかなその言葉の意を汲み取る前に、アナベルはこちらを振り返った。


瞳の色は、透き通った金だった。


ぞく、鳥肌がたつ。

たぶんこいつは、俺が思っていたよりも、何かを背負っている。そして、それに濁らないだけの強さを。

知らず口角が上がる。


――気に入った。



***



「持ち帰るのはゴブリンキングの死骸だけでいいよな?」

「だな。この部屋にないんじゃ、他の場所には宝石の一つもないだろうしな」

「キングの番ですら装飾品はスカーフだけだもんなー」


しけた群れだったお陰で、撤収作業はすぐに終わった。

帰り際に、アナベルは母ゴブリンと赤子ゴブリンの死骸に駆け寄った。


膝をつき、手を組んで短く祈りを捧げる。まあこいつならそのくらいするか。別に減るものじゃないし、仕事は立派に果たしてくれたんだからとやかく言うつもりもない。


……と思ったら突然、母ゴブリンから野薔薇のスカーフを、赤子ゴブリンからシャツを引っ剥がした。


「依頼主に。ご遺体は、損傷が酷すぎるから……」


眉尻を下げて微笑むアナベルに、俺は異を唱えなかった。ロイも頷いている。

一文の得にもならない、依頼外の無駄な行為だが、別にそれで俺が損をするわけじゃねえ。俺にやれって言ってもやらねえけどな。そんな薄汚れた臭え布、金がかかってなきゃ触りたくねえもん。


そして俺達はゴブリンどもの巣穴から出た。すっかり早朝の森の清々しい空気が身を包む。木漏れ日の下で見るアナベルの瞳は、やっぱり洞窟の中で見るより綺麗に見えた。


――そういや、依頼元の村への道すがら、小川があったな。魔術を使って消耗したから、そこで水分補給といこう。ついでに火を起こして、朝飯を食って、食休みくらい取らせてもらおうか。


薄っぺらいスカーフとシャツくらいなら、俺が回復する頃には乾くんじゃねえか。

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